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孤独少年、落胆する



 真っ直ぐに目を見て言い切ると、柚希が数度目を瞬かせて小さく笑った。

 虚ろでありながら切羽詰まっていた雰囲気が溶けて、いつも通りの彼女になる。

 翔がほっと息を吐き出したとき、背後から物音がした。

 振り返ると、開け放たれたドアのところに母親が立っていた。

 やってしまったと思った。こちらを見る母の顔は引き攣っている。


「ご、めんなさい、翔。声がするから友達でも来てるのかと思って」

「……別に」


 翔は素っ気なく答えた。


(友達なんて居ないの、知ってるくせに)


 そう言い返しそうになるのは喉の奥で堰き止めて、ベッドの上で座り込んでいる自分の足下辺りに目を落とす。

 悪いのは母ではない、翔だ。

 母がノックも無しに翔の部屋を開けることなどないから、たぶん自分が開けっ放しにしてしまったのだろう。


「ゆ、夕飯できたら、また声をかけるから」

「分かった」


 必死に笑みを浮かべようとする顔を目の端で捉えて頷く。

 一階に降りていくスリッパの音を聞きながら、翔は溜め息をついた。

 母が友人の出来ない息子を心配しているのは知っているし、なんとか普通に接しようとしているのも分かっている。

 だが怯えた目を見るのは辛いし、それを必死に隠そうとしているのを見ていると申し訳なくなってくる。


 自分を取り囲む壁がある。壁の中は、普通の人にとって未知で不気味な空間だ。

 物心つく前から他の人には見えないものが見えていた翔は、他人の目では何もない場所を見て泣いたり笑ったりする子供だった。

 小さい頃は見えない友だちがいる子も多い。だが小学校に上がっても、翔のそれは治らなかった。

 当然だ、彼にははっきりと見えていたのだから。

 死者と生者の区別がつきにくい翔は、自分にしか見えない相手がいることに気づくのが遅く、気づいた頃には手遅れだった。

 母は怯え、周りは気味悪がった。救いだったのは父が大らかだったことだろう。

 怖がる妻を宥め、見える翔を受け入れてくれた。ただ父は転勤の多い仕事で、ほとんどを単身赴任をしていて家に居ない。

 小学校の高学年に上がる頃には翔も処世術を身につけた。

 反応を返さないことだ。区別がつかないから、生者にも死者にも。

 死者よりも生者の方が圧倒的に多い。

 周りの反応を見ればどちらか判別することも出来るが、やはり周りとの距離感は出来てしまうし、どうしようもなく疲れる。

 だから何もかもが本当に嫌になる直前で、頑張るのは止めた。

 そうすると孤立していったが、変な目で見られるよりは楽だった。

 だから母の怯えた目は久しぶりに見た。

 母も、たぶん翔も悪くない。

 それを彼女も分かっているから、どうにも抜け出せない。


 翔は窓の外を見た。

 相変わらず雨は降っていて、しかしそこにはこの状況を作った原因はいなくなっていた。

 いつ帰ったのか分からないが、暗い窓の外のどこにも柚希の姿はない。



「……んだよ」



 思わずついた悪態は、自分でも驚くほど弱々しかった。




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