イノシシ娘、姉を探す
翔は深呼吸をして、再度窓を開けた。
「こんな時間にこんな場所で、なにしてんだよ」
知らず眉間に力が入り、口調は自分でもどうしてと思うほどの詰問口調だ。
だが柚希は翔の態度を気にした様子もなく首を傾げた。
「夜の散歩? 幽体離脱? たまに寝てると無意識で飛び出しちゃうんだよね。気づいたらふよふよ浮いてて、ここどこ状態」
「前もそうだったのか」
「初めて高坂くんと目が合ったとき? うん、そう。あのときは私も驚いたなぁ」
のんびりと言う柚希に、翔は呆れの溜め息をついた。
翔はあのとき驚いたどころではなかった。
クラスメイトが明らかに生きていないような状態で目の前にいて思わずカーテンを引いてしまい、なかなか眠れないまま夜を過ごした。
次の日に訃報を覚悟していった学校で当の本人が目の前に現れたときには、生きているのか死んでいるのか判断できなかったものだ。
その後の大仰な仕草と、はた迷惑な言葉で生者だと理解したが、こんどは厄介事を持ち込んでくる。
霊体である柚希は雨に濡れる様子はない。
闇の中でもはっきり見える姿に、翔は窓辺に凭れて話しかけた。
「……そういえば、相澤のお願いってなんだったんだ」
「ん?」
「俺に話しかけてきた理由。死神の仕事の手伝いだけじゃなかっただろ」
アルバイトは話の流れで、翔が幽霊に対処するための手袋の対価だ。
彼女がしつこく付きまとってきた理由を、そういえば聞いていない。
柚希は眉尻を下げて、困ったような顔をした。
「うんと、実は捜してほしい人がいるんだ」
「幽霊か」
「うん。姉の桃華」
なんとなく、察しはついていた。
前に体調を崩した柚希の見舞いに行ったとき、亡くなったと聞いている。
いつも持ち歩いているぬいぐるみは姉のなのだと。
「成仏できてないのか」
「たぶん」
「たぶん?」
随分あやふやな話だ。
存在するかどうかも分からない相手を捜すということである。
「双子の直感っていうやつかな。傍にいる気がするの。気配を感じるの。でも私には見つからない」
くしゃりと歪んだ顔。迷子のように虚ろな視線が宙を彷徨う。
「体から抜け出さないと私にはそういう相手が見えないし、かといって際限なく体から離れて捜し回るわけにはいかないもん」
魂の疲弊は体の不調へと変換される。
食べることも忘れて動き回っていればすぐに衰弱してしまうのだろう。
「桃華が死んだのはわたしの所為なの。本当は、死ぬのはわたしのはずだったのに……」
「おい」
物騒な言いように、翔は顔を顰めた。
雨の中に佇む非現実的な状況だからだろうか。いまにも彼女が消えてしまいそうで、翔の語調が自然厳しくなる。
「んなのは結果論だ。あとから嘆いたってどうしようもない。俺たちが死んだ奴にしてやれるのは、せめて安らかに眠れるように、だろ」




