瘴気、爆発物にて
(なんだろう。すっごく気持ち悪い)
影が長く伸びた時間帯。
雀が電線に一度止まり、果樹園に降りていく。
赤みの差した雲がマンションの影に隠れた。
買い物籠にスーパーの袋をびっちり詰め込んだ主婦が、自転車で脇を駆け抜けていく。
違和感がどこからやってくるのか分からない。
だが異変を感じていたのは柚希だけではないようで、眉を寄せた彼女の腕を翔が引き寄せた。
「高坂くん?」
「さがって」
険しい面持ちの翔が睨む先は、さきほど幽霊がいた場所だ。
コンクリートの地面に黒い染みが出来た。おそらくは瘴気。
まだそれらが出てくる時間には早いが、幽霊の邪気に寄せ集められてきたのだろう。
地面に出来た黒い染みが、ぼこぼこと煮立ち始めた。
なにかが起こりそうな予感に逃げを打つべきかと足を引いた、その瞬間それは爆発した。
「勝手に成仏したくせにはた迷惑なっ」
「あんた、逃げろ!」
柚希が思わず叫んだときには、翔は彼女を物陰に押し込み、たまたま通りかかった営業マンらしき人に駆けよった。
爆発した黒いどろどろが営業マンの頭上に降り注ぐ直前、翔が腕を掴んで後退させる。
足下に叩きつけられたどろどろが地面を這って動き出すが、かなり散り散りになっているので大した害はないだろう。
それでも剥き出しの柚希は瘴気に触れないよう慎重に物陰から顔を出した。
「おい、君。いったい何のつもりだ」
棘を含んだ厳しい声に、柚希ははっと顔を上げた。
少し先で翔から腕を抜き取った営業マンの男性が、胡乱な目を彼に向けている。
「急に叫んで近づいてきて、いったいなんなんだ。なにもないところを睨んだり、気味が悪い。頭がおかしいんじゃないか」
訝しげに睨んでくる男性を前に、翔は固まっていた。
口が何度か開閉を繰り返しているが、何かが言葉になって出てくることはない。
夕方の住宅街。まばらに人の影があるが、その殆どがこちらを遠巻きに見てヒソヒソと隣の人と喋っている。
悪意とは少し違う。薄気味悪さを感じていることを隠そうとしていない気配。
いっそ悪意を向けられた方がマシだと思うような居心地の悪い空気だ。
「……あ」
柚希と翔が同時に呟いた。
先ほど飛び散った瘴気が周りの人の影に潜り込んで、そこから小さな黒いものを生み出し始めた。
小さな蛇のような、毛虫のような形のそれらは、人々の足をよじ登っていく。
「今度はいったい何だ。言いたいことがあるならはっきりいいたまえ」
凝視してくる翔に顔を顰め、嫌悪も明らかに男性が唇を震わす翔に言葉を促してくる。
――翔は何も言えない。見えるものを、真実を口にしたとしてもそれは理解されないものだ。
余計に変なものを見る目を向けられるだけである。
「変な子ね、どこの高校生かしら」
「最近多いらしいじゃない。今時の若い子はねぇ」
「……ッ、煩い!」
柚希は思わずヒソヒソと喋る主婦を怒鳴りつけた。




