イノシシ娘、公園の幽霊に絶句する
目的地の途中にある小さな公園に立ち寄って、翔は設置されている水道で手を洗っていた。
それなりの大きさの広場と遊具がほんの数個しかない公園には、他に四人の小学生と砂場で遊ぶ親子連れしかいない。
蛇口から吐き出される水が、子供たちの騒ぎ声に混じって勢いのいい音を出していた。
翔の手に触れてはじき出された水滴が、排水用の石板から飛び出してすぐ横にしゃがむ柚希に直撃する。
もちろん、霊体である柚希が濡れることはない。
「怪我、大丈夫?」
「少し手の平を擦り剥いただけだ」
水音に混じるような小さな声で返事が返ってくる。
抑揚のないその声に、どうしてだか気持ちが落ち込んだ。
翔の全身を眺めるが、自己申告するように他の外傷は見受けられなかった。
ズボンの膝が破けているわけでもないし、動きに痛みを耐えているような仕草はない。
運動神経のいい翔は、自転車から落ちるときも上手く受け身を取ったのだろう。
「自転車に乗るのを渋った理由って、ああいうこと?」
「逆。幽霊だと思ってた奴が生きてる人間だったら、轢くだろ」
「そ、れは、危ないね」
「あとは、さっきみたいな幽霊が飛び出してきて、避けようとした俺が車に轢かれそうになったことがある」
「すっごく危ないね!」
それは乗らないのが賢明な判断だ。
昴は克服するようにと言っていたが、もう彼に自転車を勧めるのは止めようと柚希が決意したとき、彼女たちの足下にテンテンと黄色いボールが転がってきた。
ビニール製のとても軽いボールだ。当たっても痛くない。
顔を上げると、少し離れたところで小学生がこちらを窺っている。
ボールを見る翔の表情は変わらないが、たぶん迷っているのだろう。柚希は頷いた。
「たぶん、ちゃんとしたボールだよ。跳ねた水滴がついてる」
柚希がボールを指さして言うと、ふっと息を吐いた翔が腰を折ってボールを拾い上げた。
一番手前にいる子供に向かって放り投げる。
放物線を描いて落ちてくるボールに、子供が両手を伸ばす。
だが、ボールはその子の手をすり抜け、胸を通り抜けて後ろにいる子供たちのところまで転がった。
「……」
「……」
「ありがとうございまーす」
唖然と沈黙する柚希たちに、元気な礼が飛んでくる。
ボールで遊ぶ三人を、幽霊だった子供が追いかけていった。




