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孤独少年、自転車に乗る


 事務所がある建物の階段下には、柚希の自転車が置いてある。

 だが肉体を事務所に置いてきているいまの柚希には、自転車に乗るという行為はできても、漕ぐという動作は物質に影響を与えない。

 だから必然的に翔に漕いでもらわなければいけないのだが、どうにも彼は自転車に乗るのを渋っていた。

 自転車を前に難しい顔をしている翔に首を傾げる。


「もしかして、自転車乗れないの?」

「乗れる」


 即答される。だったらなにに躊躇っているのだろうか。

 それから一分ほど自転車を睨んでいた翔は、諦めたように溜め息をついてサドルに跨がった。

 続いて柚希も後ろの荷台に腰掛ける。

 乗れるとは言いつつ乗り慣れてはいないのか、走り出しはどこかぎこちなかった。

 しかし元の運動神経がいいこともあり、スピードが出ればすぐに安定感が生まれる。

 後ろに乗っているとは言っても、いまの柚希には重さなどない。彼女の存在が運転を左右するはずもなく、柚希は横座りで足をぶらぶらさせていた。

 こんな風に気楽に自転車に乗ることなど滅多にない。

 柚希は小さく鼻歌を歌いながら走りゆく景色を楽しんでいた。

 商店街を抜ける道で自転車を一度止めた翔が、小さく舌打ちする。

 柚希は慌てて息を止めて、後ろから翔を窺った。


「ご、ごめん。鼻歌煩かった?」

「あんたは、あれどう見る」


 後ろで煩かったかと謝った柚希に頓着せず、翔は商店街の中を顎をしゃくって示した。


「あれって……」


 翔の言う方を見て、柚希は絶句した。

 商店街の真ん中で、ふんどしにねじりハチマキをした男が踊っている。


「大変頭の可哀想な人に見えます」

「……普通なら警察に通報だな」

「ソウデスね。お祭りの途中で死んじゃった人かな。ひとりでお祭りしてるみたい」


 確かこの商店街では、ああいう恰好で御神輿を担ぐお祭りがあった気がする。

 翔は入り口でぐるりと商店街を見回してから、意を決したようにペダルに足を乗せた。

 何かのかけ声を上げて踊っている男性の横をちょっと大げさに距離を開けながら通り過ぎる。

 彼は本日の攻略リストに入っていないので、昴に成仏させてこいと言われるまで放置だ。

 できれば、自分でお祭りが終わっていることに気づいて成仏して欲しい。


「ちょっとそこの人、お話聞いてください」

「きゃあ!?」


 もうすぐで商店街を抜けるというところで、突然見知らぬ青年が飛び出してきた。

 柚希が悲鳴を上げるのと同時に、翔が急ブレーキを掛ける。

 バランスを崩した翔が自転車ごと青年に倒れ込むが、ぶつかると思った体はすり抜けて、翔の体だけが石畳に転がった。


「え、幽霊? って、高坂くん大丈夫っ?」


 同じく自転車から落っこちた柚希が慌てて翔に駆けよるが、彼からの返事はない。

 たぶん痛みに耐えているだけではなく、普通の人が周りにたくさん居るからだろう。


「大丈夫ですか。立てます?」

「おいおい、大丈夫か」

「派手に転んだわね。怪我しているんじゃないの」

「お前さん何も無いところで、なんで転ぶかね。具合悪いんじゃないかい」


 何人かの人が心配して声をかけてくれる。

 翔の横で顔を上げた柚希は、取り囲む人々を見てぎょっとした。

 その中の女性のひとりが頭から血を流しているのだ。誰もそれを気にしていないから、きっと幽霊だろう。

 たくさんかけられた言葉のどれかが、彼女のものかもしれない。声だけでは全然分からなかった。

 翔は無言で立ち上がって自転車を起こすと、俯いたまま軽く頭を下げ、自転車を押して歩き出した。

 柚希も何も言えず、黙って彼の後をついていく。

 歩きながら後ろを振り返ると、転ぶ原因になった幽霊青年は、いまも道行く人に片っ端から声をかけ続けていた。



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