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イノシシ娘、直談判する


 五組の教室に着くと、柚希はごくりと生唾を飲み込んだ。

 翔がそっとドアを引くと、隙間から中を覗き込む。


 ――やはりいた。

 ストーカー化している幽霊男子と、大正の女学生風幽霊だ。

 彼らはお互いの姿は見えていないかのように、それぞれが明後日の方向を見てぼうっとしている。

 柚希は意を決すると、教室内に飛び込んだ。黒板の前に立って、胸を張る。


「た、たのもー!」


 声が震えたのはご愛敬だ。

 柚希の登場に気づいた幽霊たちが、こちらに目を向ける。

 女学生は問題ない。だが、男子生徒の形相は柚希に気づいた途端豹変した。

(こ、怖いぃー)

 柚希は彼自身になにか恨みを買っているわけではないはずだが、いまにも呪い殺されそうなぎょろりとした目で睨みつけられる。

 ふらりとこちらに近づいてくる男子幽霊に、柚希は慌てて両手を前へ突き出した。


「は、はな、話をしましょう。話し合いましょう。お、お互い落ち着いて、ね」

「相澤!」


 柚希へと手を伸ばしてくる幽霊に、飛び出してきた翔が盾になるように彼女の前に立った。

 しかし、幽霊男子の手はそのまま翔を突き抜けて柚希へと迫る。


「って、可笑しいでしょ、手の長さ!」

「そんなこと言ってないでさっさと逃げろっ。馬鹿!」


 幽霊に触れられて顔を顰めた翔が、首だけで振り返って罵倒してくる。

 翔の怒鳴り声に首を竦めつつ、柚希はベランダ側の壁際に沿って移動した。


「は、話し合いは大事ですよ。何事もコミュニケーションがっ。ってだから落ち着いて! わたし食べても美味しくないですよ。お腹壊しますって! だから、食べないでぇ」

「馬鹿! いいからもう逃げろよ」


 物質がほぼ障害にならない柚希たちと違って、翔は机などを避けて動かなければいけない。

 逃げ回っているうちに教室内を一周したころには、翔との距離はずいぶんと開いていた。

 壁際に追い込まれた柚希は、伸ばされる真っ黒い手に青ざめる。

 どうやらこの幽霊男子は相当の怨みを溜めて悪霊化しかけているようだ。


 指先が柚希に触れるその直前、翔が開け放したままだったドアから白い影が飛び込んできた。

 桃華の白うさぎ。華麗に回し蹴りを決めて、男子生徒を吹き飛ばす。

 すたりと机に着地した白うさぎは、いつもと同じように明後日の方向を示す。

 しかし今日の柚希には譲れないわけがあった。


「き、今日はストーカー止めてもらうために来たので、話し合いしよう、思います」


 ――舌が上手く回らなかった。



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