あめ玉はHP回復アイテム
事務所のある建物が見えてきた辺りでようやく足を緩めた柚希を、翔がもの言いたげに見つめてくる。
「なあに?」
「幽霊のくせに、走って逃げるんだな」
「……足がある以上飛べないもので」
物質は透過する。けれどこれは、いくらかの練習の末できるようになったものだ。
昴が言うには、幽体離脱で外に出る魂は思念体のようなものなのだそうだ。
意識の底に染みついている常識や摂理は覆らない。
つまり出来ないと思っていることは出来ないのだ。
物質には触れられない。でも壁を通り抜けることも出来ないから、最初は部屋から出ることも難しかった。
心を無にすること、それが意識から常識を剥がして霊体として行動するコツである。
心を無にして高いところから飛び降りたならば地面を透過するだろうが、階段は自分の足を動かさなければ下りられないのだ。
事務所に通じる階段を上がる。
足音は一つ、会話は続く。
「それで、さっきのうさぎはなんなんだ?」
「うーん……、たぶん昴さんだと思う」
「あの死神?」
「うん。本当にやばいときはいつも助けに来てくれるんだよね」
「なんでうさぎ」
それは柚希にも分からない。大事なぬいぐるみなので汚れたりしないか心配なのだが。
事務所に入ると中は出たときと同じような状態だった。
窓際のデスクに昴、ソファーに柚希の体が座っている。ただ、抱きしめていたはずのうさぎのぬいぐるみは、彼女の腕の中ではなく横にちょこんと座っていた。
「先に戻ってるし」
「いつもなんだよ。なんでだろうねー」
本当に不思議だが、死神なんだから柚希たちには考えも付かない移動手段もあるのだろう。
「おや、おかえりなさい」と何食わぬ顔で言う昴に頷いて、柚希は自分の体の中に戻った。
「体が怠いぃ」
「柚希くん、あんまり瘴気に近づくもんじゃないですよ。ただでさえ、君は引っ張られやすいんですから」
「はーい」
横のうさぎを抱き込んで、柚希は深々と息を吐き出した。
ローテーブルに置いてあるガラス壺の中からあめ玉を二つ取って口に放り込む。
「高坂くんも食べる? 霊障で疲れた体には糖分なんだって」
「要らない」
「えー、なんで」
「別に疲れてねえし」
「鈍い! 見えるくせに鈍いっ」
扉の横に立ったままの翔を柚希は指さして昴に訴えた。
「聞いてよ昴さん! 高坂くん、落ち武者に睨み勝ったんだよ!」
「生者が死者に勝つのは当たり前でしょう。僕が見たところ、彼はずいぶん生気が強いようですし、柚希くんとは段違いですね」
あっさりといなされて、柚希としてはむくれるしかない。




