うさぎ、現る
「ごの怨み、はらさでおぐべきかぁ」
「出たぁぁああぁああ!」
時代劇でお馴染みのような落ち武者の幽霊。
いったい何百年前に生きていたのか、恨み辛みを募らせて見るに堪えない姿になっている。
「うわ、時代錯誤。交差点に落ち武者似合わねぇ」
「だからなんでそんな冷静なの!?」
「目を合わせなければ実害ないし」
「私はあるの! 喰われるっ」
大きなクラクション。白いセダンが目の前を走り抜けていく。
鳴らされたのは翔だろう。霊体である柚希は車に轢かれることなどあり得ないが、つい条件反射で立ち止まってしまった。
そのうちに落ち武者に追いつかれる。
咄嗟に翔の背中に隠れると、彼は溜め息を一つして落ち武者を見上げた。
「ごの怨み、はらさで……」
「あ?」
翔が落ち武者の怨みをぶった切って睨み上げると、落ち武者は「で」の形に口を開けたまま硬直した。
「ガンつけ返した! 落ち武者にガン飛ばした!」
「煩い。いまのうちにさっさと逃げろよ」
「え、でも高坂くんは」
「いいから」
さきほど目を合わせなければ実害がないといっていた。
がっつり目を合わせているいまの状態は、彼にとっても危険なのではないのか。
躊躇している間に、落ち武者が再び動き始めた。
動きは先ほどに比べてだいぶ緩慢だが、体に纏っていた瘴気をこちらに伸ばしてくる。
「ひっ」
柚希の喉の奥から悲鳴が零れた瞬間、辺りに一陣の風が吹いた。
小さな影が落ち武者に飛びかかっていく。
「は? うさぎ?」
翔の素っ頓狂な声の言うとおり、現れたのは真っ白いうさぎのぬいぐるみだ。それは柚希の体と一緒に昴死神事務所に置いてきた桃華のぬいぐるみである。
うさぎが落ち武者に跳び蹴りをかます。
怯んだところに小さな丸い手でいくつもの打撃を打ち込むと、四倍はあろうかという落ち武者の体を吹き飛ばした。
そうしてからうさぎは、柚希たちを振り返ってビシリと明後日の方向を指し示す。
うさぎのぬいぐるみの言いたいことは。
「高坂くん、逃げよう」
「は?」
「足止めしてくれるって。さっさと逃げよう!」
それこそ脱兎のごとく逃げ出した柚希たちの背中を、うさぎの赤い瞳が見つめていた。




