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瘴気、危険物にて

「高坂くん!」

「なんだよ」


 衝動的に呼んだ柚希を、翔が訝しげに見る。

 翔の瞳の中には誰もいないが、確かに彼は柚希を見て話していた。

 通りには他の人影はなく、塀の上に座っている猫がひとつ欠伸をした。


「あ、あのね……」


 ずっと言いたかったこと、謝りたかったことがある。

 気まずくなった状態で、彼の方から話しかけてくれたのが、驚いたけれど嬉しかった。

 このまま有耶無耶にすることも出来そうな雰囲気だが、柚希はまだ図書室で彼を傷つけたことを謝っていない。


「あの……、――――っ走って!」

「なに?」

「不良よりも怖いのが来たっ!」

「は?」


 謝ろうと口を開いたのだが、街灯の影に現れたものを見てそれどころではなくなった。

 怪訝そうな翔を急かして走り出す。

 体中に悪寒が走って冷や汗が流れた。もちろんいま柚希に肉体はないので錯覚だ。


(失敗した、失敗した、失敗したぁぁあああ! いつもよりも遅い時間だって忘れてた!)


 いつもならこの時間になる前に切り上げて事務所へと帰っているのだが、今日は途中で中断したうえに不良に絡まれもし、そのうえ翔と話せるのが嬉しくてのんびりと歩いてしまっていた。


「ああ」


 柚希の横を走る翔が、後ろを振り返って納得したように頷いた。

 翔の目には柚希と同じものが見えているだろう。だが別段慌てる様子もない。


「どうしてそんなに冷静なの!?」

「実害はないし、珍しいもんじゃないだろ」

「私には実害あるのっ!」


 街灯や電柱、縁石の脇や排水溝の中からどろどろとした黒い影が生まれる。

 死神の昴はこれを瘴気と呼んでいた。

 生き物の負の念が積もって生み出す穢れ。

 昼と夜が入れ替わるこの時間帯に溢れてくることの多いこの瘴気は、普通の人の生活にはあまり関わりがない。

 だが魂を外に晒しているような状態の柚希には、この瘴気は毒だ。

 触れようものなら吐き気をもよおし、肉体に戻ったあとでもしばらくは動けないほど体が疲弊する。

 問題なのはそれだけではない。

 ぽつりぽつりと点灯し始めた街灯に照らされて、瘴気のたまり場からぬぬっと黒い固まりが盛り上がった。



「ごの怨み、はらさでおぐべきかぁ」



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