孤独少年、絡まれる
初めて見る笑みに柚希は目を見開いたが、もしかしたら見間違いだったかもしれない。
翔はすぐに目を逸らし、僅かに眉間に力を入れている。
「おい」
突然かけられた第三者の声に柚希は振り返った。
髪を染め、服を着崩し、見るからに不良といえる風体の男が三人、いつのまにか側に立っていた。
おそらく年は柚希たちより上だ。私服なので高校生かどうかは分からない。
どうやら翔は柚希から目を逸らしたのではなく、この男たちの存在に気づいたらしい。
「お前、さっきからここで何してんだよ」
「スマホちらちら見て、待ち合わせか? 女にすっぽかされたか?」
どうやら彼らはだいぶ前からこちらを見ていたようだ。
バッティングセンターの横にはゲームセンターもあるので、そこに遊びに来ていた不良だろう。
何も答える素振りのない翔に、不良の内の一人が舌打ちする。
「なんだその目は、あぁ? クソ生意気なガキだな」
「そう怒鳴んなよ。なあお前、金持ってねえ? 俺たち財布ん中きつくてよ。少し貸してくんねえ?」
怒鳴った一人を他の一人が宥める。だがその彼も言っていることは。
「カツアゲだっ。生カツアゲ見ちゃった!」
思わず叫んだ柚希に、翔が溜め息を吐いた。
それを男たちは自分たちに向けられたものだと思ったようで、目尻を釣り上げ始める。
騒ぎ始めた男たちを翔は鬱陶しげに見ている。
さすがの剣幕に柚希も少し尻込みして翔の背中の方へ隠れた。
ふと翔が柚希に手を伸ばしてくる。
首を傾げる彼女の肩に手を置いて、その手が何も触れずすり抜けたのを確認し、納得したようにひとつ頷いた。
「高坂くん?」
柚希が呼びかけたのと同時に、男の一人が翔に殴りかかってきた。
小さく悲鳴を上げた柚希とは対照的に、彼は半身を捻って躱すと突っ込んできた男の足を引っかけた。
横からきた別の男の拳を手のひらで受け止めてカウンター。その隙に死角からきた男の腹に回し蹴りを喰らわしていた。
「きゃっ!」
蹴られた男が柚希の立っている場所に倒れてきた。彼女の体をすり抜けて電信柱に強かに背中を打ち付ける。
(さっきのは、まさかこのための確認!?)
さきほど手を伸ばしてきたのは、霊体が人に触れられて害がでないかの確認をされたようだ。
一見気遣いのようにも見えるが、翔の暴れっぷりを見るとそうは思えない。絶対自分が心置きなく喧嘩をするためだ。
それから五分もしないうちに、その場には男三人が伸されていた。
「なんか、とっても喧嘩慣れしてるね」
「なんでかよく絡まれんだよ、こういう連中に」
他人がいる中だが、翔は柚希に返事をしてくれた。とはいっても、年下に完敗して打ちのめされている不良の耳には入っていないだろう。
さっさと踵を返した翔を、柚希も不良に手を合わせてから追いかけた。
「よく喧嘩するの?」
「よくはしてない」
「すっごく強いんだね」
「必要に迫られただけだ」
「怪我してない?」
「ない」
見事な一問一答だ。
柚希は周りを見回して自分たち以外に通行人がいないのを確認した。
もう少しの間、喋っていてもいいだろうか。
「高坂くんて、兄弟いる?」
「いない」
「よく図書室にいるのは、勉強が好きなの」
「時間があるからしているだけだ」
「放課後いつも勉強?」
「ああ」
「じゃあその時間……」
「しない」
「……」
先を読まれてしまった。
仕事を手伝ってと言うつもりだったが、先ほどの喧嘩と同じで全く付けいる隙がない。
前方から老夫婦が歩いてきたので、二人とも口を閉ざしてやり過ごす。
茜色の太陽が、影を長く伸ばす。伸びる影は一つきり。翔の影が柚希の足下で揺れるが、柚希から伸びる影は無い。
誰もいない。ふとそんな錯覚を覚える。
夕暮れの住宅街、本当は歩いているのは翔一人きりなのではないか。
――翔の横には誰がいる?




