イノシシ娘、少年を連れ出す
「それよりも柚希くん。今日の分は終わったんですか?」
「……まだです」
昴の問いに、柚希は目を逸らして答えた。
今日の仕事はさきほどの犬を送って終わりなのだが、途中で翔に声をかけられ、思わず帰ってきてしまったのだ。
柚希は向かいで難しい顔をしている翔のほうへ身を乗り出した。
「ねえ、高坂くん……」
「断る」
「……まだなにも言ってないよ」
「言われなくても分かる。手伝えって言うんだろ」
目を眇める翔に、柚希は頬を膨らませた。
「ケチ。少しくらい考えてくれたっていいじゃん」
我ながら拗ねた声になった。
背もたれに体を沈めて腕の中のうさぎをぎゅうっと抱きしめていると、翔がちらりとこちらを見る。
その目が思ったよりも冷たくなくて、柚希はもしかして? と思った。
「手伝わなくてもいいから! 見学だけでも、ね、ね?」
柚希が身を乗り出しながら押すと、翔は少しの逡巡の後、長い溜め息を吐いた。
それを了承と受け取って、柚希は勢いよく昴を振り返った。
「昴さん、行ってきます!」
「はいはい。よろしくお願いしますねー」
柚希の威勢に、怠惰な死神はひらひらと手を振ってくる。
握っていたネックレスをテーブルの上に置いて目を閉じると、一瞬意識が閉じる感覚。胸の辺りからふわりと体が浮いて軽くなる。
目を開けると視界から薄いベールが一枚剥がれたように感じる。
そこにあるのは、肉体の中から見たのでは見えない世界だ。
後ろには、目を瞑って座り込んだままの自分の体があった。
「高坂くん。行こう!」
柚希が元気に言うと、翔は渋々とした動作で立ち上がった。
彼の全身から気が乗らないオーラが隠す様子もなく発散されていたが、柚希は気にせず外へと向かう。
霊体の体は物質に触れないが、同時に物質も霊体を妨げられない。
するりとドアを通り抜けた柚希に続き、翔もドアを開けて出てきた。
向かうは先ほどのバッティングセンター横だ。




