第五話
「ねえ、王太后さまにただ会うのが難しいんだったら、口実を作ればどうかしら。お芝居をご覧になって頂くの。で、これでよろしいですか、ってご許可を頂きたいってことにすれば?」
謁見について、睡蓮は妙案を出してくれた。
「なるほど。しかし問題は日程だな。どれくらいで芝居は完成しそうなんだい」
「そんなに時間はかからないと思うわ。みんな張り切っているもの。そうねえ、十日もあれば大丈夫なんじゃない?」
「そんなに早く?」
「あら、あたしたちを見くびらないでよ、毎日のように舞台を踏んでる玄人の集団なのよ!」
睡蓮が胸をはって保証したとおり。
陽花楼の面々は十日で芝居を完成させた。
銀月は文書に、念のため余裕をもたせ、十五日後と記しておいたので、通し稽古もじゅうぶんに出来た。
そして、銀月が憂慮していたよりも順調に事は運び、謁見当日。
さすがに緊張の色を隠せない銀月や、房子を始めとする陽花楼の面々を尻目に、ひとり睡蓮だけは、落ち着いたもの。
「王太后さまに、お会いするんだよ?」房子が小声で発した問いかけに。
「わかってるわよ、だからなに?」心底、ふしぎそうに聞き返す始末。
「やれやれ、まったく、この度胸こそ花形の面目躍如ってことなのかね」
房子のつぶやきに、忍び笑いをもらす者もいて、こわばった一同の気持ちが、良い具合に、ほぐれた。
その直後、折りよく蔡の国主・櫂王太后が姿を現した。
側近たちを従えて、威厳と気品に満ちた物腰で、玉座につく。
側近が口上を述べ、まず銀月が発言を許された。
銀月は自己紹介の後、陽花楼の面々とその女将・房子、そして最後に、自分のすぐ横で慎ましく膝を折る新妻、睡蓮を紹介した。
他の者は垂れた頭をひときわ低くすることで、恭しく敬意を表したが、睡蓮は。
「はじめまして王太后さま、睡蓮と申します、よろしくお見知りおきのほどを。王太后さまにお会いできて、とっても嬉しいです!」
堂々と頭を上げ、背筋をまっすぐに伸ばして挨拶を。
お会いできてとても嬉しい、嘘偽りない心情そのままの清しい笑顔。
その場にいる誰もが、ぎょっとした。
櫂王太后そのひとも、例外ではなく。
けれども次の瞬間には。
王太后も微笑を返し「よろしく、睡蓮」と異例の直言を発した。
挨拶の後、さっそく王太后の前で芝居が展開された。
銀月や、その親友である夢龍は、長身で凛々しい娘が選ばれ、精一杯の低音を駆使して熱演。
幼年時代の睡蓮は、最年少の少女がけなげに好演。
睡蓮の実父や養父は、さすがに娘が男装して演じるには線が細すぎて無理があり、護衛のなかで一、二を争う見目よい者が選ばれた。急遽言い渡された表舞台への出演だったが、それでも懸命に与えられた役をこなした。
冒頭から、踊りの見せ場。
睡蓮の父の前で舞う踊り子、つまり睡蓮の母を演じたのは、英愛だ。
金髪のかつらが、思いの外、似合う。
もとは東洋的な顔立ちなのだが、化粧映えが、半端ない。
加えて舞の技術は、睡蓮のそれと比較して遜色ないほどの実力。
「光栄だわ、あんたのお母さんを演じられるなんて。あたし、がんばるからね!」
宣言どおり、英愛はやってのけた。
舞台を見守る者たちの心を見事に惹きつけた。
両親が暗殺され、国が滅びる場面で、睡蓮は震えて涙ぐんだ。
それに気づいた銀月が、その肩にそっと手を添えた。
「ありがとう、大丈夫よ」
睡蓮は銀月の耳にささやき、銀月の肩に頭をもたせかけた。
戦禍の中で奴隷商人に攫われ、各地を転々とする内、ここへ。
別れの場面で、奴隷商人が睡蓮をどれほど大切にしてきたか、その内心を哀歌で表現。奴隷商人を演じた護衛は、新たな才能を見出された。付け焼刃にしては、なかなかの歌唱力だったのだ。
一夜あけての、睡蓮の嘆き。養父であった奴隷商人との突然の別離に混乱し、陽花楼を飛び出し街角で銀月と出会う。
ここで銀月の、最小限の紹介が入る。
銀月が最愛の母を亡くし、絶望し、死への誘惑に駆られていたところへ飛び込んできたのが、他ならぬ睡蓮であった、と。
いきがかり上、睡蓮の名付け親となった銀月は、彼女をずっと守っていこうと決意し、死を遠ざけることに。
とはいえ母の喪失という痛手が、そう簡単に癒えるはずはなく。
気鬱に沈み、ひとり湖で物思いにふける日々。
そのうち、湖の水位の異変に気づく。
ここが、本題の国移しへの導入部分だ。
国の一大事、という余韻を残し、舞台は暗転。
時の流れを暗転で示し、皆が周知の「睡蓮の旦那選び」へとなだれこむ。
記憶に新しい事件だけに、観衆も入り込みやすい。
花街で放蕩に明け暮れる銀月、その悪友である夢龍。
まるで誰かが見ていたような二人のやりとりの臨場感はどうだ。
ここまで再現する必要があるのか。
銀月はさすがに、先刻の睡蓮にようには、震えたり涙ぐんだりはしなかったが。
きまり悪げに尻をもぞもぞさせた。
まるで誰かが見ていたような二人のやりとりの臨場感、それは。
あらかじめ脚本家が夢龍に取材したからだ。
奴め、嬉々として洗いざらいぶちまけたのにちがいない。
ぜったい、嫌がらせだ。
あの夜、欲情に目がくらんで「芝居のことは全部きみに任せる」などと言ったおのれが、かえすがえすも悔やまれる。
銀月の苛立ちに関係なく、芝居は進む。
自分はあくまで睡蓮の名付け親なのだ、という観念に縛られる銀月。
焦れる睡蓮。
そんな二人の心の隙間に入り込んでくる夢龍。人付き合いの苦手な銀月、その数少ない友である夢龍が、恋敵。
名乗りもあげない銀月、積極的な夢龍。愛する男と、愛してくれる男、二人の間で揺れ動く、睡蓮の乙女心。
そして、当日。運命的な、あの一夜。
大衆が見守るなかでの逆転劇。潔い夢龍の身の引き方、抱き合う銀月と睡蓮、歓喜を分かち合う人、人、人。
圧倒的な大合唱が、響き渡る。
その後、ふたたび暗転。
暗転の後は、事実をかなり省略。
「国移しって、大変な難事業よね?」
「ど、どうしてそれを!」
つい先日の会話が、唐突に始まった。
最悪だ。銀月は頭を抱えた。油断して寝ぼけて妻に国家最重要機密を漏らした、と。
全国民に、知られてしまう。いや、今現在、櫂王太后に知られてしまった。
なんらかの罰を受けるのでは、と銀月は本気で覚悟した、が。
結果、そのことについては、なんの沙汰もなかった。
芝居の流れの辻褄合わせの作り話と解釈してもらえたか、それとも、慈悲深くも不問に伏してもらえたのか。
それから舞台の上では、銀月がこの国のため、隣国のために暗躍していたあれこれが歌で告白され、睡蓮との愛の二重唱で終幕となった。
ふたりで力を合わせて民を説得し、睡蓮の故郷へ皆で旅立とう、と。
もっとも重要な、王太后の不退転の決意『戦火でひとりの民をも殺さぬ国』を最後に朗々と歌い上げて。
立ち上がって、惜しみない拍手を送ったのは、睡蓮。
かりにも、身内の芝居なのに。演じられた主人公でさえ、あるのに。
純粋に、物語のなかにのめりこんで感激している。
サクラでは、などと。
邪推をする余地は、皆無。
「英愛、英愛、すばらしいわ、みんなも、もう最高!」
頬を高潮させて舞台へ駆け寄り、英愛に抱きついて、皆を見回す。
見回す途中で、ふと櫂王太后と視線がぶつかった。
睡蓮は、夢から覚めたような、はっとした表情をしてから、愛らしく恥じらい、威儀を正して問いかけた。
「王太后さま、いかがでしたでしょうか? 上演をお許し頂けますか?」
王太后は答えた。
「いいでしょう、ときに睡蓮」
「はい」
「今度はいつ、会いにきてくれますか?」




