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誓言 ~砂漠を渡る太陽は銀の月と憩う~  作者: 中山佳映&宝來りょう
シーズンⅨ(かえ担当)
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第四話

「えっ、でもあたし公的な提出書類なんか作れないわよ」

「それはわたしがやる。きみは先刻話してくれたことに加えて、わたしの質問に答えてくれればいい」

 朝食後。

 満足げに腹をさする睡蓮スイレンの前に、銀月インユエは筆記用具を広げて早速、文書の作成に取りかかった。


 準備期間、経費、決行日時、人民への情報提供法など、事務的で矢継ぎ早な銀月の質問に、そうねえ、ええと……と口ごもり考え込み、ときには真剣な銀月を茶化したり道化たり、脱線しつつ睡蓮は答えてゆく。

「よし、現段階では、こんなものか。これをもとに第一稿を作ってみよう」

「それ、お役所に出さなきゃいけないの?」

「そうだよ。王太后さまのところへ届くまでに何人もの目を通さなくてはならないんだ。形式に則った文書に仕上げなくては」

「ふうん、ずいぶんまどろっこしいのね」


 あたしを王太后さまに会わせてくれたら、ずっと話が早くすむのに。

 呑気な睡蓮のつぶやきに、銀月の筆先が、つと止まる。

 呆れ顔で、睡蓮を見つめる。

「王太后さまに、きみが、会う?」

「いけない?」

「簡単に会えると思ってるのか?」

「会わせてよ」

「……会ってどうするんだ」

「お話するに決まってるでしょ」

「説得できる自信があるのか。ありそうな顔だね」

「あら、だって」

 あたしはこれから万民を説得するのよ。

 王太后さま一人を説得できなくて、どうするのよ。


 こともなげに言うと、干したナツメヤシの実の砂糖づけをひとつつまんで、頬張る。

 あんな量の朝食を平らげたというのに、甘いものは本当に、別腹なんだな。

 睡蓮の食欲に呆れつつ、その発言には感心しつつ、銀月は訊いた。

「きみは王太后さまをも、一人の人間としてしか見ないんだな」

 この国の最高権力者だとか、そういう認識は彼女にとって無意味。

 おそらく万民といえど、一人ひとりに向かっていくのだろう、睡蓮の心は。

 だからこそ、見る者すべてを魅了する舞が披露できるのだ。


 もはや感心を通り越し、感動すらおぼえた銀月だが。

 睡蓮の次の言葉には、目が点に。

「えっ、王太后さまって、何人もいるの?」

「いや、一人だが」

「じゃあなんでそんなふうに訊くのよ。混乱しちゃったじゃないの」

「ごめん」

 流れで、つい謝ってしまった。


「ではそのことも、ここに記しておこう」

 苦笑しつつ、銀月は紙の上を指でつつく。

「会えそう? 王太后さまに?」

「さてね、それは文書の出来次第だが、とにかく謁見の嘆願は、してみよう」


 銀月が書類作りに没頭している間に。

 睡蓮は早速、英愛に話を持ちかけ、ふたりは連れ立って房子パンジャのもとへ。


 陽花楼は全焼してしまったけれど、全焼をこれ幸いと瓦礫をどけて地面をならし、豪奢な天幕をそこへ、いくつか。

 控えの天幕は男女を分けて、見世用のものはひときわ大きく絢爛に。男用は三軒、女用は五軒。見世の天幕はいちばん手前の中心に、堂々と。男女の控えの天幕はその後ろに、点々と。三軒の男用天幕で、五軒の女用天幕を囲み、守護する陣形。


 多少、手狭にはなったが、そのぶん互いの密接度が増し、団結力も絆の深さも、さらに強固に。

 全員が、この困難を乗り越えてやるぞ、と言う気概に満ち、却って活気づいている。

 李家が持たせてくれた差し入れを携えて、睡蓮も何度か見舞いに訪れたけれども。

 この天幕群へ来ると、いつもなんだか自分のほうが元気をもらうような気がした。

 故郷。実家。笑顔で迎えてくれる仲間。家族。ここは、そういう場所。


 建物が燃えてなくなっても。人がいれば。

 そう、土地を、国を移しても。人さえいれば!

 謀らずも、陽花楼は。

 国移しの雛形となったのだ。

 実際は、柚姫ユヒが与えた、悪意に満ちた打撃でも。

 天の配剤と解釈することも、できた。

 睡蓮は、後者の解釈を選んだ。選んだというより、柚姫の陰謀など、なにも知らないのだ。知らなければ睡蓮にとってそれは、ないも同然。


 房子は睡蓮の解釈に同意した。

 焼失という災禍が、国移しの雛形という誇りに大逆転したのだ。

 陽花楼が、苦界に沈もうとする娘たちを水際で救うだけでなく。

 国全体をも、救う使命を帯びた、となれば。

 これが、張り切らずにいられようか!


 房子は陽花楼の全員に号令を発した。

 全員の胸に、火がついた。

 異例の速度で事が進んだ。構想、脚本、演出、配役、稽古の日程。次々と決定してゆく。

 炎で焼き尽くされたその場所で、今度は人々が胸に熱く火を燃やす。

 皮肉ではあった。

 でもこんな皮肉なら大歓迎だよね、という房子の、ある意味どぎつい冗談に、腹をかかえて皆は笑った。


「なんだ、この台本は!」

 夕方、李家に帰宅した睡蓮に浴びせられたのは、銀月の怒号。

 わなわなと震える手で、紙の束を床に叩きつける。

 銀月と睡蓮の恋物語を中心に据え、国移しへと誘導する原案が宙を舞い、床に散らばる。


 銀月の激昂を、存外の冷静さで睡蓮は受け止め。

「なにが気に入らないの?」

 落ち着いた声で、訊ねる。どうやら予測の範疇だったらしい。

「きみは平気なのか」

「だから、なにが?」

「わ、わたしたちのことが、赤裸々に……!」

「銀月、すわってお話しましょう、ね?」

 みずからが先に寝台の縁へ腰かけ、銀月の震える拳にそっと手を添える。

 睡蓮に、そんなふうに優雅に誘われたら、だれも抵抗できない。無論、銀月も。


 それにしても、業腹だ。

「しかも、だ」

 乞われるまま睡蓮の横に座ったものの、けんか腰は改まらない。

「きみの出生まで描かれているじゃないか、というより、知っていたのか、きみは。

それとも今朝方、わたしが漏らしたのか?」

 口を滑らせてから、銀月は血の気が引くほど後悔した。とっさに口元を押さえたくなる。

 銀月、この迂闊者め!

 彼女の出生の秘密を知っていて、しかも黙っていたことを、自白してしまうとは何事か!


「んとね、いろいろ」

 もしや彼女を傷つけてしまったのではないか、黙っていたことを裏切り行為と見なされ、もう信頼してもらえなくなったのではないか、そんな銀月の憂いに反して、睡蓮はとんちんかん、とも取れる返事をした。

「……なんだ、その、いろいろとは」

「今 朝、銀月に聞いたのが最初なのは、そのとおりよ。それから昼間、陽花楼で母さんに確認してみたわ。父さんに聞いたり、他からも情報を集めて調べたんですっ て、あたしがここへ来るまでのこと。あとね、自分でもよく考えてみたら、そんな記憶の断片が、なんとなくあるような気がしてきたの」


 睡蓮は指折り数えて、簡潔に説明したが。

 その無邪気なそぶりに、銀月は胸を突かれた。

「……驚いたのではないかい?」

 思わず、睡蓮の頭を撫でる。

「まあ、それは、ちょっとね、でももう過去の話だし」

「辛いことを思い出させて、すまなかった」

 睡蓮のけなげな微笑を見ていられなくて、抱き寄せる。

 睡蓮はおとなしく抱き寄せられながら、銀月の背に手を伸ばす。

 なだめるように。

 大丈夫よ、と伝えるために。


「母 さんや銀月が今まで黙っててくれたのは、あたしへの優しさなのよね。ちゃんとわかってるから。それにね、嫌なことばかり思い出したんじゃないの。本当の父 さんと母さん、仲良かったわ。それから、きれいで凛々しい女の人がいた。最後まで、あたしを守ってくれたの。その人が力尽きたら、今度は知らないおばちゃ んが逃がしてくれたわ。あたしはいつも、ひとの善意に助けられてきてる。ときどき不安になるの。あたしって、そんな値打ちあるのかなあ、って。してもらっ てきたたくさんのことへ、お返しできているのかなあ?」

「そんなもの」

 できているに決まっている。値打ちはある。ありあまるくらい、あるよ。


「ね え、銀月。あなたが表に出たがらない性質だって、わかってる。李家の内情も省いてあるわ。でも大衆は波乱万丈な恋物語が、好きなの。そこから入っていけ ば、本題の国移しへと、すんなりお腹に落ちるわ。頭に入れるんじゃないの、お腹へ落とすのよ。身体の中心へ。あなたの側の物語は極力、お芝居に乗せないよ うに配慮してあるって、もう一度きちんと読み直してくれればわかってもらえるわ。矢面にたつのは、あたしなの」


 睡蓮は銀月の抱擁を解いて、頬を両手ではさみ、真正面を向かせて続けた。

「き みは平気なのか、って先刻きいたわね。ええ、平気よ。自分をさらすのは、これまでずっとやってきたことだもの。人前で踊って、魅了して、生きてきたのよ。 銀月はちがう。わかってる。だから最小限しか出してない。でも、あたしの相手である以上、全然登場しない、ってわけにはいかないのよ。今回の国移しの立役 者があなただってこと、知られたくないのよね。でも、悪いけど、あなたの思惑は無視させてもらうわ」


 銀月は、これまで見たことのない睡蓮の一面にふれ、言葉を失っていた。

 紫色の双眸に宿る、したたかな光に、ただ魅せられて。

「この際、利用できるものはなんだって利用するわ。あたしの出生、あなたの献身。

だって国移しよ。難事業よ。万民の命と生活がかかってるのよ。あたしは必要ならば全部さらけだします。あなたも片袖くらい脱ぎなさいよ。国のために一命を投げ打つ覚悟があるんでしょ、なら見せてよ。片袖脱ぐくらい、なんだって言うのよ」


 睡蓮。わたしは今まできみを、守らなくてはならない愛しい花だとばかり思ってきたが。

 きみは、守られるだけの花では、なかったんだね。

 周囲に対する感謝の念を形に表そう、見る者すべてを幸福感で満たそうと、悲願にも似た切実さをもって全力で咲き誇る、大輪の花だったんだ。

 だからこそ、きみに魅せられた者たちは全力できみを守ろうとするのだろう。わたしをはじめとして。


「ふん、大変な女を妻にしたって後悔してるんでしょう、でももう手遅れよ、お生憎さま!」

「とんでもない」

「えっ」

 なかば開き直りの態で切った啖呵をやわらかく受け止められて、睡蓮は虚を突かれて戸惑った。

「わたしはきみが、とても誇らしいよ」


 ふたりが腰かけているのは、ちょうど寝台の上。

 睡蓮の啖呵をやわらかく受け止めた声と同じ鷹揚さで、睡蓮の身体を横たえさせる。

 やさしく、やわらかく、でも、抗いや惑いは巧妙に封じて。

「ねえ、ねえ、じゃあこの線ですすめていいのね、お芝居のこと?」

「いいよ、好きにしていい、もう全部きみに任せるから」

 今は全部わたしに任せて。

 甘い吐息まじりに囁いた銀月のなかでは、目覚めた夜の獣が、のそりと頭を持ち上げていた。

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