第五話
璃安郊外、高官の別邸。
子の刻を大きく回った深夜。
うるさいほど夜蝉が騒ぎたてる中、ひとりの男が、長椅子から幽鬼のようにゆらゆら立ち上がった。
男が向かうのは、三尺ほど離れた場所にある豪奢な寝台。そこにはいまだ嗅がされた薬のさめない睡蓮がしどけなく眠り込んでいた。
「うーん・・・・」
胎児のように身体を丸めて眠っていた睡蓮がふいに寝返りを打つ。
すると、その拍子に翡翠の簪がぽとりと落ち、豊かな髪がふうわりと絹布に広がった。
流れる金髪は、絹糸のごとく。触れれば天鵝絨の手触りがするだろう。
手入れの行き届いた桜色の顔は、目を覚ましているなら儚げといった形容より無邪気が似合いだろうが、目を閉じている今は、たおやかな美女といった風情である。
それにしても、たった一人に、これほどの美を詰め込むとは、神とは悪戯好きなものだ。遠く波斯の後宮に納められれば、スルタンの一の寵姫と遇せられるほどの女。
だが、この美女はたった一人しか見ていなかった。
もし、その男が彼女に不似合いなら奪い取りも出来たろうが、誰が見てもお似合いの一対。横槍など入れられようはずもない。
彼女が一途に慕った男の名は、李銀月。
璃安一の貿易商の嫡男で、夢龍の親友である。
そして、睡蓮は、積年の恋の果てに銀月の家に迎え入れられたばかり。
「銀月、行かないで・・・!」
柳眉がしかめられ、繊手が空へと伸ばされる。
硬く閉じられた瞼からは、一筋の涙が零れ落ちていく。
おそらく、恋人が自分から離れていく夢を見ているのだろう。
「可哀想に・・・・」
夢龍は、睡蓮の眠る寝台に腰をかけると、手を伸ばし、涙を払ってやった。
そして、血がにじむほど口唇を噛む。
『おまえのしたいことをするがいい』
あの女、黒いチャドルを纏った玉凰と名乗った占術師が去り際かけていった暗示は、焚かれた媚薬とあいまってもはや抑えがたい。
いや、彼女は、最初から夢龍が耐えるなどと考えてもいなかったろう。玉凰の暗示と夢龍の望みは同じなのだから。
はぁはぁはぁ・・・・。
脂汗が幾筋も額を伝い落ちていった。
もう、とうに息など上がっている。
それでも耐えたのは、あの銀月が、薄倖だった親友が、たった一つ望んだものだったからだ、この娘は。
しかし。
(すまない、銀月。赦してくれ。もう耐えられないんだ)
夢龍は、寝台の上の睡蓮をきつく抱きしめた。
「睡蓮、愛している」
いったん堰が切れれば、彼女が漏らす甘い吐息にすら誘われる。
人妻になったせいか、胡服の下は長く裳裾がひかれ、目にも鮮やかな紅色の中からのぞくのは、睡蓮の小さな小さな足。
夢龍は、その足指ごと口に含んでしまいたい衝動にかられた。
いや、彼女のどこもかしこも愛しく慕わしい。
すべてを剥ぎ取って、生まれたままの彼女を足の先から髪の一筋にいたるまで丹念に愛撫しようか。
だが、夢龍自身が一刻も早くと責め立てる。まるで、初めて女を抱く少年のように。
夢龍は、上衣の合わせ目から手をぐいと入れると、襟を大きく開いた。
すぐ輝くばかりの胸乳が現れる。
「なんと・・・・」
ごくりとつばを飲む。
夢龍は、白桃のようなふたつのふくらみを確かめるべく手を伸ばし、ふと上衣を脱がせたほうが手っ取り早いことに気づいた。
腰の飾り紐をしゅるりと音を立てて引き抜く。
上衣に続いて下着も取り去ると、洛神(*1)もかくやとばかりの睡蓮の裸身。夢龍の震える手が双乳のふちをゆっくりとなぞる。
片手に余るほど豊かな乳房を揉みしだくと、鞠のごとく夢龍の手をはじき返してくる。夢龍はしばし、呆けたようにその動作を繰り返した。
しかし、睡蓮の反応はない。
まるで、自分をまさぐる手が愛する人のものではないと知っているように。夢龍は、いらだちを隠せない。
両の手で乳房を痛いほど揉みしだき、その先端を指の先で転がしてやる。どうしても、彼女から甘い声を上げさせたかったのだ。
「んっ・・・・」
ようやくあがる鼻にかかった声。
気をよくした夢龍は、尖り始めた先端を丹念にこすりはじめた。
すると、薄紅の果実は、熟した桜桃のごとくしこってくる。
「あっ・・あああっ・・・・」
明らかに感じている。
夢龍は、歓喜した。
だが、こんなことは一方的な欲望でしかない。
睡蓮が目覚め、夢龍に蹂躙されたことを知れば、夢龍ばかりか己をも許さないだろう。
それでも、睡蓮が傷つくと知ってさえ、彼女が欲しくて堪らない。
たった一度、我がものに出来るならどんな代償を払おうとも惜しくはない。
だから、睡蓮。もっと甘やかな喘ぎ声を俺に聞かせてはくれまいか。
「ふふ・・・・」
夢龍は、自嘲すると、寝台の脇におかれた水差しの水を一気に飲み干した。
ビリビリッ・・・・!
そして、本能の命ずるままに、睡蓮の裳を力任せに引き裂いていく。
夢龍は、自身も身体から衣服を剥ぎ取るように裸になると、睡蓮の上に再び、覆いかぶさっていった。
*1 洛神 湖に住んでいるという美しい女神




