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誓言 ~砂漠を渡る太陽は銀の月と憩う~  作者: 中山佳映&宝來りょう
シーズンⅦ(りょう担当)
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第六話

「この屋敷でさ」


 陸史は、背負った蓮姫を下ろすと、周りを気にしたふうに声をひそめた。

 自分には手に負えないと考えた陸史がひとっぱしり蓮姫を連れて来たのだが、ものすごい速さで走る男の背中に揺られたせいか、蓮姫は、軽い車酔いのようなものを起こしていた。


「大丈夫ですかい?」


 それに気付いた陸史が声をかけるが、蓮姫は、男の心配が少し煩わしかった。今日、幾度も大丈夫かと訊かれたせいで。


「ああ、大丈夫だ」


 何とか不機嫌が滲まないよう返事を返して、陸史の開けたくぐり戸を通り、白砂利の道を歩いて行くと、そこには、異国風の別邸。

 ここが柚姫の根城か。蓮姫は、立ち止まると、大きく目を眇めた。


「どこもかしこも開かないんでさ」


 陸史がもう降参とばかり両手を上げる。

 蓮姫は、しょげたふうな手下に軽く頷いてやってから、別邸を一回りした。

 なるほど、これは、うまく出来ている。

 扉を壊すなどして強行突破すれば、侵入者の来訪がかけた術者に伝わる仕組みのようだ。

 蓮姫は、目を凝らし、術式のひとつひとつを読んでいった。


「はははっ・・・・」


 ふいに笑いがこみ上げる。妹の性根が少しも変わっていないことに。

 嫌らしく十重二十重に張られた罠、術の水準こそ高いが、行う仕事はなんとも雑。蓮姫ほどの目を持ち、少しの根気があれば綻びを見つけることは容易い。もちろん、素人の陸史や並みの術者には出来ぬ事だが。

 はたして蓮姫も小半時ばかり時間はかかったものの、最後の罠を残して結界を解くことが出来た。


「最後のこれは、今、外さない方がいいようだな。  

李銀月の到着を待つことにしよう」


 蓮姫は、そう言うと、露わなままだった顔を英愛から借りた薄い領布(ひれ)で覆い隠した。

 陸史などは気にしていないようだが、、他者はそうもいくまい。先日、自分を見て、ぎょっとした銀月を考えれば。


「大姐、こっちへ」


 足の悪い自分を気遣ったらしい陸史が裏に置かれた長椅子を勧めてくれた。

 蓮姫が礼を言って座ると、陸史は、「飲みますかい?」

 と、言って杏露酒(しんるちゅう)まで差し出してくる。

 もはや子の刻。夏であっても沙漠の夜はたいそう冷え込むのだ。


「お前、甘党だったか?」


 度数は高いが、杏酒は女子供が飲むもの。

 一口飲んだ蓮姫は、あまりの甘さに顔をしかめた。


「忘れちまったんですかい?

 初めて会った時、大姐が振舞ってくれたんじゃないすか」


「ああ、そうだったな。 

 お前があんまり疲れた顔をしていたものだから不憫になってな」


 しかも、あの日は新年が明けたばかり、朝から相当、冷え込んでいた。


「だからって盗人に酒は振舞いませんや」


「そうか? まぁ、そうかもしれんな」


 そう言うと、蓮姫は、少しく笑い、竹筒の中の杏露酒を一息に飲み干した。


「大姐、初めて笑いやしたね。

 あっしらの前では気負う必要なんぞないんです。

 あっしと春男は、大姐がどんなになろうと付いていくつもりなんすから」


「・・・・わたしは男は嫌いだ」


 そう不機嫌に返した蓮姫に、陸史は、腹を抱えて笑った。あまりにも主らしい言い様だったから。


「そういやあ、大姐の妹の柚姫さんでしたか。

 あんまり似ていやせんねぇ」


『そんなことはないだろう、双子なのだから』と言いかけて蓮姫は口をつぐんだ。陸史が顔の造作のことを言っていないと気付いたせいで。


「あれは、そんなにも変わってしまったのだな」


 蓮姫は、天を見上げ、ぽつりと言った。

 天には西の参星(オリオン座の三ツ星)が高く瞬いている。あまりの仲の悪さに西の参星と東の参星(さそり座の三ツ星)とに分けられてしまった兄弟の逸話のある星が。

 蓮姫は、わたしたちもあれほど離れていたなら仲たがいすることもなかったのかもしれないと考えずにはいられなかった。



「大姐、ようやく来ましたぜ」


 陸史が蓮姫の物思いを断つように言った。

 確かにこちらに向かってくるニ頭の馬蹄音がする。


「ああ、意外に早かったな」


 蓮姫は、立ち上がると、別邸の正面へと向かって行き、最後の封印を解いた。


「やはり・・・・」


 柚姫以外が最後の封印を解くと、柚姫に侵入が知れるよう仕掛けられている。ならば、あまり長居しない方がいいだろう、自分は。

 折よく、銀月もくぐり戸を開け、入って来たようだ。おそらく腹を立てているのだろう、無遠慮な高い足音が聞える。


「りょ、蓮姫・・・・」


 と、言ったきり、言葉の続かない銀月は、荒い息を必死で整え、肩で息をしている。しかも、彼の頭の三つ編みは今にもほどけそうな塩梅だ。

 普段、一分の隙もない『凍れる月』と異名をとる銀月のいつにない様子に心中、笑いが起こる。気味がいいと思った蓮姫の内心を的確に読み取ったのか、銀月は狷介な眉をピクリと上げた。


「お前の落ち度だぞ!」


「そうでしょうか?

 夢龍様は、あなた様の親友ではありませんでしたか?」


「そ、それは・・・・。

 もしや睡蓮が夢龍と中にいるというのかっ!?」


「はい、ご丁寧に媚薬を嗅がされていらっしゃいます」


「・・・・っ!

 それなのに、何故、お前はそんなに平静なんだ!?」


 銀月が澄まし返った女の顔に唾を飛ばさんばかりまくしたてる。


「男女の営みが中で行われたのなら、それ相応の気が立上りますゆえ、わたくしにもわかりますから」


「なら何故、わたしは呼ばれたんだ?」


「何故? わたくしのほうこそ、何故そうお訊ねになるのかわかりかねます」


 蓮姫は、舌打ちをしたいのを堪えて言った。

 わたしが己の気持ちを押さえてこの男を相棒と恃んだというのに、ここまで響きが悪いとは、わたしの見込み違いだったのか。


「すまない。言いすぎたようだ」


 事情もわからず呼ばれた焦りから平常心を失っていた自分に気付き、銀月は頭を下げた。


「はい、とりあえず銀月様は中にお入りください。 

 わたくしは、以前、お会いした店でお待ちしていますので、事情はその時に」


「何故、陽花楼ではないのだ?」


「陽花楼は、焼失しましたゆえ」


 蓮姫は、そう言ったっきり、何も答ず、陸史を促し、白砂利を踏んで帰って行った。

 銀月は、そんな蓮姫をわずか見送ったものの、慌てて別邸の中に入っていく。


「睡蓮・・・・夢龍・・・・!」


 と、繰り返し何度も叫びながら。

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