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誓言 ~砂漠を渡る太陽は銀の月と憩う~  作者: 中山佳映&宝來りょう
シーズンⅦ(りょう担当)
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第一話

 囲碁ほど人の性根のわかる遊戯はない。

 こちらを完膚なきまでに追いつめておいて、ちらとも顔色を変えない我が息子は相当、ひねくれた性根の持ち主だろう。

 早朝、『話があるから』と呼び寄せた長男・銀月(インユエ)を強引に碁に誘った水月(スゥオル)は、しみじみと思った。


 李家は、首都・璃安(りあん)一の貿易商である。

 自国で取れた農作物や質のいい綿織物などを中華の国へ運び、その帰路、金銀・玉を始めとした装飾品を持ち帰るのが主な商い。その為、水月は、家を空けていることが多かった。

 けれど、四十路も半ばを越えた今、旅を枕にした生活はつらくなってきた。

 他家ならば、長男に跡目を譲り、楽隠居としゃれ込むのだろうが、水月はその跡目を譲るべき長男を遠ざけ、家業を教え込んでこなかった。

 それは、妻・明華(ミョンファ)の手前もある。

 だが、何よりも銀月は、その母・月梅(ウォルメ)に似すぎていた。

 銀月が向けてくる凍てつくかごとき眼差しが、不幸のうちに死なせた正妻・月梅から断罪されているように思えてならなかった。

 あれは、死してまで人を怨むような女ではなかったというのに。

 自分は下らない意地を張りすぎていたのだろう。


 水月は、小憎らしいほど落ち着き払った息子を目の端に入れると、碁笥(ごけ)から白石をとりあげ、碁盤に一石を投じた。

 すると、向いの卓子に腰掛けている銀月がはっと目を見開いた。

 何故なら、水月の投じた一石が彼の優勢をひっくり返すものだったから。


「・・・・わたしの負けです」


 負けず嫌いな息子の心底悔しそうな顔。

 水月は、そんな銀月ににやりと笑ってやってから、音をたててお茶をすすりこんだ。

 先ほど明華が、『婦人病に利くというのですから、あなたのお疲れにもきっと利きま

すわ』と、分けのわからぬことをいい、手ずから運んできた雪蓮花せつれんかのお茶を。

 明華は、きまり悪そうな顔で二人分の茶を並べ終えると、『睡蓮がぜひあなたたちにも飲ませたらどうか、と言うものですから』と付け加え、そそくさと下がっていった。

 水月はといえば、驚愕のあまり、ひとことも返せずじまい。

 先日、銀月が娶った美しい踊り子・睡蓮。

 彼女は、水月の劣勢をひっくり返した一石と同じごとく、長い間、澱み腐り続けていた李家に新風を送り込んでくれた。

 睡蓮は、自分達親子の確執を瓦解させたばかりでなく、三十年の長きに渡り、夫をかたくなに拒み続けてきた明華の心をも解かしてくれたのだ。


 水月は、碁石を片付けながら、「きみもまだまだだね」と言って、役者絵から抜け出たようと言われ たかつての美貌を取り戻したかのように艶治に笑った。

 けれど、新妻を迎えたばかりの息子は、呼んだ当初から浮かない顔つきだった。よっぽど気がかりがあるのだろう、数日後、旅に出る彼には。

 それだからこそ、水月は息子を、自室に呼んだのではあるが。


「父上、わたしは・・・・」


 言いかけた銀月の言葉に水月は、

「わかっているよ、きみがうちの家業を継ぐ気のないことくらいはね。

 確かにきみは、貿易商より役人向きだね。それも能吏になれるんじゃないかな?」と、かぶせるようにいった。


 銀月の双眸がもう一度、大きく見開かれる。

 それを間近に見つめ、水月は、苦く苦く笑った。

 どうやら我が息子は母方の血のほうが濃いらしい。月梅の実家は高官を多く輩出している家系だから。それ故、銀月の中に流れる政治家の血が国の危急を見逃せないのだろう。


「本当に構いませんか?」


「ああ、行っておいで、我らの新しい国を探しに。

 ありがたいことに、我が家にはまだ四星(スーシン)がいる。

 それに、きみのようにずるがしこい人間はぜひとも役人になるべきだろう」


 そう言うと水月は、息子の形のいい額を指先ではじいた。

 銀月も今回は、「はてさて、老爺(らおいえ)の枕辺に狐狸でも出ましたか?」と、しらばっくれたりはしなかった。

 ほんの短い間ではあるが、遷国(国移しの意)は、次の段階へと移り、ホータンと我が国の間に何度も密使が行きかった末、二国の王は、奇策とも言うべき、国替えを決したのだ。

 蔡の国主・(かい)王太后の、『戦火でひとりの民をも殺さぬ国』を実現するために。

 ホータン国民は、我が国・(さい)へ。

 そして、我が国・蔡は、新天地へと。

 銀月は、櫂王太后の高い志に感銘を受け、残りの人生を傾けようとしている。母を亡くして後、ひとりの少女のためだけに生きてきた男は。

 母譲りの美貌から、その銀の月という名から、「凍れる月」と異名を取った男は、もうここにはいない。長年の堰を切ったように、国のため一身を賭す熱い心の持ち主がいるだけだ。

 そして、遷国が無事成功したあかつきには、高官の椅子が銀月に用意されるだろう。

 もちろん、それは彼の大伯父が堵県県正(とけんけんせい)(首都・璃安がある県の県知事)であること抜きにはありえないことであるが。

 けれど、私情をいっさい取り払い、理路整然と答えを導き出す彼の頭脳が王太后や高官たちに認められたことがまず大きいだろう。


「申し訳ありません」


 銀月が小さく頭を下げる。

 彼は、水月の、隠したつもりの寂寥を受け取ってしまったのだろう。最愛の妻・月梅の息子に跡を継がせかったという。

 だが、これ以上言葉を返すつもりはない。

 自分の隠していた気持ちを察してしまったとはいえ、それに言及すれば、銀月はますます父を気遣う。

 水月は、父として、今、飛び立とうとする大鳥に足かせをかけるがごときまねは、金輪際したくなかった。

 ただ、「きみ、後顧の憂いはきっちり絶っておいたほうがいいのではないかな?」と、言ってはやったが。

 すると、銀月は、ぐぐと喉をつまらせ、あからさまに目をおよがせた。

 それから、俯きがちに、「はい」と答えた銀月と、留守中の様々な事柄を話し合ったが、息子は最後まで目を合わさずじまい。よほど“後顧の憂い”に言及されたくなかったらしい。

 水月は、そそくさと帰っていく銀月の背中を見送ったとたん、堪えきれずに吹き出した。


「久しぶりに、明華と一杯やるかな」


 酒の肴はもちろん、銀月である。

 昔からいける口の彼女は、中華から持ち帰った米で作った酒を気に入ってくれるに違いない。

 かつて、月梅を正妻に迎えると明華に告げた三十年前の夜。

 狂女のごとく怒り狂って、部屋を出て行った明華の気持ちが理解できず、途方にくれた。すべてが自分の思わぬ方向に、悪しき方向に向かっていると感じられて。

 だが、今日は全てが善き方向に向かっているように思える。まるで、李家に睡蓮という名の『善きテングり』が降り立ったように。

 水月は、手を叩くと、家司を呼んだ。

 表向き、銀月は、商いのために旅に出るのだ、その体裁は整えてやらねばなるまい。

 銀月は、水月にもはや遷国を隠す気はないようだが、だからといって他に明かすことはけして出来ない。例え、それが愛する新妻であっても。

 万が一漏れたら、蔡国中に騒乱が起き、戦争をしないと決した(ちょう)の弱腰を責める声が上がるだろう。そして、それは、ひとりの死者も出さぬという櫂王太后の志が灰燼に帰す結果となる。

 水月もそれだけは避けたかった、この国の未来を憂うものとしても、銀月の父としても。

 だが、銀月たちの歩いていく道はあまりにも険しい。テングリのおわす天山山脈の頂上を目指すがごときだ。

 それでも銀月は、躊躇わないだろう。

 彼は、国民(くにたみ)の危難を見過ごせないばかりでなく、子供から親を奪う戦争をけして容認しないから。そして、必ずやこの仕事をなしとげる。愛する睡蓮に二度と戦争の惨禍を味わわせないために。


「もうしばらく李家の当主を努めねばならないようだね」


 そう言うと水月は、明華が疲れに利くと言って寄越した妙な味のする雪蓮花茶を一息に飲み干したのだった。

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