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誓言 ~砂漠を渡る太陽は銀の月と憩う~  作者: 中山佳映&宝來りょう
シーズンⅦ(かえ担当)
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第四話

 その後、明華ミョンファは睡蓮を、銀月インユエの部屋の近くまで送っていった。

 送っていく羽目になってしまった、と言ったほうがより正確だったが。


 道々、他愛のない会話をした。

 話など、するつもりはなかったのだけれど。

 睡蓮が、あれこれと話しかけてくるものだから。

 あからさまに無視するのも、なんだか、おとなげなく。

 適当に相槌を打つくらいは、まあしてやっても良いわと思い。


 それにしても、なんて人懐こいのだろう、この娘は。

 妖艶な踊り子と、評判なのに。

 たしかに、豊満な胸、くびれた腰、すらりと伸びた手足など、その恵まれた肢体からは絶え間なく是非もなく女らしい色気はたちのぼっているのだけれど。



 間近で接する睡蓮の内面たるや、幼い頃の娘たち、麗華リィフォア春華チュフォアを彷彿とさせるほど、純真無垢。

 身にまとう清楚な純白の胡服が、透明感をさらに際立たせる。


 調子が狂う。

 憎めない。どうしても。

 幼い頃の我が娘たちに重ねてしまえば、なおのこと。


 そう。

 あの当時の娘たちは、それは無邪気で、愛らしかった。

 父親にも屈託なく接し、素直で、表情ゆたかで、朗らかで。


 一変したのは、あの女が正妻として嫁いできてから。

 明華の立場も、態度も。

 それまでとは、天と地ほどに。

 娘たちは母、明華の影響を、まともに受けた。


 父を奪った女を憎み、母を裏切った父を蔑み。

 結果。

 ふたりは、いびつな男性観を棘のごとく胸に刺して育ち。


 麗華はいったん嫁いだものの、すぐに出戻ってきた。

 相手の男を愛せなかった故に、無論、その家族にも受け入れられなかった。

 そしてますます、男性嫌悪、人間不信を募らせた。

 春華にいたっては。

 持ち上がる縁談をことごとく袖にし続け、とうとう婚期を逃してしまった。


 人並な女の幸福とは無縁の人生を、娘ふたりに運命づけた。

 今まで漠然と胸にわだかまっていた負い目が、睡蓮をまのあたりにして、明華の眼前にくっきりとした形をとって、立ち現れてきた。


 睡蓮、この娘は、何故。

 苦界に身をおき、花街の踊り子、という響きからくる偏見や、無遠慮に注がれるみだらな視線を浴びながら、これほどまでに天真爛漫でいられるのだろうか?


 西域からこの地へ流れてくるまでにも、様々な波乱があったはず。

 戦災に巻き込まれ、奴隷商人にさらわれた、という噂も聞いている。

 そんな目にあっていながら、何故?


 その秘密を探りたくて、我知らず険しい顔つきで睡蓮を観察する明華。

 一方、睡蓮は明華の心情などまったく思案の外で、瞳を輝かせ、庭園の景観に見蕩れたり、呑気にも、先刻ふるまった茶について訊ねたりしてくる。


「先刻いただいたお茶、とっても不思議な味でした。たぶんあたし、今まで飲んだことないんじゃないかしら、なんていうお茶だったんですか?」

 雪蓮花ですよ、と答えてやると。

「せつれんか?」

 歩を止め、目を見開いて聞き返すので、仕方なく説明を付け加える。


 雪の蓮の花と書くのだと知ると。

 睡蓮は、飛び上がらんばかりに喜んだ。

「蓮って、私の名前にも入ってるんですよ!」


 大仰な娘ね、そんなことは知っていますよ。

 それに、なんだっていうの、これっぽっちの偶然が何故それほど嬉しいの?


「あ、あたしの睡蓮って名前、銀月が付けてくれたんです」

 一層うれしそうに微笑む。はにかみつつ、それでいて誇らしげに。


 それも知っていますよ。だからそれの一体なにが嬉しいの?

 無邪気な睡蓮に抱いた反発は、明華にまた、新たなる事実を気づかせた。

 睡蓮は、柔軟なのだ。


 軽やかな羽根のように空中を舞うから、泣いても笑っても、どこへ吹き飛ばされようとも、いずれ無傷でふんわりと着地する。

 一方、明華と娘たちは、石のように頑固。

 転落したら、地面に叩きつけられて、粉々に砕け散ってしまう。


 でも、何故。

 この違いは、どこからくるものなのか。


 その理由が釈然とせず、苛立った明華は、険のある口調で、雪蓮花について続けた。

「諸々の婦人病にも効果があるのよ。もっとも、若いあなたには必要ないでしょうけれどね」


 言葉の端々には、年齢からくる衰えを自覚しはじめた者の諦念と、睡蓮の若さに対する羨望が、入り混じり。

 そうだ、若さだ、睡蓮と自分を隔てる河は。

 そう思い込もうとして、挫折した。

 過去をふりかえってみれば明華は、睡蓮の年頃には、もうすでに、頑固だった。


「そうですね」と明華の険を、何事もなく受け流した睡蓮は、しかし。

 なにかを思い出したのか、直後に「でも」と続けた。


「母さんには必要かもしれないです。そういう不調を時々もらすのを聞いたことあるし。あ、母さんというのは、陽花楼の女将のことです、身内は、母さんて呼んでるんです、本当に、あたしたち家族みたいなものですから。

 それに、年齢はそんなでもなくても、そういう症状を訴えてる娘、花街では結構いるんです、あ、あたしの親友、英愛ヨンエは美容と健康に関してすごく熱心で、だから雪蓮花のことも知ったらとても興味もつと思います」


 ならば茶葉を分けてあげましょうか、と。

 自分の口から出た言葉に、明華は呆気にとられた。

 何故、このわたしが。

 一面識もない、そんな花街の女たちに同情など?


「え、いいんですか? わあ、ありがとうございます!」

 明華の困惑をよそに、睡蓮は明華の手をとって、小躍りしながら明華の周りを一周。

 手を取られた明華も乗せられて、くるりと一回転させられた。


 ……毒が入っているのでは、なんて。

 これっぽっちも疑ったりしないのね。


 そうね、この娘は、銀月とはちがう。

 そして、わたしとも、ちがう。

 だからこそ、銀月は、この娘に惹かれたのかしら。

 わたしが、いま、魅了されたように。


 明華は、潔い敗者が浮かべる笑みを浮かべ、雪蓮花について、なお語った。

 天山山脈で、百年に一度、花開くという神秘的な伝説や、雄花と雌花があることから、恋花としても知られているのだ、とか。

 いかにも睡蓮が喜びそうな話を。

 そう、睡蓮の喜ぶ顔を、もっと見たくて。

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