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誓言 ~砂漠を渡る太陽は銀の月と憩う~  作者: 中山佳映&宝來りょう
シーズンⅦ(かえ担当)
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第五話

 もう、なかば、あきらめた。

 認めざるを得ない。

 わたしは、この娘を、好もしく思っている。


 できれば、娘たちにも会わせたい。

 いまからでも、その羽根のような軽やかさで、わたしが娘たちの胸に埋め込んだ棘を溶かしてほしい。

 なにせ、世の中の半分は、男なのだ。

 敵にまわすより、味方につけたほうが人生は楽に決まっている。


「あの……ちょっと寄っていきませんか?」

 睡蓮スイレンは別れ際、明華を誘った。



 銀月インユエが知ったら、卒倒するわね。

 その様を想像して、苦笑を通り越し、明華は思わず、笑い声をたてた。

「……?」

 明華の笑いの意味を推測しかねて、戸惑う睡蓮も、また可憐。


「せっかくだけど、遠慮しておくわ。あなたのいい人が顔色をなくすといけませんからね」

「?」

 睡蓮の頭上を飛び交う疑問符の群が、目に見えるよう。

 その様子をひとしきり堪能してから。


「さ、お部屋へ戻りなさい、朝餉が待っているのでしょ?」

 そう声をかけ、立ち去ろうと背を向けると。

「あ、ありがとうございました!」

 背後から、あわてて礼をいう睡蓮の声が飛んできた。


 心地よい、体験だった。

 睡蓮。不思議な娘。

 じかに、触れ合ったが最後。

 いかがわしいばかりの踊り子ふぜい、という、あの偏見が、粉々。


 あれもまた、力と呼ぶべきものだろう。

 あれこそが。

 まさに、魅力。


 あれはわたしの愛する男を奪い取った女の息子の恋人だと。

 憎しみを掻き立てようと虚しくあがく自分が滑稽で。

 しかも、哀れ。


 いいかげん、死んだ女とその忘れ形見を憎み続けるのも、疲れた。

 もう、とうの昔に、疲れていた。

 それでも、やめるわけに、いかなかった。


 死ぬなんて、ずるい。

 銀月の母、月梅ウォルメを死に追いやった自覚を持ちながらも、そう思わずにいられなかった。

 死ぬなんて。

 まるで、勝ち逃げではないか。


 だから。

 子供で、代理戦争を始めた。

 すでに、娘は二人いたけれど。

 死んだ月梅とその息子、銀月に対抗するには、どうしても息子が必要だった。


 当時、明華は、こう考えていた。

 娘たちは、長ずれば何処かへ嫁ぎ、家を出てゆく。

 となれば、銀月が継ぐことになる。

 明華が、水月スウォルとともに生まれ育った、場所なのに。


 ここでの、幼馴染みとしての水月との過去だけは、月梅にも、他の誰にも奪えはしない。

 その思い出のつまった、この家が。

 いずれ、否応もなく、あの女の、息子のものに。


 それだけは、許せない。

 水月の心が、もう自分からは離れてしまった今。

 もはや残っているのは、この場所しか、ない。

 たとえ、中身が空洞だとしても。

 確固たる居場所まで失ってしまっては、それではあまりに、惨めではないか!


 是が非でも、銀月にだけは、おめおめと明け渡したくなくて。

 なかば意地で、挑んだ。

 わたしも、息子が欲しい、と。

 夫、水月は拒まなかった。

 拒める道理がなかった。


 明華が嫉妬に狂っているのを、水月は身につまされて、知っていて。

 その嫉妬は現に月梅を滅ぼし、のみならず、当時まだほんの少年だった銀月にまで累が及ぶだろうとは容易に想像がつき。


 それで、水月は、明華を抱いたのだ。

 かつては愛した女でもある明華が、悪鬼と変化してゆくのが哀しく、その原因が他ならぬ水月自身であるのもまた、耐えがたく。

 慙愧の念に苛まれ、明華が息子を望むのならば、若い頃の誓いが果たせなかったからこそ、せめて叶えてやりたいと願い。

 なにより、明華の要求を呑むことによって銀月を、とりあえずの危険からは、遠ざけられる。


 明華は、水月の胸中を承知の上で、利用した。

 みずから計略を練り、水月をがんじがらめに絡め取り、陥れながら。

 水月以上に深く傷ついたのは、明華自身だった。


 かつて、テングリの祠で永遠の愛を誓った仲なのに。

 いまも、身体だけなら、ひとつになれるほど近くにいるのに。

 いまや、その関係は。

 天山山脈の万年雪よりも、絶望的に、凍てついていて。


 そんな思いまでして、授かった息子でありながら、四星スーシンは。

 明華の手駒には、おさまりきらず。

 苛烈な母、明華を敬して遠ざけ、異性を苦手とし、むしろ同性である父や異母兄、銀月を慕い。


 その段階でもう、復讐などあきらめてしまえれば、よかったが。

 四星は、そうするには、あまりにも血が近すぎた。

 いくら四星が弟として兄、銀月を慕おうとも。

 母として四星は愛しく、女として銀月は憎らしかった。


 睡蓮。

 あの妖精じみた、不思議な娘が、明華と銀月の間に、いてくれたなら。

 明華自身には抑えきることのできないこのどろどろした感情を、睡蓮が濾過してくれるなら。

 もしかしたら。

 この生き地獄から、解放されるかもしれない。

 おそらくはこれが、鬼から人へと戻れる最後の機会。


 知らぬ間に沈み込んでいた物思いの淵で、睡蓮という希望の光を、つかみかけていた、矢先。

「……成夫人?」


 成夫人、と呼ばれ、肩に手を置かれ、軽く揺さぶられて。

 明華は、はっと現実に立ち戻った。

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