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誓言 ~砂漠を渡る太陽は銀の月と憩う~  作者: 中山佳映&宝來りょう
シーズンⅦ(かえ担当)
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第三話

 銀月と四星の後ろ姿がまったく見えなくなるまで見送ってから、睡蓮スイレンは、くるりときびすを返して、帰途についた。

 ……もっと一緒にいたかったのに、つまんない、なんて。

 そこまでのわがままは、言ってはいけない。

 軽やかな足取りは、沈みがちな心を、あえて鼓舞するため。


 だって銀月は、あたしを得るため、お父様と約束をしたんだもの。

 御曹司らしく、お仕事を手伝うって。

 結ばれたからって、四六時中、一緒にいられるわけがない。

 御伽噺じゃあるまいし、おとなだもの、それくらい、わかってる。


 なにより、あたしは。

 安い買い物では、なかった。

 これまでのように、銀月は、自由に遊び暮らしては、いられない。



 あたしは、とんでもないことを、銀月に望んでしまった。

 あたしを引き受けるということは、経済的にも莫大な犠牲をはらうということでもあって、つまり、あたしは。


 銀月の、負担になっている。

 幼い頃からの願いが理想の形ですべて叶った今になって、改めて。

 御伽噺でない故の憂いが頭に重くのしかかり、胸をふさいで、睡蓮の歩みを止めさせた。


 うつむいた睡蓮の視界を、ふと、淡紅色の小さな花びらが、ひらりと横切った。

 ひとひら、ふたひら、と。

 顔をあげると、そこに。

 満開の、梅の木。


 ……どうして、こんな季節に。

 梅の花が?

 さっき、通りがかったときには、当然、咲いてなんか、いなかったのに。


 そして、木の下には、人影が。

 よくよく目をこらしてみると、背景が、透けて見える。

 影がうすいどころの話ではない。


 ……銀月?

 ううん、似てるけど、銀月じゃない、だって、このひと、女性だわ。

 はっ、もしかして。

 昔、亡くなった、銀月の、お母さま?


 死者と相対している、その事実に思い至っても。

 怖ろしくは、なかった。

 面差しは最愛の男と生き写しだし、そのうえいかにもか弱く、儚げで、睡蓮よりも、小柄。

 なによりも。

 この方は、銀月を産んでくださった。


 だから、睡蓮は。

 むしろ相手を安心させるように、ふんわりと微笑んで、はじめまして、睡蓮といいます、と、ごく自然に挨拶をした。

「銀月が、睡蓮と名づけてくれたんです。あの……あなたは、銀月のお母さまですよね?」


 生者に正視されて、あまつさえ話しかけられて、戸惑ったのは死者のほう。

 ふっと梅の木から姿を消した。

 睡蓮があわてて見回すと、銀月の母は別の木の下へ、音もなく一瞬で移動していた。


「あ、待って、待ってください!」

 睡蓮がその木へ駆けてゆくと、また別の木へ。

「待って、おねがい、あたし、あたし、こわくありませんから!」


 あたし、全然平気です、お母さま、待って、お話がしたいんです、と。

 夢中で追いかけているうちに、睡蓮は。

 方向を、完全に見失ってしまった。


 銀月の母も、見失ってしまった。

「……ここ、どこ?」

 困り果てて「おかあさま?」と虚空に呼びかけてみても。

 誰も、応じてはくれない。


 どうしよう、戻れない。

「あんまり子供あつかいしないでちょうだい」なんて、大口を叩いたくせに、この体たらく。

 半べそになりながら、とぼとぼと歩みを進めていると。

 林が途切れて、視界がひらけ、東屋が。

 女性がひとり、腰かけて。


「お母さま?」

 一見して別人とわかったのに、思わず睡蓮は、そう口走っていた。

 相手は、鮮やかな生命力を全身から放つ女丈夫である。決して見間違ったのではない。


 聞き覚えのない声で、いきなり「お母さま」と呼ばれ、東屋でくつろいでいた婦人は、怪訝な顔で振り向いた。

 明華ミョンファだった。


 睡蓮は、この婦人が明華だとは、知らない。

 一方、明華は、すぐに察した。

 金髪、紫の瞳、透きとおる雪白の肌、噂にたがわぬ美貌。

 睡蓮。

 銀月が家へと連れ込んだ、西域から流れてきた、踊り子。


 明華と睡蓮。

 朝の光ふりそそぐ庭の東屋で、ふたりは無言で見つめあう。

 やがて、睡蓮の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。


 明華は、ぎょっとして、

「なによ、なぜ泣いているの、わたしはまだ、何もしていませんよ」

 とっさに本音を吐かされた。

 なんて迂闊な。わたしらしくもない!


 この娘、気味が悪いわ。

 美しすぎて、人間離れしていて、まるで異次元の生物みたい。

 ひとまず立ち去ろうと腰を浮かせた明華の胴へ、なんと、睡蓮は、子供のように跪き、しがみついてきた。

「ちょ、ちょっと……」

 ひきはがそうとして、睡蓮の体に触れたのに。

 力が、はいらない。


 睡蓮は泣きじゃくりながら、

「……お庭で……迷ってしまって……うっ、ひっく……ひっ……」

「…………」


 睡蓮の涙の理由は、見かけほど単純ではなかった。

 銀月の亡くなった母を目撃した、超常現象に遭遇したという、衝撃に加え。

 愛する銀月の母へ、語りかけたのに応じてもらえず、それどころか避けられ、とうとう置き去りにされ。


 置き去り。

 それは睡蓮にとっては、永遠に癒えない過去の心の傷に直結する出来事で。

 銀月の母、つまり家族に拒絶される、という事実も、耐え難かった。


 そこへ現れたのが、明華。

 くっきりとした輪郭をもつ、生命力にあふれた、生身の女性。

 銀月の母、月梅ウォルメが、玄妙なる花精なら、この明華はさながら、大地に根ざす現世の樹そのもの。


 異界の月梅と接した直後に、睡蓮と同じ現実界に生きる明華に出会えば、緊張が解けるのは自然の理。

 月梅とは全く別の意味で、しかし月梅と同じくらい、睡蓮は明華にも、親しみを感じたのだった。


 けれど睡蓮は、言葉が達者ではない。

 感情が高ぶっていては、なおさら、自分の心境を、理路整然と説明できない。

 しがみついて、泣きじゃくって、これでは、単なる迷子としか見られない。

 睡蓮本人にも、それはわかっていて、うまく伝えられないことが口惜しく、もどかしく、その葛藤がさらに彼女を、取り乱させる。


 明華は明華で、こちらもまた困惑の極致。

 邪険に押しのけてやれば、いいものを。

 意思に反して、手のひらは睡蓮の頭を撫でる。


 自分とは、あきらかに異なる、輝く金髪に触れてみたかったのだ。

 そうだ、好奇心に、突き動かされただけだ。

 明華は、自分に、言い聞かせた、けれど。

 次に口から飛び出した言葉は、

「……少し落ち着きなさいな。お茶を淹れてあげましょう、いかが?」


 一体、この娘に、親切にしてあげる義理がどこにあるの!

 明華の困惑には、まるで無頓着な睡蓮は、泣き止もうと努力しつつ、ありがとう、いただきます、と言って顔をあげ、明華へ、けなげに微笑を向けた。

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