第6話 臨海副都心騒乱 1「超古代の残滓」
夏休みの喧騒は、一通の緊急招集によって終わりを告げた。
お台場に響いていた子どもたちの笑い声は。
遠くから近づくサイレンの音にかき消される。
夏空の向こうでは、黒煙がゆっくりと立ち上っていた。
その先にあるのは、臨海副都心。
東京でも有数の魔導都市区画だ。
「急ぐわ!」
レイナが駆け出す。
迷いはない。
さっきまで私服姿で穏やかな笑顔を見せていた少女とは、まるで別人だった。
「悠真!」
「廉太郎!」
「遅れないで!」
「了解!」
俺と廉太郎も人混みを縫うように走る。
サラは肩の上で羽を震わせながら、黒煙の方角をじっと見つめていた。
「……嫌な感じ」
その声は小さかった。
だが、確かな緊張が混じっていた。
――
十分ほどで現場へ到着した。
目の前に広がっていた光景に、思わず息を呑む。
大型複合施設の外壁が崩れ落ち、道路には巨大な瓦礫が散乱している。
割れたガラス。
横転した車。
炎を上げる魔導バス。
魔力で制御されていた街灯はショートし、火花を散らしていた。
あちこちで助けを求める声が響く。
「誰か!」
「子どもがまだ中に!」
「救急班を!」
魔導警察や消防隊が必死に活動しているが、人手が足りていない。
レイナは一瞬だけ現場全体を見渡すと、襟元の裏へ手を伸ばした。
銀色の監察官バッジ。
中央に刻まれた紋章へ指先が触れる。
【ユーザ認証:神代レイナ】
【文科省・魔導技術局所属:特別監察官】
【適正ユーザ】
電子音とともに、黄金色の魔法陣が胸元から広がる。
その光は肩から背中へ流れ、透明な外套のような魔力装束を形作った。
周囲の空気が変わる。
魔導警察の隊員たちが一斉に姿勢を正した。
「魔導技術局監察官・神代レイナです」
凛とした声が現場に響く。
「現場指揮権を引き継ぎます」
「はっ!」
隊員たちが敬礼する。
その光景に、俺は思わず目を見張った。
学校では同級生。
監察官として俺を見張る少女。
そんな認識しかなかった。
けれど今。
目の前にいるのは一人の国家公務員だった。
この災害現場を任される、プロフェッショナル。
「被害状況を報告してください」
「はい!」
隊員の一人が手帳型端末を差し出す。
浮かぶホログラムを指差しながら説明する。
「現在確認できている負傷者二十八名」
「重傷者六名」
「建物内部に取り残された市民は推定十五名」
「魔力反応源は依然不明です」
レイナは端末へ素早く目を通す。
「結界班は北側を封鎖」
「二次崩落を防いでください」
「了解!」
「医療班は負傷者の搬送を優先」
「重傷者から魔導救急へ」
「はい!」
「探査ドローンは上空展開」
「魔力反応を半径二キロまで検索」
「すぐに!」
次々と指示が飛ぶ。
迷いがない。
的確だ。
隊員たちも一切質問せず動き始める。
この人たちは、レイナを信頼している。
「悠真くん」
「え?」
「あなたたちは民間人の救助を」
「魔法の使用は最小限」
「無理はしない」
「分かった」
「廉太郎くんも」
「任せろ!」
俺たちもすぐに動き出した。
――
「大丈夫ですか!」
倒れていた女性へ駆け寄る。
足を瓦礫に挟まれている。
「廉太郎!」
「今どける!……って、うおっ、クソ重っ……!」
廉太郎の強化魔法でもビクともしないコンクリート片。
俺はさりげなく手を添え。
服の袖で隠しながら――。
(サラ、空気の熱膨張で持ち上げられるかな?)
袖に隠した指先へ、ほんの僅かに魔力を込める。
『まっかせなさーい!』
サラの羽が小さく羽ばたく。
視認できないほどの、僅かな黒炎の超高熱が瓦礫の底へ滑り込んだ。
空気の急激な熱膨張が、重いコンクリートを押し上げる。
「よっ……! ――って、あれ? 急に軽くなった!?」
驚く廉太郎を尻目に、俺は平然と言葉を重ねた。
「今だ、引き出そう!」
女性を引き出す。
「ありがとうございます……」
「まだ動かないでください!」
救助隊へ引き渡す。
振り返ると。
レイナは別方向で崩れかけたビル全体へ結界を張っていた。
巨大な黄金の魔法陣。
幾何学模様が空中へ何重にも展開される。
「固定術式、展開」
ビル全体が淡い光に包まれる。
崩落が止まった。
周囲から感嘆の声が漏れる。
「すごい……」
「あれだけの建物を一人で……。」
俺も思わず見入ってしまう。
(この人、本当にすごい……。)
――
その時だった。
地面が震えた。
ズンッ――。
低い振動。
空気が重くなる。
サラが突然俺の肩から飛び上がった。
「悠真!」
「来るよ!」
直後。
轟音とともに巨大な瓦礫の山が吹き飛んだ。
砂煙。
爆風。
隊員たちが吹き飛ばされる。
「何だ!?」
砂煙の中から姿を現したのは、巨大な獣だった。
全長五メートルほど。
黒い外殻。
四本の腕。
全身に突き刺さる赤黒く光る結晶。
獣というより兵器。
その瞳には知性も理性も存在しない。
「魔導獣……?」
隊員が青ざめる。
「データベースに存在しません!」
「現代魔法製じゃない!」
サラが震えながら呟く。
「古代の……」
「そんな……」
レイナは一歩前へ出た。
「悠真くん!」
俺を見る。
「市民をお願い!」
「分かった!」
俺もすかさず協力を仰ぐ。
「廉太郎!」
「避難誘導を!」
「了解!」
二人が走り出すのを確認すると、レイナは静かに息を吐いた。
拳銃型端末を構えた瞬間。
黄金色の魔法陣が足元へ広がる。
一枚。
二枚。
三枚。
さらに増えていく。
十数枚もの魔法陣が空中を埋め尽くした。
魔力が風を巻き起こす。
「特級拘束術式――」
澄んだ声が響く。
無数の黄金の鎖がその銃口から射出される。
魔導獣の四肢へ絡みつく。
ギギギッ!
巨体が強引に押さえつけられる。
「今!」
さらにレイナは。
右手に拳銃を構えたまま、左手を掲げる。
空中へ新たな魔法陣が展開された。
「特級停止術式!」
光が集束する。
一瞬で十本以上の光の杭が形成された。
「臥せろ!」
轟ッ!!
光杭が一斉に魔導獣へ降り注ぐ。
爆発。
衝撃波。
黒煙が空へ舞い上がる。
煙が晴れると。
魔導獣は全身を貫かれ。
その場へ崩れ落ちた。
周囲から歓声が上がる。
「鎮圧確認!」
「一人でA級災害クラスを……!」
だが。
隊員たちが安堵する中で。
避難誘導をしていた俺の目は誤魔化せなかった。
(……いや)
(あれだけ派手に魔力を消費したのに、魔獣の『核』を削りきれてない)
(現代魔法は、やっぱり手数が無駄に多すぎる)
俺の肩の上で、サラが血の気の引いた顔で低く囁く。
「……なんか違う」
ピキ、と。
レイナの放った光の杭が、内側から爆散した。
崩れ落ちたはずの魔導獣の肉体が。
どろりと黒く溶け。
さらに巨大な『何か』へと再構成されていく。
驚く格好で目を見開くレイナ。
(嘘……。特級術式を、内側から食い破ったの……!?)
魔力が底をつきかける中、レイナの脳裏に。
なぜか、あの一見平凡な少年の姿がよぎった。
(助けて――悠真くん)
そんな、届くはずのない心の悲鳴を。
レイナ本人が自覚するよりも早く。
ポケットの中で静かに右手を握り込む。
(――やれやれ)
(俺の監視役なら、もう少し見栄え良く勝ってほしいものだけど)
(まあ、あいつをこれ以上ボロボロにさせる気はない)
その指先に、冷徹な“黒い炎”をパチリと小さく爆ぜさせた。
――
東京湾海底――《メーティス》。
【第二次接触を確認】
【初期微動を記録】
【完了】
――続く。
次話、「臨海副都心騒乱 2『魔獣、極紫の魔獣師』」
<邂逅。そして、開放。>
※本作はカクヨム様と同時投稿を行っております。
26/06/29 わずかな表記揺れを修正しました。(投稿時に気づいてないポンコツ)




