第54話 「新しい未来、動き出す覇権」
眩い翠の光が、網膜を容赦なく焼き焦がす。
法皇の言葉を待たず、明滅を繰り返す世界の記憶。
そこに映し出されたのは──未来を書き換えるための、選択肢だった。
無数の文字列が空中へ浮かび上がる。
一つ目。
『精霊を再封印する』
サラが静かに目を伏せ、スサノオも押し黙った。
妖精という存在そのものを世界から隔離する。最も確実に争いを止める方法。
しかし、それは彼らが再び永い眠りにつくことを意味していた。
二つ目。
『契約者を一人にする』
今度は隣で、龍之介が表情を曇らせる。
ノア。レヴィ。フェロ。そしてサラ。
複数の契約者が存在する限り、国家は必ずその力を求める。
ならば、選ばれた一人だけに限定すれば争いは起きない。
理屈としては、確かに成立していた。
三つ目。
『国家を一つに統一する』
「まさか……」
その文字を見た瞬間、御園生さんが思わず息を呑んだ。
国家が争うから戦争になる。ならば国家という概念そのものを消し去ればいい。
あまりにも極端で、非現実的。
だが、世界の記憶は冷徹だった。
三つの選択肢だけを提示し、それ以上は何も語らない。
法皇猊下が静かに俺たちを振り返る。
「これが……一万二〇〇〇年の時間を使い、世界が導き出した答えです」
誰も反論できなかった。
どれも論理としては正しい。どれも破滅を回避できる可能性がある。
だが──。
「嫌だ」
静かな声が、自分の口から漏れていた。
部屋中の視線が、一斉に俺へ集まるのが分かる。
俺は世界の記憶を真っ直ぐに見つめたまま、小さく首を振った。
「違います」
「……天城君?」
法皇猊下が穏やかに問い返してくる。
俺は少し困ったように笑いながら、言葉を返した。
「全部。誰かが泣くじゃないですか」
その一言に、部屋の空気が完全に止まった。
「精霊を封印したら、サラたちが泣く」
「契約者を一人にしたら、龍之介やノアさんたちが泣く」
「世界を一つの国家にしたら、きっと今度は誰かが自由を失う」
胸の奥から湧き上がる確信を、ゆっくりと言葉に重ねていく。
「それって……あの時と同じじゃないですか」
「誰かを犠牲にして、世界を守る」
「そんな答えしかないなんて、俺は信じたくありません」
法皇猊下が静かに目を見開いた。
フェロも。サラも。スサノオも。誰も言葉を返せない。
やがて、世界の記憶がわずかに脈打つように輝いた。
まるで、その答えを初めて聞いたかのように。
俺はその光を凝視しながら、小さく呟く。
「もっと別の道があるはずだ」
「誰も泣かなくて済む未来が」
「俺は、そのためにここまで来たんだから」
――
静まり返った空間の中、俺はぼんやりと世界の記憶を見上げていた。
(……なんだろう)
胸の奥が妙に引っ掛かる。
何かがおかしい。
でも、その"何か"が分からない。
「悠真?」
隣に浮かぶサラが心配そうに俺を見つめる。
「具合でも悪い?」
「いや……」
俺は頭を掻きながら苦笑した。
「なんかさ」
「うまく言えないんだけど――」
「引っ掛かるんだ」
レイナたちも俺を見る。
俺自身、勉強が得意な方じゃない。
廉太郎やレイナに助けられて、ようやく赤点を回避してきたくらいだ。
でも、一度気になったことは放っておけない。
子どもの頃から、そういう性格だった。
「なぁ、サラ」
「ん?」
「ちょっと聞いていい?」
「もちろん」
「あの時代ってさ」
「メーティスみたいなAIって……あった?」
一瞬。
サラは何を聞かれたのか分からないような顔をした。
「え?」
「AI?」
「そんなもの、あるわけないよ」
「あたしたちが使っていたのは自力での魔法だけ」
「人間も精霊も、全部、自分たちの力だけで生きてた」
「……だよね」
俺は小さく頷く。
その答えを聞いた瞬間、胸の中で何かが繋がった。
「じゃあさ」
「世界の記憶って」
「メーティスのこと加味してるのかな?」
その一言に、その場の全員が動きを止めた。
「……え?」
サラが目を丸くする。
法皇も静かに俺を見つめる。
「どういうことでしょう」
俺は慌てて両手を振った。
「あ、いや」
「難しい話じゃないんです」
「俺もよく分かんないんですけど」
「なんていうか……」
言葉を探す。
うまく説明できない。
でも、頭の中では妙に納得できていた。
昔の人間が、スマホのある現代を想像できないのと同じだ。
世界の記憶は、過去から今までの蓄積で未来を演算している。
──でも。
その前提が、根底からひっくり返っていたら?
御園生さんが、ハッとしたように顔を上げた。
「まさか、天城君。君の言う『前提』とは……」
俺は世界の記憶へ視線を向ける。
「“あの時”を含む過去から今までのことを覚えてる」
「だから未来も見える」
「でも」
「見える未来って」
「その続きだけなんじゃないかな」
静寂。
誰も口を開かない。
俺は続けた。
「“あの時代”に無かったもの」
「途中から生まれたもの」
「そういうのが世界を変えたら」
「その未来って」
「ここにも無いんじゃないかな」
サラの瞳が大きく揺れる。
「悠真……」
「じゃあ」
「世界の記憶は……」
俺は頷いた。
「メーティスがある未来を、一回も経験してない」
「だから──計算の式そのものが、最初からバグってるんだ」
その瞬間、世界の記憶が、微かに、怯えるように光を揺らした。
レイナが小さく、震える声で呟く。
「だから、三つしか答えが無かったのね……」
「全部、一万二千年前の要素だけで考えた結論だったんだ……!」
「そう」
俺は、小さく口元を緩めた。
「でも」
「今は違う」
みんなの視線が集まる。
「今はメーティスがある」
「人間だけじゃない」
「精霊だけでもない」
「その真ん中に」
「AIがある」
サラが息を呑む。
「じゃあ……」
「あたしたちも知らない未来があるの?」
俺は笑った。
「分かんない」
「でも」
「分かんないから諦めるのは違うと思う」
「だって」
俺はサラを見る。
「ここまで来たじゃん」
「みんなで」
「サラ」
「スサノオ」
「レヴィもそう」
「フェロ」
「バアルだって。敵だった奴らとまで、少しずつ分かり合えた」
その言葉に、フェロとバアルの肩が、微かに跳ねる。
二人は何も言わない。
だが、その瞳からは、かつての冷徹な蔑みは完全に消え失せていた。
「だったら──世界の記憶が知らない未来を、俺たちが作ればいい」
その言葉が響いた瞬間。
世界の記憶が、これまでにないほど柔らかな輝きを放った。
まるで否定するでも、肯定するでもなく。
ただ静かに、
“記録されていない未来”の存在を、初めて認めるかのように。
神話の結論を覆された法皇猊下は、震える息を吐き、俺の顔を見つめていた。
「天城君。君は……本気で、世界をハックするつもりですか」
――
――だが。
悠真たちが「新しい未来」を見つけようとしているその頃。
ロンドン、バッキンガム宮殿最上階。
第一王子アーサーは、世界各国の情勢を映す巨大な戦況図を静かに見つめていた。
「……結局、人は変わらない。」
その言葉に応じるように、暗号通信が接続される。
画面の向こうに現れたのは、ロシア連邦最高指導者。
互いに交わした言葉は、わずかだった。
「均衡は崩れた」
「ならば、アトランティスの遺物で、新たな秩序を上書きするまで」
画面の向こうの言葉に、アーサーは残酷に唇を歪めた。
「一万二千年前のシステムなど、我らの技術で駆逐すればいい」
二人の視線の先にあるのは、一つの古文書。
そこに記されていたのは――
世界を二分したムーとアトランティス、あの時代の統治思想。
"力ある者が世界を導く"
それこそが、人類を一つにまとめる唯一の方法だと。
未知なる未来を目指す裏で、なお覇権思想に憑りつかれた者がいた。
アーサーの冷徹な視線が、戦況図の片隅、『バチカン』の文字へ落とされる。
「まずは精霊女王アプサラスと契約者、天城悠真から排除する」
世界が気付かぬうちに、最強の包囲網が、静かに牙を剥き始めていた。
――続く。
次話、「新時代の証明、崩壊する秩序」
※本作はカクヨム様と同時投稿を行っております。




