第48話 「星条の誇り。神雷を纏う龍」
同刻。
地中海の南岸、チュニジア。
白い砂浜と紺碧の海が広がる世界有数のリゾート地。
米国・CAG所属、少佐ノア・ハミルトンは久々の休暇を過ごしていた。
「ノア、少しは休んでください」
肩に腰掛ける妖精レヴィが、呆れたように笑う。
しかしノアは、浜辺に座りながらも手には軍事専門誌を広げていた。
「身体を休めるのは得意なんだが、頭は止まらなくてな」
「もう……」
そんな他愛ないやり取りの最中だった。
レヴィの表情が突然凍りつく。
「……っ!」
蒼銀色の瞳が、地中海の向こう――北東を鋭く見据える。
「どうした?」
「この魔力……」
レヴィは立ち上がるように空中へ浮かぶ。
風が止まり、一瞬、周囲の魔力がざわめいた。
その一瞬にも満たない瞬間をレヴィは逃さなかった。
「間違いありません。奴です」
ノアの表情が変わる。
「出てきたか」
「……それだけじゃ、ありません」
レヴィは蒼銀色の瞳を驚愕に揺らし、
溢れ出してきた情報を一気に口にした。
「今の一瞬の残響──」
「サラ、スサノオ……すべての妖精が一箇所に集まっています」
「なんだと……? どこだ」
「ローマ、コロッセオです!」
「すでに魔力は完全に遮断されましたが、間違いありません!」
ノアは思わず拳を握る。
「まさか……」
「天城悠真たちか」
レヴィは静かに頷いた。
「ほぼ間違いありません」
「しかも、さっきの魔力」
「交戦が始まっています」
胸の奥がざわつく。
アリゾナで取り逃がしたバアル。
そして、自らの前から消えていった少女――メイユ。
あの時、救えなかった命。
「……今なら」
レヴィがぽつりと呟く。
「私なら転移できます」
「距離としては限界ですが、届きます」
「ノア一人なら、一緒に」
ノアは黙った。
軍人としてなら、答えは簡単ではない。
現在は休暇中。
正式な装備はない。
ライフルも特殊装甲もない。
あるのは最低限の護身装備だけ。
頼れるのは、自分自身とレヴィの精霊魔法。
「勝算は?」
「……分かりません」
レヴィは正直に答えた。
「でも……行かなければ、僕は後悔します」
ノアは苦笑する。
「お前らしい答えだ」
しかし、その足は止まったままだった。
自分一人の判断で国際問題を起こすわけにはいかない。
たとえ救える命があったとしても。
軍には命令系統がある。
規律がある。
それを無視した瞬間、自分は軍人ではなくなる。
「……レヴィ」
「はい」
「俺一人では決められない」
「司令部へ繋いでくれ」
レヴィはすぐに魔力通信を展開した。
数秒後。
ホログラム映像に、一人の壮年の将軍が映し出される。
『ノアか』
『休暇中に珍しいな』
「申し訳ありません、将軍」
「至急、報告があります」
ノアは簡潔に状況を説明した。
妖精たち。
永遠の都。
そして交戦の可能性。
ノアが話し終え、沈黙が走る。
将軍は腕を組み、数秒だけ考えた。
『……以上か?』
「はい」
『なら答えは決まっている』
迷いのない声だった。
『軍人たる者』
『救えるは救え』
『それが敵であろうと、味方であろうと、国が違おうとな』
『見殺しにする理由にはならん』
ノアは思わず目を見開く。
「ですが、正式命令もなく国外で――」
『責任なら私が取る』
将軍は笑った。
『後始末をするのが上官の仕事だ』
『現場で命を救うのがお前の仕事だ』
『迷うな、ノア』
『走れ』
その一言で十分だった。
ノアは深く敬礼する。
「……了解しました」
『武運を祈る』
通信が切れる。
静寂。
レヴィが小さく笑った。
「良い上司ですね」
「ああ」
ノアも笑う。
「世界一だ」
彼は腰のホルスターを確かめ、ゆっくりと前へ歩き出す。
「行くぞ、レヴィ」
「はい!」
二人の魔力が共鳴する。
蒼銀の光が夜空へ舞い上がった。
転移魔法陣が砂浜いっぱいに広がる。
目的地はただ一つ。
永遠の都、ローマ。
そこで戦う少年少女たちを救うために。
そして、今度こそ――。
逃した少女を、救うために。
――
転移した先は、コロッセオの眼前。
そびえ立つ、悍ましい質量の魔力壁。
内側から響く、大気を震わせる衝撃。
「レヴィ、入れるか?」
「試みます――こじ開けます!」
――
その時、閉ざされた『檻』の内側では──。
轟音が、コロッセオ全体を揺るがしていた。
漆黒の炎と光。
白金の雷。
名状しがたい色を帯びた瘴気。
似つかわしくない純白の神威。
四色の精霊魔法が激突するたび、古代闘技場の石壁は悲鳴を上げる。
地面に瓦礫が雨のように降り注ぐ。
「っ……!」
俺は黒炎を纏った拳を振るい、バアルの魔力弾を相殺する。
その横では龍之介が雷刀を振るい、フェロの放つ白銀の光刃を斬り裂いていた。
互いに一歩も譲らない。
攻撃すれば攻撃され、防げば次の一撃が飛んでくる。
まさに消耗戦。
時間だけが容赦なく過ぎていく。
「悠真!」
「右!」
「分かってる!」
サラの声に反応し、身体を捻る。
黒紫色の光槍が頬を掠め、そのまま背後の石柱を粉々に砕いた。
反撃に黒炎弾を三発。
バアルは最小限の動きでそれを躱す。
一方――。
「はぁっ!」
龍之介の雷刃が閃く。
だが、フェロもまた神威を纏った結界で受け流す。
どちらも決定打にならない。
しかし、その均衡は少しずつ崩れ始めていた。
「……くっ」
龍之介が小さく息を漏らす。
肩で呼吸をしている。
《神雷装》の負荷が確実に身体を蝕んでいた。
対するフェロも余裕はない。
純白の法衣は焼け焦げ、肩口からは魔力の粒子が零れ落ちている。
「フェロ……」
バアルが横目で呟く。
「まだだ」
フェロは静かに答えた。
「まだまだやれます」
だが、その声には疲労が滲んでいた。
龍之介が両手に宿す短剣を消失させ、小さく笑う。
「……なら」
「ここで決める」
「先輩?」
俺は振り向く。
龍之介は俺を見ずに言った。
「天城」
「俺が、あの白い方を止める」
「その間にお前が決めろ」
「無茶です!」
「分かってる」
苦笑いする龍之介。
「だから――」
「道連れだ」
その言葉に、スサノオが静かに目を閉じた。
「……本気だね」
「ああ」
「少し無理筋だけどな」
「頼む」
スサノオは小さく微笑んだ。
「君らしい」
「限定的になるけど」
「もう一段階だけ解除しよう」
その瞬間だった。
龍之介を包む白金の雷が爆発的に膨れ上がる。
ゴォォォォォッ!!
雷鳴ではない。
まるで生き物の咆哮。
白金の稲妻は渦を巻きながら空へ昇り、その姿を徐々に変えていく。
長く太い胴。
牙。
四肢。
巨大な角。
「……龍?」
廉太郎が息を呑む。
雷はついに八つの頭を持つ神龍となって咆哮した。
「神雷の龍顎!!」
龍之介が手刀を振り下ろす。
白金の龍が絡み合いながら一直線にフェロへ襲い掛かった。
「――っ!」
フェロは即座に防壁を展開する。
しかし。
間に合わない。
神龍は結界ごと飲み込み、そのままコロッセオの壁へ叩きつけた。
轟音。
爆煙。
石壁が崩落する。
巨大な衝撃波が戦場全体を揺らした。
煙が晴れる。
そこには瓦礫へ深くめり込んだフェロの姿。
法衣は裂け、全身から白い魔力が漏れ出している。
明らかな重傷。
それでも。
「……まだ」
フェロはゆっくり立ち上がった。
「終われません」
その瞳から闘志は消えていない。
「まだまだです」
「さすがだな……」
龍之介は息を荒げながら苦笑いした。
しかし──その膝は、すでに限界をとうに超えていた。
ガクリ、と激しく片膝をつく龍之介。
「先輩!」
俺が駆け寄ろうとした瞬間。
「来るな──ッ!」
拒絶するような、鋭い声だった。
龍之介はゆっくり立ち上がり、レイナたちの前へ移動する。
白金の雷は弱々しく明滅していた。
「ここからは……」
「俺が後衛だ」
レイナが心配そうに声を掛ける。
「先輩……!」
御園生も魔法陣を展開する。
「まだ終わっちゃいませんよ」
龍之介は二人へ小さく笑った。
「みんなを頼む」
俺だけを真っ直ぐ見つめる。
その瞳には絶対の信頼しかなかった。
「天城」
「あとは任せた」
その一言で十分だった。
俺は静かに頷く。
「ええ」
「必ず終わらせる」
サラも俺の肩へ舞い降りる。
「悠真」
「ここからが本当の勝負だよ」
俺は黒炎を握り締め、ゆっくりと前へ踏み出した。
対するバアルも静かに口元を吊り上げる。
「面白い」
「そろそろ……終わりにしましょう」
黒炎と黒紫の瘴気が再び激突し、
戦いは、ついに最終局面へと突入しようとしていた。
――続く。
次話、「ただ、守りたいだけ」
※本作はカクヨム様と同時投稿を行っております。




