第43話 「冬空の再会。新しい開闢」
年が明けた。
二二〇六年、一月一日。
去年の今頃は、まさかこんなことになるなんて想像できなかった。
一年前の俺なら笑って信じなかっただろう。
そんなことを考えながら、俺は待ち合わせ場所の鳥居の前で大きく伸びをした。
「寒いなぁ」
『お正月って、こんなに寒かったっけ?』
肩の上でサラが両手をこすり合わせる。
「妖精でも寒いのか?」
『気分だよ、気分!』
「なんだそれ」
思わず笑ってしまう。
このところ、何とか平穏な日々が続いている。
何気ないやり取りができるようになったことが、嬉しかった。
あの悪夢のような日々を思えば、なおさらだ。
「おーい!」
遠くから聞き慣れた声が飛んできた。
振り向くと、大きく手を振りながら廉太郎が走ってくる。
「悪い悪い、ちょっと親戚に捕まってさ!」
「新年早々、相変わらずだな」
「これでも全力で抜けてきたんだぞ」
廉太郎は肩で息をしながら笑った。
『廉太郎、あけましておめでとう!』
サラが元気よく手を振る。
もちろん廉太郎にはまだ見えていない。
「……悠真?」
「ああ」
「サラが『あけましておめでとう』だって」
「おっ、サラちゃんも元気そうだな!」
廉太郎は当たり前のように空中へ手を振る。
その光景に、サラは少しだけ苦笑いした。
『早く廉太郎とも話せるようになりたいな』
その一言が少しだけ胸に刺さる。
昨日、首相官邸でも話したばかりだ。
妖精を認識する方法。
その答えは、まだ見つかっていない。
――その時だった。
「お待たせ」
振り向くと、晴れ着姿のレイナがこちらへ歩いてきた。
一瞬、言葉を失う。
藍色の濃淡が見事すぎる振袖。
髪もいつもより少しだけ大人っぽく結い上げられている。
思わず見惚れてしまった。
「どうしたの?」
「あ……いや」
「似合ってる」
口をついて出た言葉に、レイナは少しだけ頬を赤く染める。
「――ありがと」
小さく笑うその姿に、サラがくすっと笑った。
『悠真、ちゃんと褒められたね』
「茶化すな」
そんなやり取りをしていると、レイナがふと首を傾げた。
「……サラさん」
「今日は、何だか落ち着かないみたいね」
「え?」
俺も肩を見る。
サラはさっきから周囲をきょろきょろ見回し、どこかそわそわしていた。
『……うん』
『何だろう』
『すごく懐かしい魔力を感じるの』
「懐かしい?」
『うん……』
『でも、信じられない』
『そんなはずないもん……』
その声は、どこか震えていた。
そして。
待ち合わせ時間ぴったり。
一人の青年が石段を上がってきた。
「待たせたな」
龍之介だった。
俺は軽く手を上げる。
「明けましておめでとうございます」
「ああ」
「今年もよろしく頼む」
その時。
サラの身体がぴたりと固まった。
『……え』
小さく漏れた声。
次の瞬間だった。
『え、え、え……』
『ま、まさか……』
俺は慌てて肩を見る。
「サラ?」
サラは龍之介の肩を指差したまま、涙をいっぱい浮かべていた。
そこには。
白金の髪を揺らした、小さな少年が静かに座っていた。
その少年は、サラを見ると優しく微笑む。
『久しぶり』
『サラ』
その一言だけで、十分だった。
──一万二千年前、自分たちを逃がしてくれた、あの人だった。
サラの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
『……あなたは――』
『本当に……』
『生きてたの……』
白金の妖精――スサノオは照れくさそうに笑った。
『……うん。ごめんね、サラ』
『あの時、僕は最後まで戦ったけど』
『みんなを守りきれなくて、本当にごめん』
『……改めてよろしくね。僕たちの女王様』
サラはもう言葉にならない。
泣きながら何度も頷いていた。
その様子を見ていたレイナと廉太郎は顔を見合わせる。
「悠真」
「紹介して!」
「俺も気になる!」
廉太郎まで身を乗り出してきた。
するとサラが涙を拭いながら、こちらを振り向く。
『悠真』
『やってみよっか』
「え?」
『昨日話してたこと』
『たぶん今ならできる』
サラはゆっくりとスサノオへ視線を向けた。
スサノオも静かに頷く。
『合わせるよ』
二柱の妖精が、静かに向かい合う。
──次の瞬間だった。
翡翠色と白金色。
二つの超常の魔力が、淡く共鳴を始める。
──空気そのものが、優しく震えていた。
そして光の粒が、レイナと廉太郎の身体へ静かに降り注いだ。
二人は同時に目を見開く。
「……見える」
レイナが息を呑む。
「えっ」
「ちょ、ちょっと待て!」
「先輩の肩の妖精も見える!」
廉太郎も思わず声を上げた。
「小さい……! 可愛い!」
「マジか、本当に妖精だ……!」
スサノオは少し照れながら頭を下げる。
『初めまして』
『僕はスサノオ』
『龍之介の契約妖精です』
レイナも丁寧に頭を下げた。
「初めまして」
廉太郎は満面の笑みで手を振る。
「ようやく、お会いできました」
「よろしくな!」
俺はその光景を見ながら、自然と笑みがこぼれていた。
これだ。これが見たかった。
サラが一人じゃなくなった。
俺たちの仲間が、本当の意味で同じ景色を見られるようになったんだ。
俺は静かに空を見上げる。
「正月が終わったら」
「まずは首相たちに報告しないとな」
きっと高井首相も、喜んでくれる。
この小さな奇跡が、未来を変える第一歩になる。
――そんな予感がしていた。
――
正月三が日も明けた一月四日。
俺とレイナ、それに龍之介は、再び首相官邸を訪れていた。
年始ということもあり、官邸の廊下にはどこか穏やかな空気が流れている。
しかし、俺たちが案内された地下危機管理センターだけは別だった。
高井首相をはじめ関係閣僚が勢揃いし、今回は科学技術局長の顔もあった。
「皆さん、明けましておめでとうございます」
高井が柔らかな笑みを浮かべる。
「まずは年始のご挨拶を」
俺たちも一礼する。
「明けましておめでとうございます」
年始の挨拶もそこそこに、高井は本題へ入った。
「さて……」
「天城君」
「何か報告があると伺っています」
俺は隣のサラを見た。
サラも静かに頷く。
「はい」
「たぶんですけど……」
「皆さんが妖精を認識できる方法が見つかったかもしれません」
その一言で会議室の空気が変わった。
「本当ですか?」
科学技術局長が思わず立ち上がる。
俺は龍之介へ目を向けた。
「お願いします」
龍之介は静かに頷く。
『やってみよっか』
『うん』
サラとスサノオが互いに向き合う。
二柱の妖精はゆっくりと両手を重ねるように魔力を重ね合わせた。
翡翠色。
そして白金色。
二色の光が溶け合い、一つの光輪となって会議室全体へ広がっていく。
空気が微かに震えた。
その瞬間だった。
「……っ!」
高井が息を呑む。
「み、見える……」
大泉も目を丸くした。
「本当に……妖精……」
松木は眼鏡を押し上げながら、信じられないものを見るように呟く。
「これが……」
「精霊サラ……さん……」
サラは少し照れ臭そうに頭を下げた。
『初めましてかな』
『改めまして、サラです』
『いつも悠真がお世話になっています』
一同は一瞬固まり――。
次の瞬間、思わず笑みがこぼれた。
「こちらこそお世話になっております」
高井も自然と頭を下げる。
「ようやく、お会いできました」
続いて白金の妖精が一歩前へ出る。
『僕はスサノオ』
『龍之介の契約妖精です』
『今日からよろしくお願いします』
「よろしくお願いします」
大泉は思わず苦笑した。
「妖精も礼儀正しいんですね」
『もちろんです』
スサノオが真面目に返すと、会議室には柔らかな笑いが広がる。
ようやく。
本当の意味で、人と妖精が同じ場で会話できた。
この場にいる全員が歴史の転換点に立っていることを理解していた。
しばらくして。
国家魔導技術局長が興奮を隠せない様子で口を開く。
「首相!」
「これは革命です!」
「この共鳴現象を解析できれば、メーティスへ認識術式を実装できます!」
科学技術局長も勢いよく続ける。
「この魔力情報を標準規格に組み込みます!」
「いずれ全員が、妖精を認識できるようになります!」
「直ちに共同研究チームを――」
その時だった。
「少し、待ってください」
俺は思わず声を上げていた。
全員の視線がこちらへ向く。
「どうしたの?」
高井が穏やかに尋ねる。
俺は少し考えてから言葉を選んだ。
「あれから少し考えたんです」
「みんなが妖精を見られるなら……」
「それは、すごくいいことだと思います」
「でも……」
「今は少し早い気がします」
会議室が静まり返る。
「まだ俺たちを狙っている勢力がいます」
「欧州にも」
「米国にも」
「──そして、自由になった妖精たちの中にも」
さらに慎重に言葉を選びながら続ける。
「この技術が完成すれば、世界中が欲しがります」
「もし、データが流出したら」
「敵まで、妖精を完全に認識できるようになる」
その一言に、技術局長たちの表情も引き締まる。
「今の日本だからこそ、安全に運用できている部分もあります」
「だから……」
「急ぐより、まずはこの国を守ることが先なんじゃないでしょうか」
静寂。
やがて高井は小さく笑った。
「なるほど」
「さすが天城君ね」
そして閣僚たちを見渡す。
「私は彼の意見に賛成します」
「技術は、人を幸せにするためのもの」
「争いを大きくするためのものではありません」
高井はサラとスサノオを真っ直ぐ見つめた。
「だから約束します」
「一日でも早く、この世界に本当の平和を取り戻しましょう」
「その時こそ、日本中……いいえ」
「世界中の人々が、妖精たちと笑って話せる未来を実現しましょう」
サラは優しく微笑み、スサノオも静かに頷いた。
『うん』
『その未来なら、きっと“あの時”のあたしたちも喜ぶと思う』
その言葉を聞きながら俺は思った。
戦う理由は、もう「勝つため」じゃない。
人と妖精が、当たり前に笑い合える世界を作るため。
その未来が、少しだけ近づいた気がした。
――
──しかし、世界はそこまで優しくなかった。
日本の決断をあざ笑うかのように、聖域の奥底で、歪んだ祈りが捧げられる。
次なる戦いの引き金は、すでに引かれていた。
――続く。
次話、「響く“音”」
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