第42話 「新たなる契約」
龍之介は本殿奥深くに鎮座する御神刀の前へ立った。
静かに柄へ手を添えた、その瞬間――
溢れ出る白銀の光が、白金へと変色していく。
光は本殿全体を呑み込んだ。
輝きの中心に、一人の少年の姿をした“妖精”が静かに現れる。
妖精が両手を天に掲げた。
一瞬、本殿を爆発的な白金の光が満たす。
――その刹那。
光は、何事もなかったかのように掻き消えた。
龍之介は、肩で荒く息をしながらその場に膝をついた。
見せられた光景は、あまりにも壮絶だった。
焼け落ちる神殿。
空を覆う黒煙。
響き渡る、鳴り止まない悲鳴――。
視界が急速に反転し、龍之介は“別の場所”へと引っ張り込まれる。
鹿島――ではないどこかの境内。
森の中を逃げ惑う、高貴な衣をまとった女性たち。
その中に、サラに酷似した少女の姿。
そして──隣にいる少年は、悠真そのものだった。
二人を逃がすため、命を削って戦う一人の男。
その男が必死の抗戦を見せる。
圧倒的な物量。
倒しても倒しても、押し寄せるアトランティス軍。
その身を盾にした男を無数の光が飲み込んだ。。
『姫を……!』
『未来を……!』
最後に聞こえたその声だけが、胸に深く突き刺さった。
光景が途切れる。
現実へ引き戻された龍之介は、しばらく言葉を失っていた。
「これが……」
震える声が漏れる。
「一万二〇〇〇年前……」
目の前には、小さな少年の姿をした妖精。
白銀の髪。
吸い込まれるような黒い瞳。
その肩には、黄金に輝く小さな稲妻が絶えず揺らめいている。
妖精は困ったように笑った。
「うん」
「僕は守れなかった」
「姫様も」
「彼も」
「そして……世界も」
その笑顔が、痛々しかった。
責任を背負い続けた者だけが浮かべる、諦めにも似た笑み。
龍之介はゆっくり立ち上がる。
「貴方は……」
妖精は中空でひらりと、一歩前へ歩み出た。
そして静かに頭を下げる。
「僕の名前は――スサノオ」
その名を聞いた瞬間。
龍之介だけでなく、隣に控えていた宮司や巫女までもが息を呑んだ。
「日本神話に伝わる……」
「武神……」
スサノオは小さく首を横へ振る。
「神様なんて大層なものじゃないよ」
「人がそう呼ぶようになっただけ」
「僕は、ただ戦うことしかできなかった存在」
「でも……」
その瞳が真っ直ぐ龍之介を見つめる。
「あの時」
「もっと力があれば」
「彼を一人にしなくて済んだ」
「彼女も泣かせずに済んだ」
龍之介はその言葉の意味を理解した。
この妖精は、一万二〇〇〇年もの間、自分自身を責め続けてきたのだ。
だから今もなお、この神域で契約者を待ち続けていた。
スサノオは静かに右手を差し出す。
「だからお願い」
「僕と一緒に」
「あの少年を支えてあげて」
「あの子は、全部一人で背負おうとするから」
悠真の顔が脳裏に浮かぶ。
黒き星焔。
誰にも見せなかった苦悩。
そして、それでも笑って仲間を守ろうとした背中。
龍之介は思わず苦笑いした。
「……本当に」
「あいつらしいな」
スサノオも少しだけ笑う。
「でしょ?」
「だから放っておけない」
龍之介は静かに目を閉じた。
自分は何のために強くなろうとしてきたのか。
日本最強。
学生最強。
そんな肩書きのためではない。
守りたいものがあるから剣を握る。
それが、自分の答えだった。
ゆっくりと目を開く。
「一つだけ聞かせろ」
「どうして俺なんだ」
スサノオは迷いなく答えた。
「君は勝つためじゃなく、守るために戦う」
「“あの時”の彼と、同じ目をしていた」
その一言で十分だった。
龍之介は力強く頷く。
「分かりました」
「俺が、あなたの契約者になります」
「そして」
拳を握る。
「今度こそ、あいつを一人にはしない」
その瞬間だった。
ご神刀が白金色の雷光を放つ。
境内一帯を包み込む神々しい光。
空に幾重もの雷鳴が轟き、冬空を裂くように一本の光柱が立ち上った。
龍之介の胸へ、白金の紋章が浮かび上がる。
稲妻を象った契約印。
スサノオは嬉しそうに微笑んだ。
「契約成立」
「これからよろしくね、龍之介」
「ああ」
「こちらこそだ」
二人が固く手を重ねた瞬間。
白金の雷が静かに龍之介の身体へ溶け込んでいく。
同時に、メーティスの音声が響いた。
【ユーザ名:虹野龍之介】
【新規魔力波形ヲ確認】
【高次魔力反応ヲ確認】
【新規権限――"神雷"ヲ付与】
龍之介は静かに笑う。
「なるほど」
「これが……」
「精霊魔法」
スサノオも満足そうに頷いた。
「でも、これは始まり」
「本当の戦いは、これからだよ」
龍之介は迷いなく空を見上げる。
その先には、今も平穏な日常を送っているであろう悠真の姿が浮かんでいた。
「待ってろ、悠真」
「今度は俺が、お前の背中を守る」
鹿島の杜を冬風が吹き抜ける。
それは新たな契約を、静かに祝福するようだった。
──
──時は少し、遡る。
十二月二十五日。
午後十四時過ぎ。
クリスマイブの余韻が街に残る中、悠真とレイナは首相官邸へと足を運んでいた。
朝、高井首相から届いた連絡は、極めて簡潔だった。
『至急、相談したいことがあります』
その一文だけ。
年末にもかかわらず官邸は慌ただしく、
多くの職員が足早に廊下を行き交っている。
「また何かあったのかな……」
悠真が小さく呟く。
「昨日、米国からの報告もあったし」
レイナも自然と表情を引き締めた。
二人は秘書官に案内され、地下危機管理センターへと入る。
会議室には高井首相や各閣僚、SMA司令官らが並ぶ。
日本の安全保障を担う最高中枢が、そこに勢揃いしていた。
「天城君、神代さん」
高井が穏やかに微笑む。
「急な呼び出しでごめんなさい」
「いえ」
悠真は席に着くと、少し緊張した様子で尋ねた。
「その……ご相談というのは、何でしょうか」
高井は一度、周囲を見回してから静かに口を開く。
「まず結論から言います」
「私たちは、大きな壁にぶつかっています」
室内の空気が引き締まる。
「昨日、米国から報告を受けて、改めて痛感しました」
「妖精という存在は、これから世界情勢そのものを左右します」
「けれど――」
高井は苦笑いするように肩をすくめた。
「ここにいる私たち誰一人として、その妖精を見ることができないの」
その言葉に、大泉も苦々しく頷く。
「姿も見えない」
「声も聞こえない」
「存在だけを前提に国家を運営するのは、あまりにも危うい」
松木も続ける。
「今後は精霊魔法に関する政策や外交判断も増えていくでしょう」
「当然、当事者である天城君や妖精の意見も不可欠です」
「しかし現状では、我々は天城君を介してしか情報を得られない」
国家魔導技術局長が資料を閉じた。
「君の善意に、国が甘え切るわけにはいかない」
「だからこそ、君たちと対等に歩みたいんだ」
「どうか、対話の席を一緒に作ってほしい」
高井は悠真を真っ直ぐ見つめた。
「率直なお願いです」
「私たちも妖精との対話を……共に模索したいのです」
首相としてではない。
一人の大人として、未来を託すような響きだった。
悠真は少しだけ驚いたように目を見開く。
そして力強く頷いた。
「もちろんです」
「俺も、そろそろ皆さんにサラを紹介できたらなって、思ってました」
その言葉に、高井たちの表情が少しだけ和らぐ。
悠真は肩へ視線を向ける。
「サラ」
「何か方法、思いつく?」
サラは腕を組み、珍しく真剣な顔で考え込んでいた。
『うーん……』
『正直、あたしも分からないなぁ』
「そうか……」
しかし、サラは何かを思い出したように顔を上げる。
『でも、一つだけ仮説があるよ』
悠真が、皆を見回して言った。
「サラに、仮説があるそうです」
全員の視線が、一斉に悠真の肩へと集まった。
サラは静かに語り始める。
『これまで起きた出来事を考えるとね』
『妖精同士は、お互いを完全に認識できる』
「そして契約者は、『他の妖精』も認識できた」
悠真がそのまま意訳する。
会議室は静まり返っていた。
『たぶんだけど……』
『もう一人、妖精の協力者が必要なんだと思うの』
高井が首を傾げる。
「協力者……ですか」
『うん』
『妖精同士の魔力って、少しだけ共鳴するっぽいの』
『二人で協力すれば、その魔力の欠片でメーティスを強化できないかなぁ』
『妖精を捉える、新たな認識術式をね』
国家魔導技術局長が思わず身を乗り出した。
「魔力の……欠片」
松木も目を見開く。
「それをメーティスへ学習させるのか」
『成功する保証はないよ』
『でも、これでも一応「精霊女王」だからさ』
『感覚でなんとなく分かっちゃうんだよね』
悠真がそのまま伝えると、会議室は静まり返っていた。
『理論上はできるかもってこと!』
悠真が最後まで伝え終えると、しばらく誰も口を開かなかった。
やがて高井が静かに頷く。
「可能性があるなら、試す価値はあります」
大泉も力強く言う。
「問題は、そのもう一柱だ」
「誰が契約しているかも分からなければ、どこにいるかも分からない」
そこで、論議が一旦停止してしまった。
――
この数日後。
国が血眼で探すことになる、その『もう一柱』が。
鹿島の杜で目覚め、最強の架け橋となることを。
邂逅の時は、すぐそこだった。
――続く。
次話、「冬空の再会。新しい開闢」
※本作はカクヨム様と同時投稿を行っております。




