第41話 「瓦解する大国。目覚める依代」
中国・首都、中央政府庁舎。
夕暮れに染まる聖夜の街。
現地時間で、十七時を過ぎた頃。
執務室の机には、処理しきれない報告書が山のように積まれていた。
「首席!」
扉が勢いよく開き、側近が駆け込んでくる。
その表情を見た瞬間、周天平は嫌な予感を覚えた。
「……何があった」
「先日の政治資金問題だけではありません」
「違法献金、国外工作、資産隠匿、秘密口座……」
「これまでの秘密資料が、主要報道機関へ一斉に流出しました」
周の顔色が変わる。
「な……」
「誰が……」
「米国主導とみられます」
側近は震える声で続けた。
「国内世論も完全に離れました」
「軍も地方政府も静観姿勢です」
「もはや、この勢いは止められません」
周は、力なく椅子へ崩れ落ちた。
積み上げた絶対の権力。
連合王国との秘密協定。
世界覇権への野望。
そのすべてが今、音を立てて瓦解していく。
その時だった。
机上の専用通信端末が鳴る。
発信者は――。
「……連合王国」
映像が映し出される。
そこにいたのは――
穏やかな笑みを浮かべる第一王子、アーサー・ウインザーだった。
『こんばんは、周首席』
柔らかな口調。
だが、その瞳には一切の温度がなかった。
「助けていただきたい」
「今ならまだ――」
周の言葉を、アーサーは静かに遮る。
『残念ですが』
『我々は、これ以上あなたを支援できません』
その一言で十分だった。
『我々は、我々の利益を最優先します』
『そして、利益を生まない同盟に価値はありません』
淡々と告げられる決別。
周は唇を噛み締める。
「私は……」
「貴国のために動いてきた」
『ええ』
『感謝しております』
『だからこそ、これ以上傷を広げる前に幕を引くべきでしょう』
通信は一方的に切断された。
静寂。
広い執務室には、周一人だけが取り残される。
「終わった……」
小さく呟いたその声には、もはや覇気はなかった。
深夜。
中国政府は緊急記者会見を開いた。
周天平は首席の座を返上し、すべての役職を辞任。
政治の第一線から退くことを国内外へ正式に発表した。
その報は世界中を駆け巡る。
翌日午後。
第二勢力・国民党の党首、“来仁徳”が新たな首席へ就任した。
就任演説で彼は、力強く宣言する。
「我々は対立ではなく協調を選びます」
「軍事的威圧よりも外交を」
「覇権よりも共存を」
「国際社会との信頼を、一から築き直す」
その言葉は各国で歓迎された。
米国も。
日本も。
欧州でさえ、表向きは祝意を表明する。
世界は辛うじて、大国同士の全面衝突という最悪の未来を回避したのだった。
――
――だが、その頃。
誰にも知られることなく、一つの影が世界を渡っていた。
冬の夜空、淡い紅紫色の魔力が弾ける。
大陸から、大陸へ。
瞬くような、超長距離の跳躍。
転移。
転移。
そして──再び、転移。
やがて影は、迷路の様な石畳の街へ降り立った。
幾世紀もの時を刻む尖塔。
重厚な大聖堂。
欧州の古都。
その路地裏へ、一人の少女が静かに姿を現す。
劉美月。
――いや。
その身体を支配するのは、七柱の一柱。
妖精“バアル”だった。
少女の唇が、ゆっくりと吊り上がる。
『さて……』
『次の舞台は、ここね』
その視線の先には、巨大な闘技場が夜空へそびえ立っていた。
――
時間は前後する。
卒業まで、あと三か月。
龍之介は、一人旅に出ていた。
冬休みを利用した、全国の霊地霊場巡り。
目的は、自分自身を見つめ直すこと。
悠真との組手。
SMAでの実戦。
アレクシスとの死闘。
そのどれもが、自分の価値観を大きく揺さぶった。
「……まだ、足りない」
自分は強くなった。
だが、それでも届かない景色がある。
そのためには自分の“原点”を知る必要があった。
龍之介は数日を使い各地の霊場を巡った。
伊勢の神宮を始め様々な場所を詣ってみた。
千年以上の祈りが積み重なった場所を歩き続ける。
そして数日後。
彼は千葉県・香取神宮へ辿り着いた。
冬の澄み切った空気。
境内を包む静寂。
樹齢数百年の杉並木を歩くだけで、不思議と心が洗われていく。
「……いい場所だ」
龍之介は本殿の前へ立つ。
静かに一礼し、柏手を打つ。
目を閉じる。
願ったのは一つだけだった。
(もっと強くなりたい)
(守るために)
(誰にも負けない力が欲しい)
その瞬間だった。
『若人よ』
龍之介は目を開いた。
誰もいない。
参拝客は離れた場所に数人いるだけ。
それでも確かに聞こえた。
『そなたに申し伝えたいことがある』
低く、それでいて温かい声。
男とも女ともつかない、不思議な響きだった。
「誰だ」
龍之介は反射的に周囲を警戒する。
魔力探知。
索敵術式。
戦場で何度も命を救ってきた感覚を最大限まで研ぎ澄ます。
だが。
何もない。
敵意も。
魔力も。
人の気配すら存在しなかった。
『ぜひ、鹿島へ詣ってほしい』
それだけ告げると、声は静かに消えた。
「……」
龍之介は腕時計型の端末へ触れ、記録を確認する。
【音声:記録なし】
【検知なし:精神干渉・念話・幻惑】
龍之介は小さく息を吐く。
「俺の聞き間違い……か」
そう結論づけようとした。
しかし。
胸の奥では、不思議と確信していた。
あの声は、確かに自分へ語り掛けていたのだと。
――
翌日。
龍之介は鹿島神宮へ足を運んでいた。
「結局、来てしまったな」
自嘲気味に笑う。
科学で説明できない現象を追う性格ではない。
だが、事実、精霊魔法も存在する。
身体が自然とここへ向かっていた。
境内へ一歩踏み入れた瞬間。
空気が変わる。
張り詰めた静寂。
まるで何千年もの時間が、この場所だけ止まっているようだった。
「……」
導かれるように石段を登る。
本宮の前へ立つ。
一礼。
柏手。
その時だった。
「失礼ですが――」
背後から、凛とした女性の声が響く。
振り返ると、一人の若い巫女が立っていた。
年齢は二十代前半ほど。
どこか神秘的な雰囲気を纏っている。
「貴方が、虹野龍之介様でしょうか」
龍之介は一瞬だけ身構える。
「……そうですが」
巫女は穏やかに微笑み、一礼した。
「お待ちしておりました」
「宮司様がお会いになりたいとのことです」
「ご案内いたします」
「俺を?」
「はい。宮司様より、直接お通しするようにと」
「理由を伺っても?」
「申し訳ありません、私も詳しくは存じません。ただ――」
巫女は一瞬だけ本殿の奥を見つめた。
「今日、この日にお越しになることだけは、決まっていたそうです」
その言葉に、龍之介の背筋を冷たいものが走る。
「……案内をお願いします」
巫女は静かに頷いた。
本殿のさらに奥。
一般参拝者は立ち入ることのできない神域。
幾重もの扉を抜けた先。
薄暗い社殿の最奥で、それは静かに鎮座していた。
「これは……」
龍之介は息を呑む。
そこにあったのは、一本の古びた太刀。
いや──ただの太刀ではない。
鞘と柄には、見たこともない古代文字。
納刀状態のまま、白銀の雷光が神々しく溢れていた。
そして何より――。
その刀から感じる魔力は、
悠真の精霊魔法や、サラが放つ神威とどこか似ていた。
現代魔法ではない。
メーティスにも記録されていない。
太古の時代から眠り続ける、何か。
龍之介は、生まれて初めて言葉を失った。
そこに──足音もなく、一人の老人が姿を現す。
刃の前に佇む少年に、その老宮司は静かに語り掛けた。
「“香取”に呼ばれ、“鹿島”に導かれたか。若き魔導師よ」
老宮司は、深く刻まれた目元を細めて微笑んだ。
「その白銀の刃は、数千年前から主を待つ『依代』」
「“そこ”で待つ者が、そなたを呼んだのだ」
その瞬間、鞘の奥で、“何か”が小さく脈打った。
――続く。
次話、「新たなる契約」
※本作はカクヨム様と同時投稿を行っております。




