第38話 「約束の聖夜。血の聖夜」
連合王国との戦いから数日。
十二月二十三日。
渋谷一高、二学期終業式。
教室は通知表よりも、冬休みよりも、クリスマスの話題で持ちきりだった。
「お前、イブどこ行く?」
「俺ら、ドームでコンサート参戦!」
「イルミネーション巡りもいいよね!」
あちこちから楽しげな声が飛び交う。
その輪の中で、悠真は首を傾げていた。
「クリスマスって、そんなに気合い入れるもんなのか?」
「お前は少しは危機感を持て」
廉太郎が呆れたように額へ手を当てる。
「明日はレイナとデートなんだろ」
「デートっていうか……一緒に出かけるだけだけど」
「それを世間ではデートって言うんだよ!」
「しかも!あのみんなのアイドル“神代レイナ”だぞ!!!」
「分かってんのか!!?あぁん?」
廉太郎が心から悔しそうな茶化し方をする。
教室中から笑いが起こる。
悠真だけが、最後まで何が面白いのか分からないという顔をしていた。
――
一方、その頃。
先にレイナが帰宅していた神代家。
自室いっぱいに、冬物の服が並べられていた。
「……うぅ」
レイナは鏡の前で何度目か分からない着替えを終え、肩を落とす。
「こっちは大人っぽすぎるかな……」
白いニットを見つめる。
「でも、こっちは子どもっぽい?」
次は淡いクリーム色のコート。
「うーん……」
ベッドの上にはマフラーが三本。
バッグが二つ。
靴も二足。
スマートフォンには何十件もの検索履歴。
「横浜 おすすめ スポット」
「横浜 高校生 デート」
「高校生 クリスマス デート」
挙げれば暇がない。
「中華街で食べ歩きして……」
「そのあと赤レンガ?」
「でもイルミネーションは混むかな……」
「観覧車は夜が綺麗って書いてあるし……」
スケジュール帳を開いては閉じ、また開く。
それを三十分ほど繰り返していた。
ふと鏡を見る。
映る自分は、監察官として現場を指揮している時とはまるで別人だった。
「私……」
思わず小さく笑ってしまう。
「こんなことで緊張するなんて」
体育祭で外国部隊と戦った時も。
アズライルとの死闘も。
あれほど冷静だったのに。
明日、悠真と二人で出かける。
たったそれだけで胸が落ち着かない。
「これって……」
答えは分かっている。
だからこそ口にできない。
胸の奥が温かくなったり、急に苦しくなったり。
時計を見るたびに明日が待ち遠しくなる。
「好き……なんだ」
その言葉を口にした瞬間。
顔が一気に熱くなった。
「きゃあぁ……」
枕へ顔を埋めて足をばたつかせる。
「言っちゃった……」
「誰も聞いてないのに……」
そんな自分がおかしくて、また笑ってしまう。
窓の外では、小さな雪がちらつき始めていた。
「明日、晴れるといいな」
レイナはそう呟き、そっとカーテンを閉めた。
――
十二月二十四日。
クリスマスイブ。
サラはなんの気を効かせたのか留守番をしてくれている。
冬晴れの空の下、二人は横浜駅で待ち合わせをしていた。
「お、お待たせ」
レイナは少し照れながら手を振る。
白いコートに淡いベージュのマフラー。
冬らしい装いが、いつも以上に柔らかな雰囲気を纏わせていた。
悠真は思わず見惚れる。
「……かわいい」
ぽつりと漏れた一言。
レイナは一瞬目を丸くし、それから嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう」
二人はそのまま電車を乗り継ぎ、最初の目的地――横浜中華街へ。
大通りは、すでに多くの観光客で賑わっていた。
「すごい人……」
「東京とはまた雰囲気が違うな」
立ち並ぶ極彩色の門。
立ち上る湯気。
香辛料の香り。
店先から聞こえる威勢の良い呼び込み。
「まずは食べ歩き!」
レイナが嬉しそうに先を歩く。
「小籠包!」
「肉まん!」
「ごま団子も!」
「そんなに食べられるのか?」
「今日は特別!」
熱々の小籠包を頬張って火傷しそうになったり、肉まんを半分こしたり。
寒い中、杏仁ソフトクリームを食べ比べて笑い合ったり。
魔法も戦いもない。
ただの高校生として過ごす時間が、二人には何より新鮮だった。
「こういう休日も悪くないな」
悠真がぽつりと呟く。
レイナはその横顔を見つめ、小さく頷いた。
「うん」
「すごく、楽しい」
――
二人はゆっくりと、みなとみらい方面から歩き出す。
気付けば日は西へ傾き始めていた。
港町をオレンジ色の夕日が包み込む。
見渡せば……街路樹にはイルミネーション。
振り返ると――
立ち寄ってきた赤レンガ倉庫の向こうに、宝石のような夜景が広がっていた。
向き直ると、その中心で七色に輝く大観覧車が、静かに夜空へ回り始める。
レイナはその光景を見上げ、思わず足を止めた。
「……綺麗」
悠真も隣に並ぶ。
「あれ、乗ってみるか」
レイナは少しだけ息を呑み、嬉しそうに笑った。
「……うん」
二人は並んで観覧車の乗り場へ歩き出す。
この夕べが、二人の距離をこれまでで一番近づける夜になることを。
――
同刻――。
時差によって、まだ二十四日の朝を迎えたばかりの、
米国首都、ワシントンDC。
大統領官邸地下、国家危機管理センター。
巨大なモニターに、中国国内から収集された膨大な情報が映し出されていた。
通信記録。
送金履歴。
工作員の移動経路。
そして、首席・周天平に関する極秘資料。
CIA長官は静かに資料を机へ置く。
「確認しました」
「中国が動いています」
「狙いは我が国の契約者、並びに妖精の簒奪」
CIA長官の報告に、室内の空気が凍りつく。
大統領ドナルドは腕を組み、静かに資料を見つめた。
日本公海上で観測された、あの規格外の精霊魔法。
世界のパワーバランスが完全に塗り替わったことを、米国はすでに確信していた。
精霊魔法は国家戦略兵器。契約者はその要。
その認識は、各国で共通となりつつある。
大統領は迷わなかった。
「対応は二つ」
その声に、全員が視線を向ける。
「第一」
「契約者へ接触した工作員は、すべて拘束または排除」
「第二」
大統領は一枚の資料を持ち上げる。
「周天平の政治スキャンダル」
「これを一斉公開する」
CIA長官が静かに頷く。
「失脚を狙う、と」
「そうだ」
「戦場だけが戦いではない」
「政治もまた戦場だ」
その一言で方針は決した。
中国を軍事と政治。
二方面から同時に揺さぶる。
会議はわずか十分で終了した。
――
数時間後。
ネバダ州、ラスベガス。
クリスマスイブを迎えた街は、世界中から集まった観光客で溢れていた。
華やかなネオン。
陽気な音楽。
笑顔で行き交う人々。
しかし、その賑わいの裏で、静かな追跡戦が始まっていた。
「対象を確認」
「工作員十五」
「契約者捕獲部隊と判断」
通信が飛ぶ。
『こちらCAG』
『作戦を開始する』
高層ホテルの屋上。
一人の青年が静かに夜景を見下ろしていた。
軍服の上からコートを羽織った長身の男。
肩には、蒼銀色の髪の妖精が腰掛けている。
妖精が穏やかに微笑む。
『戦争ですか』
青年は静かに頷いた。
「ああ、そんなもんだ」
「だが市街地ではやらせない」
米国・CAG所属、ノア・ハミルトン少佐。
後に世界が恐れることになる、北米最強の契約者。
コードネーム――《イーグル・ワン》。
その瞬間だった。
中国工作部隊もまた、契約者の存在を察知する。
「いた!」
「確保しろ!」
魔導銃が一斉に構えられる。
しかし。
ノアは振り返ることすらしなかった。
「逃げる」
その一言だけ。
『了解』
妖精が翼を広げる。
瞬間。
轟ッ!!
突風がラスベガスの夜空を駆け抜けた。
工作員たちの視界が一瞬で白く染まる。
「なっ――!」
次の瞬間には、ノアの姿は数百メートル先。
あえて距離を取り、敵を誘導していく。
「追え!」
「逃がすな!」
工作員たちは罠とも知らず追跡を開始した。
市街地を抜け。
高速道路を越え。
人気のない荒野へ。
そして舞台は、決戦の地へと移る。
――
あれから数時間。
時計も頂点を過ぎクリスマスイブ。
アリゾナ州境付近。
夜の砂漠は凍えるほど冷えていた。
赤茶けた岩山の向こう。
ノアは静かに立ち止まる。
「ここなら一般人はいない」
『だね』
妖精も静かに頷く。
『始めましょう』
その時。
背後から数十の魔法陣が一斉に展開された。
「囲め!」
「契約者を奪え!」
中国特殊工作部隊。
その中央には、一人の少女が立っていた。
黒髪を揺らし、その肩には朱紫色の光を纏う妖精。
残る七柱のうち一柱。
中国が全力を以て探し出した、新たな契約者たちである。
少女は静かに前へ出る。
「……ノア・ハミルトン」
「あなたを拘束します」
ノアは僅かに口元を緩めた。
「そうか」
「なら、遠慮はいらないな」
星条の雰囲気を纏う妖精が静かに宙へ舞う。
同時に、朱紫色の妖精も翼を広げた。
互いの視線が交錯する。
ノアが慈愛を含んだ声で呟く。
「お嬢ちゃん、お名前を訊ねてもいいかい?」
悠久の時を越えて受け継がれた宿命。
そして今、クリスマスイブの夜。
日本から遠く離れた冬のアリゾナ砂漠で――。
二つの超大国が誇る契約者同士による、魔法大戦がその幕を開けた。
――続く。
次話、「強奪される少女。崩れゆく大国」
※本作はカクヨム様と同時投稿を行っております。
※7/14、軽微な表示揺れを修正しました。




