第33話 「迎撃戦。違わぬ信念」
翌朝。
首相官邸・地下危機管理センター。
巨大な会議卓には
高井紗奈首相をはじめ、日本魔導防衛の中枢閣僚が一堂に会していた。
壁面の巨大モニターには、昨夜拘束した工作員の供述が映し出されている。
『中国と連合王国による共同作戦』
『目標――天城悠真の確保』
『決行は三日以内』
室内に沈黙が落ちる。
その重苦しい空気を破ったのは高井だった。
「敵を待つ必要はありません」
真っ直ぐ前を見据え、静かに告げる。
「こちらから戦場を選びましょう」
荒川司令官が腕を組む。
「おびき寄せる、と?」
「ええ」
高井は迷いなく頷いた。
「敵の狙いは天城君、そしてサラさんです」
「ならば、その狙いを逆手に取る」
大泉が資料を机へ置く。
「囮作戦ですか」
「危険が大きすぎる」
しかし、高井は表情を変えない。
「だからこそ、最も成功率が高い」
「戦場は我々が用意し、結界も、転移阻害も、戦力配置も万全に整える」
「もう日本国内で好き勝手はさせません」
その時、会議室の扉が開いた。
入室したのは悠真、レイナ、龍之介。
そして――彼らを率いるように歩を進める、聞き馴染みのある足音。
「私たちも全面協力します」
統括監察官、御園生。
局内にわずか五人。
レイナの直属上司にして、最高位の【特級監察官】。
その最高位のバッジが、室内の明かりを反射して冷たく輝いた。
「現場指揮は、私が執ります」
龍之介も一歩前へ出た。
「SMA候補導師、虹野龍之介」
「新人ですが作戦参加を志願します」
荒川は静かに笑う。
「受理する」
「今日この時点より、貴官をSMA二等導師に任命する」
「謹んで登番いたします」
龍之介は力強く敬礼した。
悠真も口を開く。
「俺が囮になります」
会議室の視線が一斉に集まる。
「逃げ続けても終わりません」
「だったら来てもらいます」
「今度は、俺たちが迎え撃つ」
その瞳には、一切の迷いはなかった。
高井は静かに頷く。
「では、迎撃作戦を開始します」
――
迎撃作戦決行前日。
日本公海上、自衛隊第一海上演習区域。
市街地戦闘訓練用に組み上げられた演習場。
夜の海上に、幾重にも重ねられた巨大結界が展開されていた。
純白の光の壁が、街を丸ごと包みそのまま水平線まで伸びる。
その内側ではSMA隊員たちが慌ただしく最終確認を進めている。
悠真もレイナ、龍之介とともに演習区域へ到着していた。
「これだけの結界なら、そう簡単には突破できないな」
龍之介が周囲を見回しながら呟く。
「敵も承知の上でしょう」
レイナは監察官端末へ視線を落とした。
「だからこそ、本命は別にある可能性も考えています」
その時だった。
――ピィィィィッ!!
演習区域全体へ警報が鳴り響く。
『高魔力反応接近!』
『上空二百メートル!』
全員が夜空を見上げた。
漆黒の空間が、音もなく歪む。
銀色の魔法陣。
現代魔法ではあり得ないほど精密な多重術式が幾重にも重なり、
その中央から一人の青年がゆっくりと姿を現した。
漆黒のロングコートを翻しながら、
まるで散歩でもするかのように海面へ降り立つ。
「初めまして」
穏やかな声だった。
「連合王国・第三王子、アレクシス・ウインザー」
「本日は宣戦布告に参りました」
その一言だけで、演習場の空気が張り詰める。
しかし悠真が驚いたのは、その肩だった。
そこには、一人の妖精が静かに腰掛けていた。
黒銀の長い髪。
翡翠色に輝く羽。
妖艶な雰囲気。
どこかサラとは違っていた。
その瞬間。
悠真の肩へ座っていたサラが、小さく息を呑んだ。
『……今度はあなたまで』
震える声。
その表情を悠真は初めて見た。
悲しみ。そして懐かしさ。
様々な感情が入り混じった複雑な表情だった。
黒銀の妖精は静かに微笑む。
『お久しぶりですね、アプサラス』
『一万年……いえ、それ以上でしょうか』
悠真は目を見開く。
妖精同士が言葉を交わす姿を見るのは初めてだった。
サラはゆっくりと前へ飛ぶ。
『アジー』
『あなたも封印を解いたんだね』
アジーと呼ばれた妖精は静かに頷く。
『ええ』
『七柱はもう全員、眠りから目覚めました』
『とはいえ……』
『“あの人”は“そこの方々”にすでにやられたみたいですね』
『みな、あなたと一緒に目覚めていました』
悠真の胸が大きく脈打つ。
七柱――。
夢の中で見た、あの戦い。
世界を焼き尽くした最後の日。
その記憶が脳裏をよぎる。
『どうしてそこに居るの?』
サラが問い掛ける。
『あなた、そもそも誰より戦を嫌っていたはず』
アジーは少しだけ目を伏せた。
『だからです』
『争いを終わらせるには、一つの秩序が必要』
『人は自由を与え過ぎれば、また争う』
その答えに、サラは首を横へ振る。
『違う』
『それは“あの時”のアトランティスと同じ考えだよ』
アジーは否定しなかった。
『ええ。でも、あなたたちのやり方も失敗した』
『だから私は、私の正義を貫く』
その言葉を聞き、悠真の胸の奥で、冷徹な黒炎が跳ね上がった。
――秩序、だと。
敵は世界征服を望む狂信者ではない。
一万二〇〇〇年前。
それぞれ異なる結末を目指した者が、理想を掲げているだけだ。
だが。その傲慢な正義が戦禍を広げ、誰にも止められない破滅を招いた。
“あの少年”が、自らの手で世界を終わらせるしかなくなるまで、追い詰めたのだ。
(その結果、サラがどれほどの孤独を背負ったと思っている)
「……サラ」
悠真は、自分の肩で細かく震える、小さな光の身体へそっと左手を伸ばす。
人差し指の先が、サラの小さな背中に優しく触れる。
――大丈夫だ。
声には出さない。だが、指先から伝わる魔力がそう告げていた。
サラがハッとして、悠真を見上げる。
それを見たレイナが、二人の隣で深く頷く。
――ドクン。
右腕の古代文字が、世界の終わりを拒むように、熱く脈動した。
静寂を破ったのは、アレクシスだった。
右手をゆっくりと掲げる。
銀色の現代魔法陣が展開された。
その中心へ、アジーの翡翠色の精霊魔力が流れ込む。
銀と翡翠、二つの魔力は反発することなく、一つの術式として融合していく。
「これが私たちが開発した“精霊魔導”」
「現代魔法と精霊魔法、その融合です」
圧倒的な魔力が、海上を震わせた。
直後、純白の防衛結界が、バグを起こしたように激しく明滅する。
――警告ログすら出ない。
日本の《メーティス》が、彼らの術式によってミリ秒単位で「上書き」されていく。
龍之介が二刀を抜き、レイナが黄金の魔法陣を展開する。
だが悠真は、その術式以上に、妖精たちの会話が頭から離れなかった。
悠久の時を越えてなお交わされる、妖精たちの信念。
一万二千年の因縁を背負い、現代の牙を迎え撃つ。
その戦いは、まだ始まったばかりだった。
――続く。
次話、「万華鏡の中の戦場。世界の均衡」
<精霊魔法同士の激突、新たな英雄。>
※本作はカクヨム様と同時投稿を行っております。




