第32話 「獅子が従える妖精」
俺たちは新東京スカイツリーを出た。
街はすっかり夜だ。
イルミネーションが、やたらと眩しい。
レイナはコートのポケットに両手を入れていた。
小さく、白い息を吐く。
「今日は、本当に楽しかった」
「ペンギンも可愛かったし、プラネタリウムも綺麗だった」
「……ありがとう」
正直、少し照れくさい。
俺は頭をかいた。
「俺も楽しかった」
「誰かとゆっくり出掛けるなんて、久しぶりだし」
俺の言葉に、レイナの頬がふっと赤くなる。
「そ、そうなんだ」
「うん」
「今度は……」
言葉を続けようとした、その時だった。
――いや、待て。
肌がピリつく。
穏やかな空気が、一瞬で消え去った。
「……どうしたの?」
不審に思ったレイナが覗き込んでくる。
俺は歩みを止めない。
周囲に悟られないよう、小さく呟いた。
「二人」
「え?」
「尾行されてる」
レイナの瞳が鋭くなった。
一瞬で、ただの少女から『監察官』の顔に切り替わる。
「距離は?」
「百五十メートル」
「挟まれてる」
街路樹のガラスを見る。
暗い街並みが映り込んでいた。
「正面」
見つけた。
「行ってくる」
言うと同時に、俺の身体は動いていた。
世間様に迷惑かけぬよう、瞬時に魔力の壁を作る。
街の“音”が消える。
ドンッ――!
地面がわずかに陥没する。
足元から噴き上がった黒い星焔。
その反動だけで、俺は夜の街を一直線に突っ切った。
流れる視界。
信号機。歩道橋。ビルの壁面。
視界のすべてが後ろへすっ飛んでいく。
限界を超えた身体強化だ。
「なっ……!?」
ビルの陰に潜んでいた工作員が、ようやくこちらに気付く。
だが、もう遅い。
俺の手は、すでに男の首を掴んでいた。
そのまま容赦なく壁へ叩きつける。
轟音。
コンクリートが蜘蛛の巣状にひび割れた。
「ぐっ……ガキが、舐めるな!」
男が牙を剥く。
特級風属性術式。
至近距離から殺意の混じった暴風が吹き荒れる。
だが、ただのそよ風だ。
俺の身体で黒炎が小さく揺れた。
それだけで、男の放った大がかりな術式が霧のように消え去る。
「なっ……魔法が……消され……これが…!?」
「大人しく答えていただけますよね?」
俺は冷たく声を落とした。
「あなたは誰ですか?」
「目的は?」
男は奥歯を噛み締め、黙秘しようとする。
だが、その術式の構成と身のこなし。
「“中国の方”ですよね?」
黙秘なんて無駄だ。
俺は瞳の奥の『黒』を深く沈めた。
底なしの漆黒を輝かせる。
腕に浮かぶ古代文字も出番を今かと待っている。
男の背筋が激しく跳ね上がった。
本能で理解したのだろう。
ここで答えなければ、今この瞬間に消される、と。
「ま、待て! 喋る!」
「俺“たち”は円卓だ!連合王国との共同任務で来た!」
「目的は契約者の確保!」
(円卓――ああ、あの体育祭の時の中国人か)
(それが、プライドを捨てて英国と手を組んだわけってか)
「次の襲撃はいつだ」
「さ、三日後! 本当だ!」
「俺たちは監視班だ! 本隊の場所は知らない!」
そこへ、遅れてレイナが滑り込んできた。
黄金の拘束術式を展開する。
「《クラティシ》」
黄金の鎖が工作員をがんじがらめに縛り上げた。
「これで自害もできない」
手際がいい。
レイナはすぐに鞄の中の端末を起動し、緊急回線を開いた。
「監察官、神代レイナです。危機管理室へ」
『繋がりました。状況をどうぞ』
「中国と連合王国の工作班を拿捕。襲撃は三日以内です」
通信の向こうで、派手にざわつく声が響いた。
『……嘘だろ。あの「円卓」が、連合王国と共同作戦だと……!?』
『そんな相手を、天城悠真が数秒で拿捕したのか!?』
『了解した! 直ちに防衛省と内閣府へアラートを発令する!』
ガチッと通信が切れる。
レイナが俺を振り返った。
「また始まるね」
「ああ」
俺は力強く頷いた。
「今度は待つだけじゃない」
「迎え撃つ」
上等だ。世界の牙とやらを、正面から叩き潰してやる。
――
同時刻。
バーミンガム。王太子“アーサー・ウインザー邸”
その地下、最深部。
“彼”の“書斎”で、一人の青年が静かに跪いていた。
栗色の短髪。
端正な雰囲気。
年齢は二十代前半。
主人は玉座のような椅子へ腰掛け、その青年を見下ろしている。
「アレクシス」
「はっ」
「日本が動きました」
「『円卓』は、やはり足止めにすらならなかったようです」
「予想通りです」
アーサーは穏やかに、しかし冷酷に微笑んだ。
「所詮は彼らの捨て駒」
「ならば次は、こちらの番ですね」
アレクシスは静かに立ち上がる。
連合王国王位継承権、第三位。
この男こそ、連合王国の至宝と呼ばれる存在。
「期待していますよ、私の可愛い弟」
「あの少年と同じ『精霊魔法』の威光、大いに見せつけてやりなさい」
アーサーの言葉に、アレクシスは不敵に口元を緩めた。
その肩へ、小さな影が舞い降りる。
黒銀の長髪。
透き通る翡翠色の翼。
妖艶な空気を纏う一人の妖精。
彼女は静かに目を閉じる。
『……久しいですね』
『アプサラス』
『一万二〇〇〇年ぶりに――』
『皆また、再び一つの時代へ集えるのですね』
その声に応えるように、虚空から五つの魔力が微かに脈動した。
残る六柱の妖精。
その一柱が、ついに日本への介入を決意する。
世界は再び、大きく動き始めようとしていた。
――
内閣府危機管理センター。
《国防統合AI》
【要請:メーティス(JP)へ接続。支援要請】
東京湾海底。 《メーティス(JP)》
【承認:ヤチホコ、接続完了】
【報告:監察官神代レイナが収集したデータを転送完了】
【解析:『円卓』、および連合王国工作班による同時強襲を予測】
【予測タイムリミット:七十二時間〇〇分〇〇秒】
【防衛フェーズ:最高警戒体制《フェーズ5》へ移行】
《ヤチホコ》
【承認:各種データを受領】
――続く。
次話、「三日間の猶予」
<迫り来る世界の牙を、少年は――>
※本作はカクヨム様と同時投稿を行っております。




