第2話 「監察官」
「今日から、私があなたを監視するわ」
数日前。
職員室で告げられたその言葉は、冗談とは思えなかった。
神代レイナは本気だった。
本気だからこそ。
その翌日のホームルーム開始前には、机を俺の席の隣に移していた。
「……何してるんだ」
「監視」
「戻れよ」
「任務中よ」
即答だった。
教室中の視線が痛い。
学年首席の神代レイナは“SSクラス”。
それは……“色々な”意味で。
そんな、レイナが平凡な俺と机を並べている。
それだけで大事件だ。
「天城、お前何やったんだ?」
相馬廉太郎が小声で聞いてくる。
「俺が知りたい」
本当にその通りだった。
昨日の黒い火花。
記憶のない事故。
監察対象。
何一つ説明されていない。
なのに、レイナだけは全てを知っているような顔をしている。
「一つ聞いていいか」
俺は声を潜めた。
「何?」
「俺は何をした」
レイナは数秒黙った。
そして静かに答える。
「それを調べるのが私の仕事よ」
つまり教えてくれないらしい。
――
午前最後の授業。
魔法実技。
俺は嫌な予感しかしなかった。
場所は昨日と同じ第二アリーナ。
外壁は修復されているが、近づけば新しい素材の匂いがする。
事故の痕跡を隠しきれていない。
教師もどこか緊張していた。
「本日の実技は基礎術式のみだ」
やけに念押しする。
「高出力術式は禁止」
「魔力異常を感じたら即座に報告」
「勝手な行動は禁止」
生徒たちがざわつく。
先日の事故の影響は明らかだった。
そして。
教師の視線が何度も俺へ向いている。
気まずい。
正直、ものすごく気まずい。
「神代」
「はい」
「対象の状態は?」
対象。
俺のことだろう。
「現在異常なし」
「そうか」
教師が安堵する。
いや、本人の前で言うな。
――
実技が始まる。
生徒たちは順番に魔法を発動していく。
火球。
風刃。
防御障壁。
どれも教科書通りの魔法だ。
全て《メーティス》の管理下にある。
安全で。
正確で。
何も問題ない。
「次、天城」
呼ばれた瞬間。
アリーナの空気が変わった。
周囲の生徒が少し距離を取る。
露骨すぎる。
「行ってきなさい」
レイナが言う。
「人ごとみたいに言うな」
「人ごとじゃないから見ているの」
その言葉が妙に引っかかった。
俺は前へ出る。
認証端末に手を置く。
【個体認証:完了】
【メーティス接続確認:完了】
いつも通りだ。
何も問題ない。
ただ、胸の奥はざわついていた。
「基礎火炎術式」
術式を起動する。
本来なら小さな火球が出るだけだ。
そのはずだった。
だが。
発動した瞬間。
世界が止まった。
耳鳴り。
ノイズ。
視界を埋め尽くす黒。
そして――あの声。
『――まだ足りない』
背筋が震える。
その刹那。
轟音。
黒い炎が噴き上がった。
「なっ!?」
教師が叫ぶ。
炎は天井まで到達する。
黒。
ただ黒いだけではない。
中心には紫の光が脈打っている。
まるで生き物。
炎がうねる。
空間が歪む。
魔力センサーが一斉に警報を鳴らした。
【WARNING】
【WARNING】
【術式照合:失敗】
【観測不能】
【観測不能】
ホログラムが赤く染まる。
訓練標的が蒸発した。
強化障壁が砕ける。
床が融解する。
昨日より明らかに規模が大きい。
「全員退避!」
教師の、いままでに聞いたこともないような悲鳴。
「ひ、ひぃっ……! 」
「なんだよあの炎、化け物かよ……っ!」
さっきまで俺を冷たい目で見ていたエリートたちが、腰を抜かし。
這いつくばりながら逃げ出していく。
だが――
管理され尽くしたはずの“秩序”をあざ笑うかのように。
黒い炎は広がり続けた。
(――あ、これ、止められないな)
俺の意志など関係ない。
この黒炎にとって、アリーナの標的も、強化障壁も、すべてが『軽すぎる』のだ。
世界の“システム”が、俺の出力に追いついていない。
そして、まるで別の誰かが操っているみたいに。
――
その時だった。
「下がりなさい!」
鋭い声が響く。
神代レイナだった。
彼女は前へ出る。
いつもの優等生の顔ではない。
完全に別人だった。
【監察執行システム:ネメシス。起動シマシタ】
【ユーザ認証:魔導技術局所属、神代レイナ監察官】
【適正ユーザ。使用ヲ許諾シマス】
彼女が持つ、拳銃型端末の銃口部に黄金の紋章が浮かぶ。
周囲がざわめいた。
「まさか……」
「特別監察官権限?」
生徒たちの声。
俺も初めて見た。
文科省魔導技術局直属。
特別権限。
それを彼女は持っていた。
「魔力拘束術式――展開」
黄金の魔法陣が出現する。
複数。
十。
二十。
三十。
普通の学生ではあり得ない数だ。
「封鎖」
光の鎖が黒炎へ突き刺さる。
轟音。
衝撃波。
だが――
黒炎は消えない。
逆に鎖を焼き始めた。
レイナの表情が初めて崩れる。
「そんな……国家特級の拘束術式よ!? 」
「メーティスの演算エラーを焼き切るなんて、あり得ない……っ!」
驚愕。
そして理解。
これは普通の魔法じゃない。
――
その炎の中心で、俺は再び声を聞いた。
『――ようやく目覚める』
「誰だ」
問いかける。
返事はない。
だが。
脳裏に映像が流れ込む。
燃える都市。
崩壊した世界。
黒い炎に包まれた空。
そして、一人の少年。
その顔は――
俺だった。
「っ!」
意識が途切れる。
黒炎が収束する。
静寂。
俺はその場へ倒れ込んだ。
――
目を開けると医務室だった。
白い天井。
薬品の匂い。
そして。
ベッドの横に座る神代レイナ。
だが今までとは様子が違う。
彼女は真剣だった。
いや。
少し怯えているようにも見えた。
「神代……」
「目が覚めたのね」
「何が起きた」
レイナは答えなかった。
代わりに手帳型端末を閉じる。
そして静かに言った。
「今日から監視だけでは足りないの」
嫌な予感がした。
「どういう意味だ」
「正式に護衛任務へ移行するわ」
「は?」
理解が追いつかない。
だがレイナの次の言葉で、背筋が冷えた。
「天城悠真」
彼女は真っ直ぐ俺を見る。
「あなたを狙っている存在がいる」
窓の外で雷が鳴った。
いつの間にか夕立ちが訪れていた。
まるで物語の幕開けを告げるように。
「そして、あなた自身もまだ知らない」
レイナの瞳が揺れる。
「その黒い炎が、何なのかを」
「へえ……おもしろいな」
俺は自分の右手をそっと見つめた。
怯えるレイナとは裏腹に、俺の胸は、かすかな高揚感に震えていた。
「……あなた、笑っているの?」
レイナが信じられないものを見る目で俺を睨む。
「まさか。怖くて震えてるだけさ」
「嘘よ」
「……でもいいわ。来月の校外学習試験、私の目が届く範囲から絶対に離れないで」
学年首席を文字通り“盾”にして歩く学園生活。悪くない。
世界のシステムが俺をどう判定しようが、知ったことか。
――
その頃。
東京湾海底、第七演算施設。
《メーティス》は新たな判定を下していた。
【対象:天城悠真】
【危険度更新】
【災害指定候補】
【監察官、神代レイナへ追加命令】
【最優先任務】
【対象を“保護”】
もはや誰にも閲覧できない最深部の記録が開かれる。
【古代災害コード】
【核撃】
【一致率 93.8%】
【警告】
【封印対象出現】
――続く。
(第2話・完)
次話、「妖精の少女」
<護衛を連れて向かう次なる試験。目覚める、本当の『例外』>
※本作はカクヨム様と同時投稿を行っております。




