第27話 「継承者」
その瞳は、俺が知っているサラと何一つ変わらない。
優しくて。
少し心配性で。
それでも、誰かを守ろうとするときだけは誰よりも強い。
俺は思わず問い返した。
「本当に……サラなんだよな」
少女はゆっくりと頷いた。
「うん」
「私はサラ」
「でも、あなたが知っているサラじゃない」
少しだけ寂しそうに笑う。
「もっとずっと昔の……私」
――私。
その言葉に、胸が小さくざわついた。
いつもなら「あたし」と笑うはずだ。
なのに、当たり前のように「私」と口にしている。
目の前にいるのは、確かにサラの姿をした少女。
なのに、その魂の輪郭は違っていた。
俺の知らない、もっと高位の“何か”。
その異質さが、静かに胸の奥へ染み込んでいく。
そして、ふと気づく。
街の喧騒が遠くに聞こえているのに、
不思議とこの場所だけ時間が止まったような感覚だった。
「ここは……」
俺が尋ねるより先に、サラが口を開いた。
「ヒラニプラ」
「私たちが暮らしていた都市。ムーの都」
「そして……」
一度言葉を切る。
「私たちの世界が終わりを迎えた街」
その一言だけで胸が締めつけられた。
終わる――。
こんな穏やかな日常が、全部。
俺はゆっくり息を吐く。
「俺は……何を見せられるんだ?」
サラは俺を真っ直ぐ見つめた。
その瞳には迷いも、逃げる気配もない。
「これからあなたは、私たちの全部を見る」
「どうして妖精が生まれたのか」
「どうして精霊魔法が存在するのか」
「どうしてあなたを契約者に選んだのか」
一つひとつの言葉が胸へ落ちていく。
「でも」
サラは少しだけ俯いた。
「きっと苦しい」
「辛い」
「見たくないって思うかもしれない」
その声は震えていた。
「私のことを嫌いになるかもしれない」
「許せなくなるかもしれない」
胸が痛む。
そんなこと、あるわけがない。
そう言い切りたかった。
でも、まだ何も知らない俺には、その言葉を口にする資格がない気がした。
サラは顔を上げる。
「だから約束して」
「どんなことを知っても」
「どんな真実でも」
「最後まで受け止めて」
「途中で目を背けないで」
俺は静かに頷いた。
「……分かった」
「全部見る」
「全部受け止める」
「それが、サラを契約者として受け入れた責任なら」
「俺は逃げない」
サラは驚いたように目を見開き、それから小さく微笑んだ。
「ありがとう」
その笑顔は、今まで見たどんな笑顔よりも儚かった。
そして突然、もう一歩、近づいてくる。
「あとね」
「一つだけ」
その声は、今にも泣き出しそうだった。
「私は、何があっても」
「ずっとあなたの味方だから」
その瞬間。
胸の奥で何かが音を立ててほどけた。
あの石牢で目を閉じてから、ずっと胸に居座っていた重たい塊。
アズライルで聞かされた言葉。
イブリスの言葉。
妖精たちへの恐怖。
全部が遠ざかる。
俺は笑えた――本当に久しぶりに。
「ありがとう」
「その一言だけで十分だ」
サラも涙をこらえるように笑う。
「大丈夫だよ」
「安心してね」
その一言が、妙に温かかった。
俺は深く息を吸う。
覚悟を決める。
「もう準備はいい?」
サラが静かに尋ねる。
俺は迷わず答えた。
「俺はいいよ」
サラは頷いた。
「じゃあ……見ててね」
その瞬間だった。
世界が砕け散る。
街並みが光の粒となって崩れ、視界が白く染まる。
次に足が地面へ着いた時。
俺はまったく違う場所へ立っていた。
――
森だった。
巨大な杉に囲まれた静かな山奥。
石畳。
長い参道。
朱色ではない、赤い鳥居。
その先には神社によく似た建物が建っている。
どこか神聖で。
どこか現実離れした空気。
「ここは……」
境内では四人が話していた。
一人はサラ。
さっきと同じ姿。
もう一人は白い狩衣を纏った壮年の男。
神主のような装束だが、どこか王にも似た威厳を漂わせている。
さらに。
その隣に立つ少年を見た瞬間、俺は息を呑んだ。
「……俺?」
違う。 俺じゃない。
でも。
顔も。
背丈も。
髪も。
目元も。
鏡を見ているようだった。
俺自身がそこに立っている。
「どういうことだ……」
その時、ふと気づく。
その少年の右腕の袖口からも、俺と同じ漆黒の炎が揺らいでいた。
そして、その少年の隣には、一人の女性。
白銀の衣。
透き通るような長い黒髪。
美しいという言葉では足りない。
立っているだけで周囲の空気が変わる。
王族。
巫女。
あるいは、それ以上。
高貴という言葉そのものを形にしたような女性だった。
四人は穏やかに何かを話している。
その時。
ウゥゥゥゥゥン!!
耳をつんざく警報音が山中へ響き渡った。
境内の空気が一変する。
神主風の男が顔色を変えた。
「来たか……!」
次の瞬間。
森の奥から無数の足音。
木々を薙ぎ倒しながら武装した兵士たちが雪崩れ込んでくる。
統一された黒い軍服。
機械とも魔法ともつかない武装。
腕章には黄金の古代文字。
その文字列は――アトランティス。
その文字を見た瞬間、背筋が凍った。
「サラ!」
神主風の男が叫ぶ。
「姫を連れろ!」
「彼を守れ!」
「ここは私が食い止める!」
サラが泣きそうな顔で叫ぶ。
「でも!」
「行け!」
男は振り返らない。
巨大な魔法陣を展開し、一人で軍勢の前へ立つ。
俺は反射的に走り出した。
「やめろ!」
「俺も戦う!」
拳を握り、星焔を呼ぼうとするが
――何も起きない。
身体が兵士をすり抜ける。
「……っ!」
触れられない。
声も届かない。
俺は、この記憶に干渉できない。
「くそっ!」
必死に男の前へ立とうとする。
何度走っても。
何度叫んでも。
俺はただの傍観者だった。
神主風の男は最後まで退かなかった。
一人。また一人。
兵士たちをなぎ倒していく。
だが、数が違いすぎる。
刃が身体を貫く。
血飛沫が飛ぶ。
膝をつく。
それでも立ち上がる。
「姫を……!」
「未来を……!」
最後の叫び。
そして。
無数の光が男を飲み込んだ。
静寂。
境内には血痕だけが残っていた。
俺は拳を握り締める。
また、守れなかった。
また、何もできなかった。
目の前の命を救えない、圧倒的な無力感。
アズライルでの絶望が、再び脳裏を吹き荒れる。
視界が激しく揺れる。
逃げたい。
もう、見たくない──。
――違う。
俺は約束した。
最後まで見ると。
歯を食いしばる。
「逃げない!!!!」
もう一度、息を大きく吸い込む。
「絶対に!!!!」
その言葉を口にした瞬間。
景色が再び光へ溶けた。
――
次に俺が立っていたのは、見覚えのある場所だった。
草原。静かな丘。
中央に佇む巨大な石碑。
「あ……」
思わず声が漏れる。
あの石碑だ。
富士演習場で、俺が初めてサラと出会った場所。
その石碑の前に三人が立っていた。
サラ。
あの高貴な女性。
そして――俺によく似た、あの少年。
三人は静かに、何かを決意するように、
ただ、その石碑を見上げていた。
――続く。
次話、「精霊女王“アプサラス”。そして星焔」
<背負う因縁。背負う想い>
※本作はカクヨム様と同時投稿を行っております。




