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魔法はAIに管理されているはずだった  作者: (趣味で)ラノベ書くおじさん


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第25話 「記憶の扉。太古の因縁」

 悠真が中東の戦場から救出されて、二週間。


 十月の終わりを迎えた街は、いつしか秋を越えていた。


 薄れていく秋の名残。

 街は静かに、冬の気配を纏い始めている。


 国立・国際魔導医療センター。

 特別精神医療病棟の最上階の一室。


 ベッドに腰掛けた悠真は、窓の外をぼんやりと見つめていた。


 呼びかけへの反応はない。

 食事も最低限以下だ。

 肉体は動く。魔力回路も無傷。


 それでも、そこに“天城悠真”の心はなかった。


――


 この二週間、誰もが必死に彼の心を叩き続けていた。


 廉太郎は、手帳型端末の画面ホログラムを何度も突きつけた。


「お前がいないと、映画が完成しないんだよ」


 龍之介は、祈るような静かな声で告げ続けた。


「俺はあのままで終わるつもりはない。また組手やってくれ」


 レイナは毎日の帰り道、彼の隣に寄り添った。

 彼が守ったはずの日常の尊さを、必死に、何度も語り聞かせる。


 けれど、悠真の瞳が光を取り戻すことはなかった。


 肉体は救い出せた。

 それなのに、誰も彼の心を暗闇から引っ張り出せない。


 そして今日。


 白く冷たい病室で、担当医師が静かにカルテを閉じた。


「脳神経、魔力回路、精神波形……すべて正常です」


 向かいに座るレイナは、縋るような表情を浮かべる。


「正常……なんですか?」


「はい。《メーティス》の演算診断でも異常はありません」

「当然のように、医療情報診断統合AI(アスクレピオス)でも……です」


 医師は白衣のポケットに手を入れ、震える指先を隠した。


 現代魔法の最高峰であるアスクレピオスが、弾き出したログ。


――『対象の精神、自死を選択中』。


 脳を焼くこともせず、魔力を暴走させることもない。


 完璧な魔力制御を維持したまま、ただ心だけを消滅させようとしている。


(どんな地獄を生きれば、こんな器用な死に方ができるって言うんですか)


 医師が覚えたのは、同情ではなく、背筋を這い上がる恐怖だった。


 そのまま、医師は言葉を選ぶように、重く息を吐いた。


「ですが、精神かれそのものが、自ら外界を拒絶しています」


「拒絶……」


「あまりの良心の呵責に、心が耐えかねたのでしょう」


「自ら心の奥底へ、鍵を掛けてしまった」


「現代の医療技術では、これを強制回復する術はありません」


 部屋に重苦しい沈黙が落ちる。

 その言葉を、誰もが拳を握りしめて聞いていた。


「ごめんなさい……」


 レイナの小さな呟きが、静寂に消える。


 その時、窓辺に、淡い光がふわりと舞い降りた。


 ――サラだった。


 以前なら悠真にしか見えなかった姿。

 それが、今や誰もがはっきりと認識できる。


「レイナちゃん……虹野せんぱい……廉太郎くん……」


 サラは小さな手を握り締め、悠真を見つめ続けた。


「あたしの……せい……」

「あたしが、悠真を契約者に選んで、全部背負わせちゃったから」


「違う」


 龍之介が静かに首を振る。


「君のせいじゃない。すべてはテロ組織の欺瞞だ」


 しかし、サラは悲しげに首を横に振った。


「あたしだけは知ってるの。悠真が、どうしてここまで苦しんでいるのか」


 レイナが真っ直ぐにサラを見る。


「知っているの?」


「うん。ずっと話しちゃだめだったの、精霊のひみつ」


 サラは一度、言葉を区切る。


「どうしてあたしたち妖精が、大昔からずっと眠っていたのか」

「なんで、あの石碑の中で待っていなきゃいけなかったのか」


「……悠真が選ばれた理由も、全部、そこにあるの」


「それを話せば、悠真は元に戻るのか?」


 廉太郎が一歩前へ出た。


「分からない。でも、このままじゃ絶対に戻れない」


 サラは悠真の前まで飛んでいく。

 

 そっと、その額へ小さな手を添えた。


「方法は、一つだけ」

「あたしたち妖精だけが持つ記憶――」

「大昔の本当のことを、悠真自身に見てもらう」


「共有の精霊魔法を使うの」


「記憶を……見せる?」


 レイナが眉をひそめる。


「うん」


「妖精にはね、数万年分の世界の記憶が、ずっと受け継がれているの」

「……ただし、もし悠真の心が耐えられなければ」


「精神が完全に崩壊する可能性もある……」


 サラの声が微かに震える。


 リスクの大きさに、病室が再び沈黙に支配された。


 だが、レイナは迷わなかった。確固たる決意で頷く。


「私は信じる。悠真くんは、こんなところで終わる人じゃない」


「ああ、同感だ」


 龍之介が冷徹に、しかし絶対の信頼を込めて口端を上げる。


「ここで壊れるタマなら、俺が先に殴り殺してる」


 廉太郎も、学生手帳型端末をポケットに叩き込んで不敵に笑った。


「最悪、あいつの頭がバグったら、俺の全知識を同期して上書きしてやるよ」


「だから――サラ、お願いだ」


 全員の決意を受け取り、サラは力強く目を弾く。


「分かった。じゃあ……始めるね」


 小さな両手が、悠真の額へと重ねられる。


 ──その瞬間、ぴくりと、悠真の指先がかすかに動いた。


 次の瞬間、淡い翠色の光が病室を爆発的に満たした。


ピピッ、ジジジジジッ!!!


 突如、レイナの監察官バッジが激しく明滅する。


 龍之介の端末が悲鳴を上げた。


 廉太郎の端末も、一斉に警告音を鳴らす。


 室内の、すべての国定魔導デバイス。

 《メーティス》と同期する画面が、一瞬で狂っていく。


【警告:環境内に未知の記述言語を検知】

【エラー:現行の術式体系に適合しません】


【解析不能――同期を強制遮断】


 あらゆる端末が、その圧倒的な“仕様外の理”に耐えかねて同時に火花を散らす。

 

 それは明確な『拒絶反応』だった。


 現代魔法のすべてを支配する神が、たった一人の妖精の記憶に、怯えている。


 溢れ出す、眩い光の奔流。


 外界を拒絶した、悠真の精神。


 その意識は、誘われるように。


 一万二千年前の、記憶の底へと深く落ちていく。


――続く。

 次話、「始まりと終わりの都、ヒラニプラにて」

 <悠真が見た世界。己が宿命さだめに克つため>

※本作はカクヨム様と同時投稿を行っております。

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