第24話 「奪還。いまだ届かぬ想い」
「悠真くん!」
真っ先に叫んだのはレイナだった。
薄暗い石牢。
壁一面を翡翠色の精霊魔法術式が覆う。
その中央で、天城悠真は両手足を拘束され、
質素な椅子に力なく座り込んでいた。
俯いたまま微動だにしない。呼吸はしている。
だが、その瞳から生気は完全に失われていた。
「悠真くん……」
レイナの胸が激しく締め付けられる。
昨日までの明るい彼とは、まるで別人だった。
その肩に、小さな少女が寄り添っている。
金色の髪。透き通る羽。
涙で濡れた淡褐色の瞳
――サラだった。
「レイナちゃん……虹野せんぱい……」
サラがゆっくりと振り返る。
「悠真を……悠真を助けて……」
レイナたちは息を呑んだ。
「悠真の……妖精……」
龍之介も静かに目を見開く。
これまで存在だけは推測されていた妖精たち。
その存在が、今日、また目の前にいる。
しかも、こんな小さな存在が、たった一人で悠真を守り続けていた。
サラは深々と頭を下げた。
「お願い……悠真を助けて……」
その姿を見た瞬間。
レイナの胸の奥で、何かが音を立てて切れた。
「……許さない」
黄金の魔力が爆発する。
監察官バッジが輝き、《メーティス》との同期率が一気に跳ね上がった。
「監察権限――第四段階解除」
白金色の外套が彼女の身体を包む。
龍之介も両手の魔導短剣を滾らせ、刃を構えた。
「こんな子まで利用したのか……この腐れ外道が」
荒川も怒りに満ちた声で、魔法陣を展開する。
「総員、目標変更。アズライル総統を“制圧”とする。排除しろ!」
石牢の奥から、静かな拍手が響いた。
パチ……パチ……
イスラフィルだった。
「実に美しい。怒りは人を強くする」
その肩で、妖精イブリスが静かに笑う。
『でも、その怒りは届かない』
レイナと龍之介の白金色の魔法。
そして、荒川率いるSMAの一斉攻撃。
三方向からイスラフィルへ殺到した。
「特等拘束術式!」
「雷神断界!」
「総員、一斉射撃!」
無数の光が地下牢を埋め尽くす。
しかし、イスラフィルは一歩も動かない。
「イブリス」
その一言だけだった。
『承知だよ』
イブリスが静かに両手を広げた。
その羽が大きく広がり、地下牢全体を覆う巨大な精霊魔法陣が出現する。
古代文字の文様が何重にも重なり、世界そのものの理を塗り替えていく。
瞬間、レイナたちの魔法が音もなく消えた。
「なっ……!──」
龍之介が目を見開く。
魔法が消えたのではない。
発動したという事実そのものが、世界から『消去』されたのだ。
サラの顔色が変わる。
『やめて……! イブリス、その術はだめ!』
黒い精霊術式が石牢全体へ広がった。
轟音。
床が崩れ、天井が軋む。
無数の黒い槍が、四方八方から降り注いだ。
「散開!」
荒川の号令。
SMA隊員たちが迎撃魔法を放つが、
術式が触れた瞬間、あらゆる魔法が霧散していく。
「魔法が消えた!?」
『精霊術式は現代魔法では打ち消せない』
『だから、あなた達は勝てない』
レイナが前へ出る。
「勝てるかどうかは――試してから決める!」
「特級拘束術式!」
黄金の鎖がイブリスを狙う。
イスラフィルが片手を上げると黒い壁が展開され、
激しい激突音とともに石牢が大きく揺れた。
「先輩!」
「ああ!」
雷光が弾けた。
「雷迅・参式!」
音を置き去りにした龍之介が、一瞬で背後へ回り込む。
二刀の連撃。
イスラフィルも黒い刃で迎え撃ち、火花が散る。
龍之介が押し込んだ。
しかし、イブリスが指を振る。
黒い鎖が、瞬時に龍之介の身体へ絡みついた。
「ぐっ……!」
動きが止まる。その隙を狙い、イスラフィルの一撃が放たれた。
「危ない!」
レイナが割って入り、黄金の結界で受け止める。
凄まじい衝撃。
結界が砕け散り、レイナは数メートル吹き飛ばされた。
「虹野君!」
すかさず御園生が重力魔法を展開し、イスラフィルの足元を沈める。
その隙に龍之介が拘束を断ち切り、再び距離を詰めた。
だが、敵は二人。
精霊魔法と現代魔法が融合した戦闘は、別次元だった。
SMA隊員たちも次々と倒れていく。誰も決定打を与えられない。
その時だった。イブリスが突然、苦しみ始める。
『……っ!?』
黒い光が身体から溢れ出した。
「イブリス?」
イスラフィルが初めて表情を変える。
『契約の……限界……これ以上は……』
彼女の羽が黒く崩れ始める。
サラが息を呑んだ。
「まさか……無理やり契約を……」
イブリスは自嘲気味に、苦しく笑った。
『私とは……“契約”じゃない。奴隷だったのよ……』
その言葉に、イスラフィルが冷酷に目を見開く。
「黙れ!」
イブリスの身体が激しく輝いた。
次の瞬間、轟音。
精霊術式そのものが暴走を始める。
黒い魔法陣が次々と崩壊し、石牢全体を消し去るように飲み込んでいく。
「崩落する!」
荒川が叫ぶ。
レイナは迷わず悠真へ駆け寄った。
「悠真くん!」
拘束具を黄金の魔法で断ち切る。しかし悠真は反応しない。
レイナはその身体を強く抱き寄せた。
伝わってくる悠真の体温は、奇妙なほどに冷たい。
まるで中身の抜けた精巧な人形を抱きしめているかのような――
背筋の凍る拒絶感がレイナの腕を震わせた。
「帰るわよ。絶対に」
サラも涙を流しながら、悠真の胸へしがみつく。
『悠真……帰ろう。みんなが待ってる』
龍之介が最後尾で瓦礫を斬り払い、退路を確保した。
「急げ!」
御園生が転移装置を起動する。
「転移まで十秒!」
崩れ落ちる地下要塞。
イスラフィルは瓦礫の向こうから、
不気味な笑みだけを浮かべて静かに彼らを見つめていた。
「行くがいい、天城悠真。これで終わったと思うな」
転移陣が眩く輝き、一行を包み込む。
次の瞬間、彼らの姿は完全に消え去っていた。
静寂が戻った石牢で、イスラフィルは独り呟く。
「第一幕は終わった」
「次は――世界そのものを戦場に変えるとしよう」
その言葉を最後に、地下要塞は轟音とともに完全崩壊した。
――
日本、帰還先。
レイナは、意識を失ったままの悠真の手を白くなるほど強く握り締めていた。
「もう大丈夫。今度は私たちが、あなたを守る番だから」
しかし、その言葉に悠真が応えることはなかった。
彼の瞳はなお、光を失ったまま閉ざされている。
ただ誰も傷つけたくなかった。
その優しさが世界を壊してしまったという残酷な現実。
それが、彼の魂を底知れない暗闇に閉じ込めていた。
この戦いは終わった。
だが、本当の試練は――ここから始まろうとしていた。
――続く。
次話、「記憶の扉。太古の因縁」
<悠真を救う、ただ一つの方法>
※本作はカクヨム様と同時投稿を行っております。
■7/8、誤植を修正しました(またかよ)(ぽんこつ)




