第23話 「語られる“一つ”の真実。悠真奪還作戦」
地下牢に、重苦しい沈黙が流れる。
悠真は拘束されたまま、目の前の男――
《アズライル》総統・イスラフィルを睨みつけていた。
その肩には、小さな妖精が静かに腰掛けている。
サラと酷似した姿。
だが、その瞳には温もりがなかった。
イスラフィルは口元を歪める。
「さて」
「尋問の前に、少し面白い話を聞かせてやろう」
ゆっくりと肩へ視線を向ける。
「イブリス」
「君から説明してあげなさい」
妖精は静かに羽ばたき、悠真たちの前へ降り立った。
透き通る羽。
淡い銀色の長い髪。
その姿だけを見れば、美しい妖精そのものだった。
しかし、その声は氷のように冷たい。
『……改めて、久しぶりね』
サラは小さく震える。
「イブリス……」
『私のことを覚えていたの』
「忘れるはず……ない」
サラの瞳に悲しみが宿る。
「でも、どうして」
「どうして生きているの……」
イブリスは静かに首を傾げた。
『その質問に答える前に、一つ訂正してあげる』
『あなたはずっと勘違いをしていた』
『最後の妖精は、あなたじゃない』
悠真の表情が固まる。
イブリスは淡々と続けた。
『現在、この世界にはまだ八人の妖精が存在するわ』
『あなたと私を含めて、あと六人。』
「……六人」
悠真は思わず呟く。
『それぞれが異なる精霊魔法を司り』
『それぞれ異なる契約者を探している』
『ある者は国家へ』
『ある者は軍へ』
『ある者は宗教へ』
『そしてある者は――』
『この世界そのものをもう一度、滅ぼそうとしている』
『あ、そうそう。“ここ”には私の他にもうひとり』
地下牢の空気が凍り付く。
サラは信じられないというように首を振った。
「そんなはずない……」
「みんな、あの時に……」
『死んだと思っていた?』
イブリスは静かに笑う。
『甘いわ、サラ』
『私たちは、生き延びた』
『ただ、それぞれ違う答えを選んだだけ』
悠真は黙って聞いていた。
嫌な予感だけが膨らんでいく。
イブリスはその視線を受け止めながら、静かに告げた。
『そして、私もそう』
『ほかの六人も今でも野望を捨てていない』
『人類を導く者』
『支配する者』
『裁く者』
『それぞれが、自分こそが正しい未来だと信じている。』
「……そんな」
『もう少し、教えてあげる』
イブリスの瞳が悠真を真っ直ぐ射抜いた。
『彼らが再び動き始めた理由』
『それは――あなた』
悠真の胸が大きく脈打つ。
『天城悠真』
『あなたが精霊魔法を“あの場所”で使った瞬間』
『世界中に散っていた妖精たちは目覚めた』
『見初められた契約者も動き始めた』
『あなたは、自覚もないまま世界へ合図を送ったの』
「……俺が」
声が震える。
『そう』
『あなたが世界を動かした』
イブリスは、淡々と語り続ける。
『あなたが戦いを再び始めさせた』
『あなた自身には、希望になったかもしれないわ』
『そして同時に――世界の絶望にもなった』
悠真の呼吸が乱れる。
頭の中に、これまでの出来事が次々と蘇る。
黒炎事件。
レイナとの出会い。
サラとの契約。
外国勢力の襲撃。
体育祭。
龍之介との決闘。
そして、この拉致。
すべてが一本の線で繋がっていく。
「違う……!!」
悠真は大きく首を振り乱す。
「俺は……」
「誰かを守りたかっただけだ!!」
『結果は同じ』
イブリスは感情を交えず言い放つ。
『あなたが動いたから』
『世界は動いた』
『もう誰にも止められない』
その言葉は、刃よりも鋭く悠真の胸へ突き刺さった。
守るために力を求めた。
その力が、さらに多くの争いを呼び寄せた。
もし自分が存在しなければ。
もし精霊魔法が目覚めなければ。
誰も傷付かなかったのではないか。
そんな考えが、心を蝕んでいく。
「……俺の、せいなのか」
虚ろな声が漏れる。
視線は床へ落ち、拳から力が抜けた。
肩の上でサラが必死に呼び掛ける。
『悠真!』
『違う!』
『そんなこと信じちゃ駄目!』
しかし、その声は届かない。
悠真の瞳が、急速に光が失っていく。
それを見つめるイスラフィルは、満足そうに微笑んだ。
「尋問は必要なさそうだ」
「人は肉体より先に、心が折れれば終わる」
地下牢には、サラの悲痛な叫びだけが、いつまでも響き続けていた。
――
同時刻。
東京・首相官邸、地下危機管理センター。
壁一面の大型スクリーン。
そこへ、米国《メーティス》の膨大なデータが流れ込む。
日米両国は、国際テロ組織を共通の敵と断定。
日米同盟に基づき、情報共有に踏み切っていた。
「解析率九十八パーセント」
「空間座標、固定」
「敵本拠地を捕捉しました!」
報告と同時に、室内の空気が一変する。
高井首相は短く頷いた。
「SMAへ」
「天城奪還作戦、開始します」
――
自衛隊・習志野駐屯地
特殊転移格納庫。
すでに二十名の精鋭が整列していた。
全員が漆黒の対魔導戦特殊戦装を身にまとい。
胸元では《メーティス》が淡く輝いている。
その最前列に立つのは、SMA隊長・荒川拓。
歴戦の魔導隊員であり、SMAの開祖でもある。
「作戦目標は一つ」
「天城悠真の生還」
低く力強い声が響く。
「敵は《アズライル》」
「作戦の成否は諸官の双肩にかかっている」
「胸のバッジに恥じない行動で完遂することを訓示とする」
誰一人として表情を変えない。
その最前列には、龍之介の姿もあった。
先の“組手”の戦績が認められ、特例で参加を許された。
龍之介は静かに頷く。
「必ず連れ戻します」
その隣で、レイナも襟元の監察官バッジを強く握り締めていた。
筆頭監察官、御園生昴と共に、彼女もまた死線へ赴く。
「悠真くん……」
荒川が右手を掲げる。
「転移開始」
巨大な転移魔法陣が起動する。
白い光が彼らを包み込み、一瞬でその姿を消し去った。
――
次の瞬間。
一行が降り立ったのは。
岩肌をくり抜いて造られた巨大地下要塞の入口だった。
「転移成功」
「目標地点まで約五百メートル」
荒川が周囲を見渡す。
「行くぞ!」
二十数人の精鋭が一斉に駆け出した。
警報が鳴り響く。
赤い非常灯が通路を染める。
「侵入者!」
「迎撃しろ!」
駱駝色の戦闘服を着た構成員たちが押し寄せる。
「第一小隊、前へ!」
荒川の号令と同時に、SMA隊員たちが一斉に魔法陣を展開した。
「《多重魔導射撃》!」
無数の魔力を纏った弾丸が通路を埋め尽くす。
敵が次々と吹き飛ぶ。
レイナと御園生も黄金の魔法陣を展開。
「《クラティシ》!」
黄金の鎖が敵を拘束し、その隙を龍之介が駆け抜ける。
「《雷迅》!」
雷光が閃く。
一瞬。
本当に一瞬だった。
敵五人が同時に崩れ落ちる。
「速い……!」
隊員たちから感嘆の声が漏れる。
龍之介は止まらない。
黄金の雷光をまといながら通路を駆け抜け。
次々と敵を制圧していく。
「残り百メートル!」
施設最奥。
巨大な鉄扉が見えた。
その向こうに、悠真がいる。
しかし――。
鉄扉の前に、一人の男が立っていた。
浅黒い肌。
赤茶けた髪。
全身を金糸雀色の魔力が包み込んでいる。
男は静かに笑った。
「ここから先へは行かせない」
御園生が目を細める。
「この雰囲気…精霊魔法!?」
「そうだ」
男は胸へ手を当てた。
「我が名はラシード」
「《アズライル》守備部隊長」
「そして――」
肩へ、小さな光が舞い降りる。
隊員たちが息を呑んだ。
「な……」
「これが妖精だと?」
誰もが目を疑った。
これまで悠真の能力と過去文献を照合する中で。
存在自体は予想されていた“妖精”
それが眼前に顕れる。
その姿は小さな少年。
透明な羽。
神秘的な姿。
「我が契約の妖精だ」
ラシードの足元に金糸雀色の魔法陣が展開される。
次の瞬間、爆発的な魔力が通路を満たした。
「散開!」
荒川が叫ぶ。
しかし遅い。
衝撃波が一気に広がる。
前衛のSMA隊員たちをまとめて吹き飛ばした。
「ぐあっ!」
「隊長!」
岩壁へ叩き付けられた隊員たちが動きを止める。
一撃。
それだけで精鋭部隊の半数近くが戦闘不能となった。
「なんて出力だ……」
レイナの額を汗が伝う。
ラシードは静かに笑う。
「国家最強?」
「その程度か」
その瞬間。
一筋の雷光が走った。
「《雷迅》!」
龍之介だった。
音を置き去りにする速度で間合いを詰め、双短剣を振るう。
ラシードも迎え撃つ。
激突。
黄金の雷と金糸雀色の魔力が火花を散らす。
レイナは即座に支援へ回る。
「《クラティシ》!」
黄金の鎖がラシードの足を拘束する。
さらに御園生が詠唱を重ねる。
「特等重力拘束陣!」
地面から巨大な魔法陣が展開され、ラシードの動きを一瞬だけ止めた。
「今だ!」
龍之介の瞳が鋭く光る。
「雷神断界!」
白金の雷をまとった二本の短剣が交差し、閃光となって駆け抜けた。
ラシードの胸元が大きく裂ける。
金糸雀の魔力が霧散し、男は膝をついた。
「見事……だ」
そう呟くと、静かに崩れ落ちる。
その肩にいた妖精もまた、光の粒となって消えていった。
通路に静寂が戻る。
だが、その静寂は長くは続かなかった。
最奥の鉄扉が、ゆっくりと開く。
その先には、白い衣をまとったイスラフィル。
そして、その肩に静かに羽ばたく妖精――イブリス。
レイナたちは改めて、その存在を目にする。
「……また妖精」
イスラフィルは静かに微笑んだ。
「……ほう。もう辿り着いたか」
「歓迎しよう」
「最高の舞台へ」
開かれた鉄扉の奥、暗闇の中で、彼らは妖しく嗤っていた。
――続く。
次話、「奪還。未だ届かぬ想い」
<彼を救う存在、悠久の時を超えて>
※本作はカクヨム様と同時投稿を行っております。




