第18話「迫る新たな影、最強の『天敵』」
首相官邸。
首相、高井紗奈子
アメリカとの外交交渉を終え。
一息つく間もなく次の専用回線を開いていた。
モニターへ映し出されたのは。
中華人民共和国、首席・周天平。
ドナルドとは異なり、鋭い眼差しを崩さない男だった。
『高井首相』
『まずは今回の事件について遺憾の意を表する』
「言葉だけでは済まされない問題です」
高井は淡々と返す。
「貴国所属の工作部隊が、我が国の教育機関へ侵入」
「多数の負傷者を出しました」
「これは国家主権に対する重大な侵害です」
周は小さく息を吐いた。
『公式には認められない』
『だが、現場が暴走した可能性は否定しない』
「責任を曖昧にするおつもりですか」
『違う』
『同じ事は二度と起こさない』
『少なくとも当面、独断専行による接触は停止する』
その言葉に、高井は僅かに表情を緩めた。
「その約束は記録します」
『……それで終わりか』
「いいえ」
高井の声色が変わる。
「本件に対する制裁措置として」
「我が国保有する“精霊魔法“”に関する情報共有を全面停止します」
周の眉が僅かに動いた。
『それは双方にとって利益にならない』
「信用を失えば利益もありません」
「信頼は、契約ではなく行動で積み重ねるものです」
数秒の沈黙。
やがて周は静かに頷いた。
『……理解した』
『我々が信用を取り戻した時――』
『改めて協議を願えるだろうか』
「その時を待っています」
通信は静かに終了した。
会議室の緊張がようやく解け始めた。
その時だった。
不意に、緊急回線が鳴る。
表示された名前に。
防衛大臣、大泉が目を見開く。
「米国から……?」
高井はすぐに通信を開く。
画面に映ったドナルドの表情は。
険しくも先ほどまでの政治家としての“それ”ではなく。
純粋に友人を案ずるものだった。
『サナコ、時間がない』
「何があったの」
『情報部が、日本国内への侵入者を確認した』
画面が切り替わる。
複数の監視映像。
偽造旅券。
港湾施設。
貨物コンテナ。
魔導反応を完全に隠蔽した装備。
『確認されたのは五名』
『所属は――』
ドナルドは一呼吸置いた。
『国際テロ組織“アズライル”』
室内の空気が一変する。
大泉が思わず立ち上がる。
「まさか……」
『彼らは国家ではない』
『利益でも外交でも動かない』
『混乱そのものを目的とする連中だ』
高井の表情が険しくなる。
「狙いは天城君……」
『可能性は高い』
『だから忠告する』
『今までの相手とは違う』
『彼らは交渉をしない』
『ためらいもない』
『最大限の注意を』
通信が切れた後も、誰一人として口を開かなかった。
静まり返った会議室で、高井は窓の外を見つめながら静かに呟く。
「思ったより早いわね――」
――
時は流れ、十月。
澄み切った秋空が広がる渋谷一高。
体育祭の熱気もようやく落ち着き。
学内には穏やかな日常が戻っていた。
ある日の放課後。
中庭では文化祭の話題で盛り上がる生徒たちの笑い声が響く。
「やっと涼しくなってきたな」
廉太郎が購買の焼きそばパンを頬張りながら笑う。
「九月はいろいろあり過ぎた」
「まだ一か月しか経ってないんだよな」
悠真も苦笑いする。
レイナは、手帳型端末を操作しながらスケジュール見ていた。
その視線を二人に向ける。
「悠真くん」
「虹野先輩との組手だけど」
「正式に一週間後へ決まったわ」
「場所は、第一総合演習場」
「生徒会と教官陣が総出で審判を務める」
「完全な『公式戦』よ」
「もはや組手じゃねえじゃん!」
廉太郎が思わず吹き出すと。
周囲の席に座っていた一般生徒たちが
「ヒッ……」
と、短く息を呑んで席を立った。
前回の襲撃事件で。
規格外の黒炎を操り、テロリストを完全な返り討ちにした悠真。
今や彼は。
全校生徒から『触れてはいけない怪物』として
畏怖される存在になっていた。
「……みんな、なんでそんなに離れて座るんだ?」
「自覚を持てよ悠真!」
「 お前、いまや“歩く戦略兵器”扱いなんだからな!?」
廉太郎が思わず、王道すぎるツッコミを入れてしまった。
そして、話題を戻す。
「ところで…」
「そこまで大げさなの?」
「大げさじゃないわ」
一方で、レイナは真剣だった。
「虹野先輩は、卒業前最後の実戦訓練」
「あなたは、精霊魔法の実戦検証」
「互いに本気よ」
その言葉に悠真も静かに頷く。
「分かった」
「俺も全力で行く」
その肩へ、ふわりと小さな光が舞い降りた。
妖精サラだった。
『悠真』
『今のままでは勝てないかも』
(やっぱり?)
『相性って意味で最悪』
『あの先輩の剣、相手の魔力を見てないもん』
『人間の骨や筋肉の動きだけで』
『次の攻撃を完全に予知して斬ってくる』
『魔導演算を狂わせるあなたの黒炎は』
『あの人にはただの「目眩まし」程度にしかならないよ』
悠真の耳元でそう告げたサラは。
宙で腕を組んで、悠真の顔を覗き込む。
隣にいるレイナには、サラの姿も声も一切見えていない。
ただ、悠真が「何か」と対話し。
急に険しい表情で、黙り込んだことだけは察知していた。
いつしか、少し話してくれた“妖精”なのだろう。
自分には感知できない、彼だけの特別な世界。
レイナは手帳型端末を隠すように胸元で固く握りしめた。
「……大丈夫よ」
そこには一人の少女として。
どこか狂信的なまでの信頼が宿っていた。
悠真はハッとして顔を上げ。
それから静かに拳を握る。
(……ああ。教えてくれ、サラ)
『もちろん! あたしも負けたくない!』
――
一方、その頃。
渋谷一高の地下演習施設。
虹野龍之介は一人、模擬刀を振り続けていた。
一振り。
二振り。
汗が床へ落ちる。
「迷いがあるな」
背後から教官が声を掛ける。
「……分かりますか」
「当然だ」
「お前は勝とうとしている」
「だが、相手は倒すべき敵じゃない」
龍之介は模擬刀を握り直した。
「俺は……確かめたいんです」
「精霊魔法にどこまで届くのか」
「そして」
「日本の未来を、あいつに託せるのか」
教官は静かに頷いた。
「なら、遠慮するな」
「学生最強として」
「真正面からぶつかれ」
龍之介は力強く返事をした。
「はい」
秋風が演習場を吹き抜ける。
――その風に乗って。
渋谷一高の正門前を通り過ぎる、一台の黒いワンボックスカー。
遮光フィルムで覆われた車内。
魔導探知に一切引っかからない暗闇の中で。
男が一人。
手元の端末に映る「天城悠真」の顔写真をタップして。
冷酷に微笑んだ。
一週間後。
学生最強と精霊魔法の契約者。
二人の本気が巻き起こす風雲急に。
世界の牙が交錯する。
――続く。
※本作はカクヨム様と同時投稿を行っております。
※7/6 見出しナンバリングを修正しました。




