第15話 米中・同時襲撃 3「決着。静かに迸る、黒き星焔」
黄金、蒼、紅。そして黒。
四色の魔力が校庭を埋め尽くす。
レイナと龍之介は。
白狼を真正面から見据えていた。
白狼の背後には、
すでに戦闘不能となった“円卓”の隊員たちが倒れている。
この場に立つのは、もはや三人だけだった。
発動した「天羅万象」の魔法陣を背に。
白狼は静かに口元を緩める。
「“学生”と侮った」
「日本国特別監察官と、学年首席」
「予想以上だ」
白狼が一歩踏み出す。
展開された紅い魔法陣が。
幾重にも重なり始めた。
十枚。
二十枚。
いや、それ以上に……。
校庭全体を覆うほどの魔法陣が空間へ浮かび上がる。
レイナの《メーティス》が鋭い警告音を鳴らした。
【警告】
【判定:九十九式術式を超越】
【演算数:百二十八】
「百二十八……!?」
レイナの表情が変わる。
現代魔法では通常、同時演算は三十から四十が限界。
百を超える術式など、国家級演算施設でも滅多に扱えない。
白狼は淡々と言った。
「これが“円卓”の最大魔法の一つ」
空が紅く染まる。
無数の魔法陣から、炎槍、氷刃、雷弾、風刃が一斉に生成される。
「虹野先輩!」
「全部叩き落とす!」
龍之介が笑う。
黄金の魔法陣が、足元で更に高速回転する。
「雷迅・参式!」
轟音。
その姿が雷光となって消えた。
次の瞬間には空中を疾走し、降り注ぐ炎槍を次々と切り裂いていく。
キィンッ!
キィィィン!
龍之介の両手に生成された二振りの魔導短剣が、
更なる稲妻を纏い、紅い術式を連続で破壊する。
だが、数が違う。
一つ斬れば三つ生まれ。
三つ砕けば十が襲いかかる。
「ちっ……!」
龍之介の頬を風刃が掠め、鮮血が舞った。
その隙を埋めるように、レイナも黄金の魔法陣を展開する。
「迎壁!」
幾重もの黄金の障壁が二人を包み込む。
炎槍が激突し、轟音とともに爆ぜる。
衝撃が地面を揺らし、校舎の窓ガラスが震えた。
しかし、レイナは一歩も退かない。
「虹野先輩!」
「今です!」
「ああ!」
龍之介が一気に踏み込む。
黄金の雷光が一直線に白狼へ迫る。
「雷閃・双牙!」
交差する二振りの短剣。
白狼は片腕だけで魔法陣を操作する。
紅い障壁と黄金の斬撃が激突する。
バチィィンッ!
耳をつんざく衝撃音。
障壁には亀裂が走る。
「もらった!」
龍之介がさらに踏み込んだ、その瞬間――。
白狼は初めて笑った。
「惜しい」
低く呟く。
「戦術権限――最終段階解除」
胸元の《メーティス》が深紅に輝く。
同時に、百二十八枚あった魔法陣が一つへと収束していく。
圧縮。
凝縮。
膨大な魔力が一点へ集まる。
空間そのものが悲鳴を上げた。
レイナの《メーティス》が悲鳴のような警告を発する。
【危険】
【超高密度魔力反応】
【回避を推奨】
「虹野先輩!」
「下がって!」
しかし、もう遅い。
白狼は静かに右手を振り下ろした。
「紅蓮崩界」
世界が赤く染まった。
圧縮された魔力が半球状に爆発し。
校庭全体を飲み込む。
ドォォォォォンッ!!
轟音。
衝撃波が観客席を吹き飛ばし。
グラウンドは巨大なクレーターへと変わる。
黄金の障壁が一枚、また一枚と砕け散る。
「くっ……!」
レイナが歯を食いしばる。
それでも支えきれない。
最後の障壁が砕けた瞬間。
衝撃波が二人を飲み込んだ。
「がっ……!」
龍之介の身体が宙を舞う。
レイナも数十メートル先まで吹き飛ばされ、地面を何度も転がった。
土煙が晴れる。
龍之介の魔導短剣はすでにない。
膝をつき、かすれた声を絞り出す。
「神……代……」
そのまま意識を失った。
レイナも監察官バッジの輝きを失い、浅く息をするだけだった。
白狼は静かに二人を見下ろす。
「見事だった」
そう言って視線を移す。
その先では、黒い炎を纏う一人の少年が立っていた。
――
「ならば、こちらも作戦を変えよう」
悠真は静かに立っていた。
その瞳の先には、ダニエル・クロス。
そして、白狼。
二人は同時に《メーティス》へ触れた。
紅と蒼の演算光が重なり合う。
【二重複合術式――同期完了】
互いの術式をリアルタイムで同期する。
一つの巨大な演算体と化す。
それは世界でも限られた部隊しか扱えない。
現代魔法の究極形だった。
ダニエルが駆ける。
白狼が詠唱を開始する。
雷撃、炎、暴風、氷刃、重力。
五系統の魔法が、一斉に悠真へ襲い掛かった。
空間そのものが悲鳴を上げる。
だが。
悠真は動かなかった。
黒い炎だけが、静かに揺れている。
『悠真』
肩へ、小さな手が添えられた。
サラ。
最後の妖精。
その淡褐色の瞳は、どこまでも穏やかだった。
『怖い?』
悠真は少しだけ笑う。
「実は少しだけ。でも……守りたい」
サラも微笑む。
「だよね……あたしも実は少しだけ怖いよ……」
「でももう……あたし、決めたよ」
その瞬間だった。
サラの身体が、優しい翡翠色の光となる。
舞い上がる無数の粒子。
それが悠真を包み込み、黒炎へ溶け込んでいく。
世界から“音”が消えた。
更なる“黒”が迸る。
新月の夜空より、さらに深く。
全ての天体を内包したような、“漆黒”の輝き。
サラの声が、悠真の心へ直接響く。
その声に、普段の幼さはなかった。
『契約者よ、あなたへ最後の鍵を託します』
――古代精霊魔法。
それは、失われた『星黒焔』の真の開放。
漆黒の光が半球状に広がった。
『星焔天蓋』
――かつての精霊女王が遺した護りの魔法。
校庭全体を包み込む巨大な結界。
今まさに射出されんとする、蒼い雷撃、紅い炎、白い暴風。
そのすべてが、音もなく漆黒の光へ溶けて消えた。
「消え――」
ダニエルが目を見開く。
「違う」
白狼が低く呟く。
「消されたのではない……」
「術式そのものを書き換えられ――」
白狼が驚愕に目を見開いた瞬間。
二人の胸元で、現代魔法の神たる《メーティス》が悲鳴を上げた。
【警告:未知の術式論理による強制介入】
【警告:防衛不能――全システムエラー】
二人の視界のホログラムが、真っ赤な警告色で埋め尽くされる。
次々とエラーを吐き出しては、弾けて消えていく。
現代魔法の『神』が。
目の前の少年によって、ただの子供の落書きのように上書きされていた。
「俺の精霊魔法は、お前たちの現代魔法とやらを拒絶しない」
ただ、圧倒的な別次元の理が――
全てを凌駕し、貪り喰うだけだった。
悠真は静かに右手を前へ伸ばした。
“漆黒”が一本の刃を形作る。
「行くぞ」
一歩。
悠真が無造作に距離を詰める。
それだけで、特務機関の化け物二人の背中に冷や汗が噴き出した。
彼らの目には今、悠真の姿が世界の理を破壊する“死神”に見えていた。
「お前たちが崇めるその神は」
漆黒の刃の先を白狼の喉元へ突きつけ、冷たく告げる。
「俺たちにとっては――」
「ただの薄っペらいゴミだよ」
――次の瞬間、景色が消えた。
黒き刃が一閃する。
音もなく、ただ世界の理を刈り取るように。
ガキィィィィィン!!!
「なっ――あ、がはっ!?」
白狼の数十枚の紅い魔法陣が、まるでガラス細工のように爆散した。
衝撃波が吹き荒れ、ダニエルの蒼い障壁も根こそぎ砕け散る。
二人の身体が地面へ激しく叩きつけられた。
「これでも……演算が……追いつか……がっ!?」
ダニエルは悲鳴すら上げられない。
悠真はすでに眼前にいた。
漆黒の衝撃が、二人の腹部を容赦なく抉る。
ドォン!!
「「かはっ……!!」」
世界最凶の二人が地面を無様に転がる。
血を吐き、完全に沈黙した。
ピクリとも動かない。
別次元の力に、手も足も出ず叩き伏せられたのだ。
「……う、そ……だろ……」
薄れゆく意識の淵で、龍之介はそれを見ていた。
自分たちが命を懸けても傷一つつけられなかった怪物を。
ただの一閃で粉砕したクラスメイトの姿を。
(神代……お前、どんな化け物を……隠してやがったんだ……!)
圧倒的な格の違いに戦慄しながら、龍之介は完全に意識を失った。
その凄惨なまでの静寂。
バラバラバラバラ!
耳をつんざく轟音とともに、複数の大型輸送機【C-10】が高速で進入してくる。
機体には“日の丸”と“交差する剣”をあしらった純白の紋章。
日本の対魔導戦最高戦力――SMAだった。
一斉に降下する隊員たち。
そして彼らは、文字通り息を呑んだ。
無様に転がる二人の怪物と、その中心で平然と立つ一人の少年。
白狼とダニエルは、もはや言葉を発することすらできなかった。
瞳に宿っているのは、ただ純粋な『絶望』。
二人は魔導拘束具を装着され、引きずられるように護送されていく。
戦場に本当の静寂が戻る。
悠真は黒い刃を見つめる。
刃は粒子となって消え、サラが再び元の姿へ戻った。
『悠真、お疲れさま』
サラは柔らかく笑う。
「ありがとう」
悠真も柔らかく笑って返す。
――
ゆっくりと歩いてくる人影があった。
レイナだった。
「ありがとう、悠真くん」
監察官としてではない。
一人の少女としての笑顔だった。
周囲では、降下してきたSMA隊員たちが慌ただしく動き回る。
だが、その動きは明らかにぎこちない。
最高精鋭であるはずの彼らが、怯えたように距離を取っている。
悠真の魔力残滓に、誰もが冷や汗を流していた。
「……おい、嘘だろ」
「あの二人を、たった一人で……?」
「魔力計測器がバグってる!」
「数値が『測定不能』から動かないぞ!?」
遠巻きにぶつけられる畏怖と戦慄。
だが、悠真は最高戦力の視線など一瞥もくれない。
ただ静かに歩み寄ると、自分のジャージの上着を脱ぐ。
土埃にまみれたレイナの肩へ優しく、ぶっきらぼうに掛けた。
「……馬鹿だな。レイナ」
「俺を守るなんて二度と言うなよ」
驚いて目を見開くレイナの頭を、少しだけ乱暴に。
だけど愛おしそうにポンと叩く。
「俺の監視役なら、特等席で俺の背中だけを見てればいいんだよ」
――
その様子を見つめながら、サラだけは静かに空を見上げる。
遠い昔を思い出すように。
「……始まっちゃったかな」
その小さな声は、誰にも届かない。
「また……世界に知られちゃった」
秋空を渡る風だけが、その言葉を静かに運んでいった。
――
東京湾海底。《メーティス(JP)》
静かなログが続く。
【報告:事案終結】
【報告:フェーズ3終結】
【収集したデータを関係省庁に転送】
――――この瞬間。
日本の、そして世界の最深部が。
一人の少年を『最優先監視対象』と認定した。
――続く。
次話、「動き出す世界」
<大国が覇権を掛け、《《彼》》を――>




