第12話 「体育祭前夜。百鬼夜行前夜」
体育祭まで、あと六日。
都立渋谷一高は。
熱気に包まれていた。
各部活動も準備を終え。
今は実戦練習の真っ最中だった。
もちろん――。
“M-tube映画制作委員会”も例外ではない。
――
「今日は、実技練習よ」
レイナの一声で。
部員たちが整列する。
大型モニターには。
競技一覧が映し出されていた。
そして、一位配点。
【障害走:三〇〇点】
【棒倒し:三〇〇点】
【大玉転がし:二五〇点】
レイナは、真剣な表情。
三種目を指差す。
「この三つを取れば優勝が見える」
「映像作品だけじゃ勝てない」
「だから実技でも勝つ」
部員たちが一斉に頷く。
「障害走、悠真くんと私」
「棒倒し、廉太郎と悠真くん」
「大玉転がしは三人で参加するわ」
「異論ある?」
「ありません!」
部室に力強い返事が響いた。
――
最初は障害走。
校庭の一角に簡易コースを組んだ。
“魔導障壁”。
“浮遊足場”。
“不規則に動く障害物”。
さらには魔導ドローンまで飛び回る。
本番はこれらの他にも、幾つかのギミックが設置される。
「よーい!」
ピィィ!
開始と同時に悠真が飛び出した。
加速。
跳躍。
一枚目の障壁を壁蹴りで越え。
浮遊足場を蹴って二段ジャンプ。
飛来する魔導球を紙一重で躱して。
わずか十数秒でゴール。
部員たちが静まり返る。
「……速っ」
「魔法、ほとんど使ってないぞ」
悠真は首をかしげる。
「“普通”だろ?」
その一言に全員が苦笑した。
遅れてゴールしたレイナが即答する。
「普通じゃない」
「全国大会レベルよ」
悠真はそんなもんなのかと。
きょとんとしていた。
――
続いて、棒倒し。
「ここは俺の出番!」
廉太郎が拳を鳴らす。
「うおっ!?」
地面の魔法陣へ足を取られる。
その勢いで敵役の棒へ頭突きを決める。
バキッ!
棒が折れた。
沈黙。
相棒、悠真を含む一同。
沈黙。
「……」
「え?」
レイナが額へ手を当てた。
「確認だけど……」
「“折る”競技じゃないわ」
「失格」
――
最後は、大玉転がし。
通常の玉ではない。
直径三メートル。
魔力で浮遊・制御される、特殊な大玉だ。
「息を合わせるわよ」
レイナが号令を出す。
「悠真くん、後ろ」
「廉太郎、右」
「私が左」
「せーの!」
三人同時に押し始める。
ところが。
「え?」
悠真が少し魔力を込めただけで――。
ゴロゴロゴロゴロ!
大玉が猛スピードで転がり始めた。
「速い!」
「止めて!」
レイナが叫ぶ。
廉太郎が必死に追い掛ける。
「待てぇぇ!」
大玉はそのまま校庭を横断。
勢い余って
擬似ゴールゲートを突き破る。
ドォォン!
一瞬静まり返る校庭。
そして。
「ぶはははは!」
部員たちが大爆笑する。
派手な土煙の向こうで。
悠真が頭をかきながら苦笑している。
「……またやった」
「またじゃないわよ、もう……」
レイナは呆れたように笑う。
だが、その胸の鼓動は。
少しだけ速くなっていた。
(ほぼ魔力…魔法の補助なしで)
(あの質量の魔導球をあんなスピードで?)
以前、目の前で襲撃者を一撃で消し去った。
あの圧倒的な背中が脳裏をよぎる。
普段の頼りない天然っぷりと。
その裏に隠された絶大な“力”。
レイナは小さく首を振って。
赤くなりかけた顔を隠すように。
タブレットへ目を落とした。
――
練習終了。
三人は校庭へ腰を下ろす。
廉太郎がスポーツドリンクを飲む。
「形にはなってきたな」
「そうね」
レイナがタブレット端末を見る。
「障害走はトップクラス」
「棒倒しも十分戦える」
「大玉も……」
一瞬だけ悠真を見る。
「暴走しなければ」
「そこ強調する?」
三人は思わず笑った。
ふわりと。
悠真の頭に降りてきたサラも一言。
『ほんと、悠真次第だね!』
(うっせえっての)
随分、学生らしい時間が戻ってきた。
そんな、穏やかな夕暮れだった。
――
そして。
体育祭前日。
校舎には巨大な横断幕が掲げられる。
【第××回 東京都立渋谷第一魔導高専 体育祭】
校門前に、報道ドローンが飛び交う。
「いよいよね」
レイナが小さく呟く。
悠真は横断幕を見上げる。
「なんだかんだ、楽しみだ」
その言葉に、廉太郎も拳を握った。
「優勝!狙おうぜ!」
しかし――
その裏側では、世界の思惑が交錯していた。
――
某日、太平洋沖。
濃い霧に包まれた貨物船。
表向きは民間輸送船。
しかし船内最上階の会議室は。
“完全通信遮断空間”となっていた。
円卓を模した黒いテーブル。
向かい合う二人の男。
一人は、金髪に青い瞳を持つ男――
【アメリカCIA】
【特別魔導諜報機関“Orpheus”】
《ダニエル・クロス》
もう一人は、
黒い立ち襟のスーツを着た東洋系の男。
感情を一切表に出さない、鋭い眼差し。
【中国MSS】
【国家魔導院“円卓”】
《コードネーム:白狼》
数秒の沈黙。
先に口を開いたのは白狼だった。
「先日のご遊戯会は楽しかったかい」
ダニエルは肩をすくめる。
「見ていたのか」
「当然だ」
白狼は小さく笑った。
「渋谷駅西側、交戦時間、二分十一秒」
「使用術式は――」
場所、日時、接触時間まで。
まるでその場にいたかのような精度だった。
「……なるほど」
ダニエルは苦笑する。
「監視ではない」
白狼は静かに続ける。
「情報収集だ」
「日本国内で我々が目を持たないと思ったか?」
部屋の空気が少しだけ重くなる。
しかし、ダニエルは動じない。
「こちらも一つ訂正しておこう」
「君たちが我々の通信へアクセスしていたことは把握済みだ」
今度は白狼の眉がわずかに動いた。
「……ほう」
「《メーティス》の監査ログを削除したろう?」
ダニエルはタブレットを机へ置く。
画面には一枚のログ。
侵入経路。
暗号形式。
時刻。
“望遠術式”の使用履歴すら。
すべて記録されている。
「君たちが得たのは“対象者”の戦闘映像だけ」
「君たちの侵入は認知済みだ」
白狼は数秒黙る。
そして静かに笑った。
「互いに」
「一枚上手というわけか」
「いや」
ダニエルは首を横へ振る。
「互角だ」
「だから今日ここへ来た」
二人の視線が交差する。
敵意はある。
だが、今は撃ち合う場ではない。
白狼はゆっくりと紅茶を口へ運ぶ。
「率直に聞こう」
「“対象者”をどう評価する?」
ダニエルは無意識に、己の胸元に触れた。
一瞬、苦い表情が浮かぶ。
「――圧倒的、だな」
「戦術など意味を成さなかった」
「私の『現代魔法の結晶』が、彼の黒炎の前ではまるでガラス細工だった」
白狼の目が、初めて鋭く細められる。
(あの『オーフィアス』にそこまで言わせるか)
ダニエルは続けて、自嘲気味に息を吐いた。
「あれは『力に飲まれていない』からこそタチが悪い」
「本気で敵に回せば、組織ごと焼き尽くされるぞ」
「だから、我々は“保護”を優先する」
白狼は鼻で笑う。
「保護?」
「CIAがそんな言葉を使うとは」
「……珍しい」
「本心だ」
ダニエルの表情から笑みが消える。
「彼は古代精霊魔法を制御している」
「もし暴走していれば、同胞とともに街が一つ消滅していた」
「それでも市民を守ることを選んだ」
「そんな人間は利用するより」
「味方にした方がいい」
その言葉に。
白狼は腕を組む。
「我々の見解は少し違う」
「制御できる今だからこそ確保する」
「いずれ日本政府が兵器として運用する」
「その前に引き抜く」
「それが最善だ」
再び沈黙。
互いの思想は交わらない。
だが、評価だけは一致していた。
「精霊魔法」
「国家戦略級戦力」
二人が同時に口にする。
そして。
ダニエルが静かに言った。
「もっと厄介なのは」
「彼自身じゃない」
白狼も頷く。
「ああ、あの存在だ」
「認知はできないが」
「おそらく存在する」
最後の妖精。
存在するならば……。
その価値は、計り知れない。
「最後の生き残り」
「契約媒介者」
「古代文明そのもの」
白狼が静かに目を閉じる。
「もし確保できれば――」
ダニエルは即座に否定した。
「だからこそ」
「絶対に兵器利用は許さない」
白狼は薄く笑う。
「建前は立派だ」
「だが、国益の前では、どこの国も同じだろう?」
ダニエルは否定も肯定もしない。
その沈黙こそが答えだった。
白狼は椅子から立ち上がる。
「今回は互いに手を出さない」
「だが」
「“お誂え向きの催事”がある」
「そこで何か起きた場合は別だ」
ダニエルも立ち上がる。
「その時は」
「遠慮なく」
二人は最後まで握手を交わさない。
扉が閉まる直前。
白狼が振り返り、小さく呟いた。
「もっとも……」
「我々以外も」
「すでに動いているがな」
その一言で、ダニエルの表情が初めて曇る。
「……ヨーロッパか」
「それとも中東か」
ダニエルの脳裏に、かつて自局の協力者を次々と内通させ、
闇に葬ったとされる正体不明の“潜入者”たちの影がよぎる。
白狼は答えない。
ただ、静かに去っていく。
船に再び静寂が戻る。
だが。
二人とも理解していた。
“天城悠真”を巡る争奪戦は。
もはや米中だけではない。
世界中の国家と組織が、水面下で動き始めていた。
――
同時刻。東京湾海底。
《メーティス(JP)》の疑似神経回路が、激しく赤く明滅する。
【警告:米中が接触】
【予測:特殊魔導戦力、国内流入】
【警告:複数の国家機関と推測】
【衝突確率:九八%】
【想定戦場:東京都立渋谷第一魔導高専・体育祭】
【フェーズ3へ移行】
――続く。
次話、「体育祭」
<遂に始まる規格外の体育祭。招待されざる客が>
※本作はカクヨム様と同時投稿を行っております。




