第10話 「動き出す思惑。拒絶なき接触」
長かった夏休みが終わり、九月。
都立渋谷第一魔導高専にも。
ようやく日常が戻ってきた。
――もっとも。
この学校でいう“日常”が。
世間一般の“それ”と同義ではないことを。
悠真は、理解していた。
始業式を終えた直後。
ホームルームの教室は。
担任の言葉で一気にざわつく。
「さて」
「今年も二学期最大のイベント」
「“体育祭”の準備を始める」
教室前方の大型スクリーンに。
昨年の映像が映し出された。
空中を飛び交う魔力を帯びた球。
風を纏って疾走する選手たち。
様々な魔法を利用した障害物競走。
そして。
競技の様子を無数の魔導ドローンが撮影し。
《M-tube》で全国へリアルタイム配信している。
「……体育祭?」
悠真は思わず呟く。
「いや、これ、本当に体育祭か?」
隣の廉太郎が肩をすくめた。
クラスメイトが口々にまくし立てる。
「この学校じゃ普通だって」
「去年なんて決勝戦で校庭半分吹き飛んだらしい」
「普通じゃないだろ!」
教室中が笑いに包まれる。
そんな中、担任は淡々と続けた。
「今年も部活動対抗形式だ」
「競技だけでなく、映像作品や広報活動も評価対象になる」
「各自、部活に入っていない者は参加を希望する部活動を決めておくように」
その瞬間。
教室の空気が変わった。
ガラッ!
勢いよく扉が開く。
「天城悠真!」
「うちの陸上部へ来い!」
「いや、空手部だ!」
「飛行器研究会なら世界を狙えるぞ!」
「サッカー部はどうだ!」
次々と現れる上級生たち。
あっという間に悠真は囲まれてしまった。
「え、えぇ!?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
次々と教室に雪崩れ込んでくる上級生たち。
あっという間に。
悠真は怒濤の怒号と。
チラシの山に囲まれてしまった。
堰を切ったように。
各部活の勧誘合戦が始まったのだ。
“これまでの事件”で噂を集めたこともあるが。
それだけではない。
入学以来、体力測定では学年トップ。
いや、過去最高のスコアを記録していた。
反射神経。
持久力。
瞬発力。
いずれも群を抜いて。
もともと「隠れた逸材」として知られていた。
「五十メートル、五秒一!」
「魔力強化なしの生身でだぞ!?」
「 陸上部のエースが魔力使って、やっと四秒八なのに」
「なんで、お前が一番速いんだよ!」
「反射神経の測定器もバグらせたってマジか!?」
「絶対、野球部がもらう! 」
「お前さえいれば」
「今年の体育祭は勝てる!」
「バスケ部にきてくれ!学食一年分出す!」
詰め寄る先輩たちの迫力に。
苦笑するしかなかった。
「そんなに運動神経いいの?」
レイナが少し意外そうに尋ねる。
「昔から体を動かすのは好きだったから」
「小さい頃から、その辺を走り回ってたし」
「だから、魔力制御も身体感覚かな」
レイナは納得したように頷く。
「だから、近接戦闘の勘も良かったのね」
その言葉に。
悠真は、少し照れくさそうに頭をかく。
一方で廉太郎は腕を組みながら唸っていた。
「俺には一件も勧誘が来ないんだけど?」
「まあ、現実は厳しいな」
「ひどっ!」
三人は思わず吹き出す。
――
昼休み。
校舎裏の中庭。
悠真と廉太郎の前に現れたのは。
レイナだった。
「二人とも、まだ部活決めてないわよね?」
「うん」
「実は、お願いがあるの」
レイナは少しだけ照れながら。
一枚のチラシを差し出した。
そこには大きく書かれていた。
『《M-tube映画制作部》部員募集中!』
「映画部?」
「正確には、動画制作の同好会」
「体育祭では、各競技映像やPV制作を担当するの」
「もちろん、競技にも参加するわ」
廉太郎が目を丸くする。
悠真が続けて尋ねる。
「監察官なのに映画部?」
「……趣味よ」
「映像編集、好きなの」
レイナは少しだけ頬を赤くし。
それから悠真だけに聞こえるような。
小さな声で付け足した。
「それに……」
「あなたのあの『黒炎』を一番綺麗に撮れるのは」
「私しかいないでしょ」
「え?」
「な、なんでもない!」
レイナはガッと真剣な表情へ戻り。
その感情を誤魔化すようにチラシを握りしめた。
「とにかく、狙うは優勝よ」
「二人がいてくれたら、心強いわ」
廉太郎と顔を見合わせる。
答えは決まっていた。
「よろしく」
「今年は一緒に頑張ろう」
レイナは嬉しそうに微笑む。
「ありがとう」
その笑顔を見た瞬間。
この部活を選んでよかったと思えた。
そして、
俺の肩にちょこんと乗ったサラも楽しそうに聞いている。
「あたしも!がんばるね!」
(いや……)
(サラはカメラに映らないというか)
(俺にしか見えてねえんだけどな……)
――
その日の放課後。
校門を出た悠真は、一人で駅へ向かって歩いていた。
ふと視線を感じる。
振り返るが、人混みしかない。
「気のせい……か?」
そう思った次の瞬間。
「天城悠真君、だね?」
聞き慣れない低い声。
黒いスーツを着た長身の外国人男性。
歩道橋の影から姿を現した。
二〇代後半ほどだろうか。
整えられた金髪。
青い瞳。
柔らかな笑みを浮かべているが。
その眼差しは鋭かった。
「初めまして」
流暢な日本語だった。
男は胸ポケットから一枚のカードを取り出す。
そこには見慣れない紋章と英字が刻まれていた。
『Orpheus』
男はカードを軽く差し出す。
「私はダニエル・クロス」
「アメリカ政府CIA」
「特別魔導諜報機関だ」
悠真の表情が引き締まる。
「少しだけ、話をしないか?」
ダニエルは穏やかな笑みを崩さない。
しかし。
その一言には“大国の諜報機関”が。
“拒絶”を許さない圧が満ちていた。
(……なるほど)
(行政管理系国家AIの目を盗んで潜入してきた、本物のプロか)
ダニエルは完璧な隠密術式で自身の魔力を偽装している。
だが、悠真のポケットの中で燻る『黒炎』の熱は。
その高度な欺瞞すらも。
まるで最初からそこにあるかのように。
冷徹に捉え。
見切っていた。
肩の上の相棒に、意識だけで呼びかける。
(サラ――)
『分かってるよ』
『いつでもいけるよ』
脳内に直接響く、心強い声。
それを合図に。
俺はポケットの中で静かに指先を鳴らした。
いつでも引き出せるその『黒炎』の熱が。
ダニエルの魔力波形を正確に見切っていた。
「いいですよ」
悠真は、フッと口元を緩めて歩き出す。
「ちょうど……」
「貴国の技術にも興味があったところです」
その言葉に。
今度は、ダニエルの笑みがかすかに凍りついた。
何故か、世界が自分を狙い始めている。
だが、奴らはまだ知らない。
狙っている存在が。
どれほどであるかを。
――
東京海底。《メーティス(JP)》
冷徹にその“力関係”を演算する。
【警告:米国が対象に接触】
【予測:対象による『迎撃』の可能性】
【――九八%】
【記録《Record》を開始】
――続く。
次話、「その価値。交錯する影」
<海の向こうからの刺客。その価値とは>
※本作はカクヨム様と同時投稿を行っております。




