第9話 臨海新都心騒乱 4「夏の終わり。それぞれの思惑」
臨海副都心でのあの大規模な魔導事件から。
五日が経っていた。
ネットやSNSでは。
「巨大な黒い炎を見た」
「少年が燃えていた」
なんて有象無象の目撃情報が飛び交っているらしいが。
それらはすべて『国家情報管理AI』によって。
瞬時に消去・統制されているらしい。
世間へ発表された公式発表は、ただ一言。
『違法魔導兵器によるテロ事件』
――そんな風に真実が隠蔽された静かな取調室の中で。
俺はパイプ椅子に深く腰掛け。
頭の中にだけ響く小さな声に耳を傾けていた。
『あのおんなが使ってたの超古代に存在してた“召喚魔法”の模倣品だよ』
『本質を理解してないから、無理やりバグを起こして具現化させてたの』
『……詰まるところ、ただの偽物』
サラのその推測を聞きながら。
俺が小さく生唾を呑み込んだ。
その時だった。
「……以上で事情聴取は終了です」
目の前に座る魔導警察“公安”の取調官の声で。
俺はハッと我に返った。
――
霞が関。
魔導警察“公安”本部。
取調室を出た悠真は。
大きく伸びをした。
「やっと終わった……」
“あれ”から何度目になるか分からない事情聴取。
戦闘の経緯。
黒炎について。
敵の特徴。
サラの存在は上手く躱しつつ、過不足なく答弁したつもりだ。
公安本部からの要望として。
国家機密として口外しない限り。
俺が壊してしまった物などの責任は。
全て不問に付してくれるとの事だった。
廊下には廉太郎が壁にもたれ掛かっている。
「お疲れ、英雄」
「やめろよ、その呼び方」
「いやいや」
「俺は全部見てたからな」
廉太郎は笑いながら肩を叩く。
「まさか、お前があんなバケモン倒すとは」
「夢中だっただけだ」
悠真は苦笑した。
「その夢中で街一つ救うんだから十分すげぇよ」
二人は顔を見合わせて笑った。
あの日から、どこか廉太郎とも
また距離が縮まった気がする。
――
その頃。
魔導技術局・特別監察室。
神代レイナは一枚の報告書を見つめていた。
自身がまとめたものだ。
画面に表示されているのは――
【機密指定:SSS】
【対象:天城悠真】
【危険度評価:測定不能】
『対象者の保護を提案』
『現行の現代魔法体系で彼を縛ることは不可能』
『敵対は国家の不利益であると判断する』
自身のコメントを読み返し、レイナは静かに署名を入力した。
これを提出すれば、魔導技術局の上層部は。
悠真への安易な強制介入を諦める。
彼個人を最優先で匿うための方便。
「これで……いい」
端末を閉じるレイナの指先は、微かに震えていた。
もう彼は、ただの監視対象ではない。
自分にとって、世界で最初の――。
少なくとも、レイナはそう信じていた。
――
それから数日後。
八月も終わりが近づいていた。
「終わらねぇぇぇぇぇ!!」
都立渋谷第一魔導高専の図書室。
廉太郎の絶叫が廊下へ響き渡る。
「魔導理論レポート十五枚とか誰が考えたんだよ!」
「まだ一ページしか終わってない!」
悠真は机へ突っ伏していた。
「俺も似たようなもんだ……」
夏休み最後の三日間。
二人は大量の課題と格闘していた。
色々な教科の魔導技術的レポート。
そして、古代史分野。
「……無理だ」
悠真が鉛筆を置く。
「俺、古代史だけは本当に苦手」
「というか、お前は古代文明そのものに巻き込まれてるだろ」
「笑えない」
その時だった。
「失礼するわ」
コンコン、とノック。
レイナが紙袋を抱えて入ってくる。
「差し入れ」
「アイスよ」
廉太郎が勢いよく立ち上がる。
「レイナ様!」
「救世主!」
「課題、終わってないんでしょ」
「バレてる」
レイナは呆れたようにため息をつく。
「仕方ないわね」
「今日は特別」
「監察官じゃなくて、家庭教師をしてあげる」
三時間後。
「ここ、この魔法式の導出が間違ってる」
「え?」
「だから、この座標変換」
「こう」
さらさらと数式を書き換える。
「うわ……」
「一発で分かった」
悠真は感心する。
レイナは学年首席。
勉強は、勿論トップクラス。
廉太郎が苦笑いする。
「戦えて、頭もいい。反則だろ」
「努力してるだけ」
レイナは少しだけ。
照れくさそうに笑った。
その笑顔を見た悠真は、ふと。
事件の日を思い出す。
瓦礫の中で。
自分へ向けられた「ありがとう」という一言。
あの時から、廉太郎以上に。
二人の間には確かな信頼が芽生え始めていた。
――
夕焼け。
課題はすべて終わった。
三人は学校の屋上でジュースを飲んでいた。
「結局、今年の夏は何だったんだろうな」
廉太郎が空を見上げる。
「合宿行って」
「襲われて」
「夏祭り行って」
「博覧会行ったら」
「また襲われて」
「最後は街を救う」
それを聞いた、悠真が笑う。
「普通じゃない夏休みだった」
廉太郎が、鼻で笑いながらツッコむ。
「普通じゃないのは、お前の人生だけだ」
「来年は普通に過ごしたいよ」
その言葉に、レイナはどこか遠くを見るような表情を浮かべた。
「……そうね」
だが。
その願いは叶わない。
誰よりも彼女が知っていた。
――
その頃――
日本から数千キロ離れた海上。
一隻の大型諜報艦。
暗い作戦室のモニターへ。
一人の少年の映像が映し出される。
【天城悠真】
【黒炎を纏う姿】
それを見つめる男が静かに笑った。
「やはり本物だったか」
壁には。
蒼く発光する“鷲”をあしらった紋章。
【Orpheus】
――米国CIA・特別魔導諜報部門。
ギリシャ神話の冥府下りをなぞる。
その不吉な組織名。
彼らがその“深淵”の底から引き揚げた、現代魔法の究極がそこにあった。
「各班へ通達」
「日本へ潜入し、“契約者”《ユウマ・アマギ》を《《保護》》せよ」
――
時を同じく。
大陸の巨大地下施設。
円卓を模した巨大な会議室。
「精霊魔法、日本には惜しいな」
壁へ刻まれた、紅い“龍”を象った紋章。
【円卓】
――中国MSS・魔導諜報部門。
大陸の龍を掲げながら。
その本質へ冠された名は。
奇妙にも西洋の騎士を思わせる“円卓”
「我々が確保する」
「必要なら、力づくで」
――
そして。
東京湾海底。《メーティス(JP)》。
世界からの同時多発的な『クラッキング』を検知。
防衛システムが火花を散らす。
【防衛:CIA特別部門からのアクセスを遮断】
【防衛:MSS特別部門からのアクセスを遮断】
【警告:国際的争奪戦の可能性を検知】
【脅威レベル:S】
夏が終わる。
“天城悠真”を巡る戦いが、今まさに始まる。
――続く。
次話、「動き出す思惑。拒絶なき接触」
<各所で始まる争奪戦。動き出した思惑>
※本作はカクヨム様と同時投稿を行っております。
――臨海副都心騒乱編、これにて閉幕です!
悠真の黒炎を巡り、アメリカCIA、中国MSS、そして世界が動き出します。
国家を欺くリスクを背負ったレイナの明日はどこへ向かうのか……!
次回から、物語は新章【体育祭編】へと突入します。
“各所”で悠真争奪戦の火蓋が、ついに切って落とされます!
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