その38 マーリンの異母兄、テルマス
ソフトネールの作戦は失敗した。
彼女の計画では、近寄ったマーリンに憐憫さを見せつけ、そのまま男爵家になだれ込むつもりだった。
マーリンを拐うような男達も、勿論いなかった。ランナーズは自ら協力するからと、馬車でここまで送ってくれて通行人も演じてくれたのだ。
「ぐやじい。何よ、何よ。一人で男爵令嬢を続けて。私がこんなに苦労しているのに!」
ハンカチを握りしめて悔しがるソフトネールだが、彼女がいた時に、マーリンが男爵令嬢のような扱いを受けたことはない。
男爵令嬢を続けての部分は間違いである。
「まあまあ。ガッカリしないでよ。また何か考えよう」
「あんたはいつも適当ね。良いわ、また協力してね」
ソフトネールの悪事は、せいぜいこんなもんである。彼女は両親を見て歪んだ価値観を持った、根は優しい(単純)な少女だった。だからこそ言動がチグハグで、ランナーズの琴線に触れたのだ。
豚小屋横の彼らが住む宿舎に戻ると、彼女の兄、テルマスが顔を出す。
「なんだなんだ。失敗したのか? だらしないな。今後はこの俺に任せて、大人しく待ってろよ」
再度説明しておこう。
マーリンの母グレースは面食いである。
父ブルラベリも、テルマスも、ソフトネールも、義母ジュレネも美しい顔をしている。それ故に若い頃にちやほやされ、甘やかされた黒歴史を持つ。未だにその気持ちのままで、大人に成りきれていないのだ。
顔だけが良いと馬鹿にされる鬱憤を、弱い者にぶつけるようになったのは悪癖だ。
グレースは優しくて美しかった。ブルラベリは好意を持ち愛人にしたつもりだが、グレースは普通に平民と同じように接していた。自由恋愛的な感じで。
援助はされなくても、それは平民彼氏と付き合っていた時と同じなので気にならなかった。ただ時々高圧的なのが嫌だったが、いろんな性格の人がいると思っただけ。これが上位種エルフの余裕であり、失敗だった。マーリンの為なら、寿命が尽きる前にその地から離れるべきだった。
面食いが禍したのだ。
ブルラベリが子爵でも伯爵でも、顔が良くなければ付き合っていなかった。グレースの唯一の欠点であった。
さておき。
そんな花畑一家長男、テルマスは自信気にソフトネールに告げる。
「俺が頼めば何とかなるさ。なんと言っても愛されているからな、マーリンに」
その余裕な笑みに、彼女はうんざりした。
血の繋がる妹にセクハラしていたのを、彼女は知っていた。だから何気に邪魔したり、マーリンを呼び出して買い物に行かせたりしていたのだ。
(だって家族でそんなこと、気持ち悪いでしょ!
それに愛していたなら、あっさり置いて逃げないと思うわ。しょせんお兄様も、お父様そっくりの節操なしなのよ)と、口には出さないけれど思っていた。女は立場が弱い。それは貴族も平民も同じだから。
◇◇◇
ランナーズはテルマスにも手を貸すと言う。だが彼ではなく、彼の妹のラブセブンが。
ラブセブンはストレートな赤髪に、黒い瞳で眉太めの迫力美人だった。
「勿論報酬は貰うわよ。お金でも良いし、なければ体で支払って貰うわよ」
「OK、OK! 大丈夫だよ。俺絶対失敗しないから!」
二人は笑顔で握手していたが、ラブセブンの握力が強くテルマスは顔を歪めた。すぐに元に表情を戻すのはさすがだが。
そしてソフトネールは気づいてしまった。
(この人、妹じゃない。きっとオネエさんだわ)
ランナーズはソフトネールに、しーっと人差し指を唇に当てウインクする。妖艶な微笑みにドキリと胸がときめいたのは内緒だ。
ソフトネールは兄にも戒めが必要だと思い、知らないふりをしたのだった。




