その35 軍務副大臣ダグレット
「漸くあの目障りな若造が居なくなったわい。これからこの国は覇王の道を目指すのだ。この俺とな! わっはっはっ!」
ソレルの部下で68才の、ダグレット・ガルガンシア伯爵はご機嫌だった。ソレルが亡くなり繰り上がりで昇進したからだ。
彼は戦争により領土を拡張したい好戦主義者だ。
今の時代に合わない愚物。
熊のように大きく腹が出た不摂生の体には、軍人としてのストイックさがなく、野心ばかりで目がギラギラとしていた。70才近い老人に何も言うこともないとまわりは飲み込むが、時々身分差を理由とする理不尽や暴力には看過出来ないものもあった。
若かりし頃。
彼よりずいぶん若いソレルが、彼の上役に就いたのにはそのような経緯がある。国王は無用な争いを避けたい派だ。
「やっと穏やかに暮らしているのに、止めてくれよ」
リンデン国王は平和主義者だった。もしダグレットと同じ思考だったなら、バージルが猫を愛でている暇はなかっただろう。
そんなダグレットが軍のトップに就いたのだ。
けれど彼の栄華はそこで終わり。
現国王の方針は平和路線なので、ダグレットが何を言おうが平行線である。代わりにソレルが進めていたのは、災害した小国への物資援助が中心だった。各要望書に目を通し、その国の悪政府に横流しされないように物資を送る繊細な仕事だ。
相応しい人事を調整し、仕事と予算を割り当てるのがソレルの仕事だった。投げっぱなしではなく、常に話を聞きながら必要な情報を与えていく彼には、他にも決議して職員に振り分ける仕事が山積みだった。優秀な彼だったから熟せたと言えなくもない。
あくまでもソレルの第一は自己の研究で、それに時間を当てても業務が回っていたとも言える。ぶっちゃけそれぞれの案件に対し効率最優先で、誰に任せれば一番適切で手がかからないか見抜き、平民貴族関係なく業務を任せた。
最初は反発があった現場も、結果が付いてくることで互いに認めはじめ団結していた。現場実力主義は身分の差を縮めたのだ。
なので権力だけのダグレットには、ソレルは重要な仕事を任せていないことを彼は気づいていなかった。
ソレルお得意のアルカイックスマイルで、彼を言い含めて邪魔させないように、かつ「重要な仕事ですので、貴方にお任せするんです」と持ち上げて閑職に追いやっていたことも。持ち上がりでトップに就いても、彼には何も出来ない。出来ないことを周囲も知っている状況だ。
だから今はダグレットの下に就いた副大臣、ニコレ・ドボルレイク伯爵が次々に仕事を振り分けていくので、ダグレットの出番はない。下手な指示を出されても困るので何もしない方がましと思われている。
その時間でダグレットがリンデン国王に面会し、開戦の話をすると宰相コンフリーが顔をしかめる。
「どうして友好を築いた国を攻めるのか? 何の為の各国への支援だと思っているんだ!」
コンフリーから言われたことにカチンとするダグレット。
そして仕事はどうしたと叱責され部署に戻るのだ。
「何故国王は、コンフリーなどを傍に置くのだ。あれが居るから王と話が進まんのに!」
憤るダグレットは何も出来ないし、彼の部下であるはずの者も業務が多忙でと彼に従わない。
ただ彼は生家から連なる権力を使い、昔から悪事に手を染めていた。それこそが他種族の人身売買や薬物・ご禁制品の輸入である。それは彼の祖父の代、あるいはそれ以前から続けられていた裏の家業。
ソレルはその繋がりを密かに利用し、見ばれしないように錬金術の材料を手中に収めていた。取り引き相手にはばれても、ダグレットには気づかれてはいなかったが。
ダグレットが副大臣に就き続けた理由はそれだけだった。ソレルが庇い続けた理由も。
不在となったソレルはもう、彼を庇ってくれない。
お得意様をなくした裏の家業の者も、この国を離れていった。
そして彼は、些細な揉め事で免職になり城を去ることになった。
「何故だ? 今までだってこんなことはあったのに! クソッ」
本当に彼は余計なことしか、していなかった。裏の家業の者は大臣という職をなくし利用価値がなくなったタグレットを切り捨てた。自分達が巻き込まれないように。
これまでの被害者家族達にダグレットの情報を流し、彼らから報酬を得てダグレットを始末する。
被害者家族達に刃物を渡し、魔法でタグレットの動きを止めて恨みを晴らさせたのだ。家族にとっては裏の家業の者も同じ悪人だが、「タグレット頼まれたから仕方なく」だと言われ罵声を飲み込む。
最期の仕上げは彼が行う。
これで彼らは殺人犯ではなくなる。
「な、何で裏切るのだ。優遇してきたのにー、痛い、止めないかっ!」
「お世話になりました。でも私も、上からの命令なのです。では、さようなら」
「ズバッ、グサッ、ひぎゃあああああっ」
断末魔を聞き、命が消えた。
それでも連座になるような証拠を残さないのは、今までの恩情だ。
ダグレットは余りにも愚か過ぎた。
「今までの利益で満足していれば良いものを。私達に戦争の片棒を担がせようとするからこうなったのだ。リンデン国王を殺害して、その罪を隣国の諜報員の仕業に見せろだなんてずいぶんな時代錯誤。昔からの付き合いだから、命一つで手を退いてあげるんだってさ。家のボスは優しすぎるよ」
裏の家業の一人が呟き、ダグレットは裏路地に転がされた。権力主義な彼は平民女性にむたいを強いたり、平民や下位貴族をあからさまに虐げていたから、恨まれた上の反抗だと判断された。詳しい捜査はされず、ガルガンシア伯爵家は突然のことに唖然とした。
タグレットは半ば借金の肩代わりに娶った妻とその子供を信用しておらず、裏の家業のことを彼らは知らなかった。彼が金を注いだのは気に入った愛人達だけだった。その愛人達も飽きればゴミくずのように投げ捨ててきた。
だから彼の死を悲しむ者はおらず、伯爵家の妻子や使用人達はやっと安堵したほどだった。ずっと虐げられてきたのだから。
ダグレットは爵位をずっと離さず、息子とて使用人のような扱いだった。彼の死で伯爵家はやっと普通に近づいたのだ。知らぬ間に裏の家業の者達が、今までの取引先や名簿などこの国に関わる全てを揉み消していく。そして隣国に拠点を移すことになった。
この国にはエルフの入国が相つぎ、今までの所業を嗅ぎ付けられることを避けることも、この国を去る理由だった。証拠から気取られる可能性を嫌ったのだ。
それが伯爵家の為にもなったのはついで。
裏の家業の者は孤児が多い。
そんな彼らでさえ、ガルガンシア伯爵家の人を憐れに思ったほど酷い惨状だった。今は亡きダグレットの両親は、生きている間彼を甘やかし妻子は虐げられてきた。嫁に行った彼らの姉妹が、その母と弟に援助するくらい何も与えられてこなかったから。
妻は奴隷、息子は部下くらいに思っていたのだろう。その息子は嫁と子を必死に守り通したことで、絆は強かったから今後伯爵家は発展していくかもしれない。
ダグレットは独自の私兵を内緒で持ち、多額の領地の税収を投入していた。これにより困窮するほど伯爵家には金が無かったのだ。その私兵達は裏の家業の者が、ダグレットの溜め込んだ裏金で退職金を支払い解体させた。その金があればすぐに山賊や盗賊に堕ちることもないだろう。
伯爵家の資金難は、これでいくらか解決するはずだ。十分に実りのある領地を保有しているのだから。
そんな感じでひっそりと、この国の裏の家業が姿を消した。
夜逃げしたマーリン・オレット男爵令嬢の父、ブルラベリ・オレットは、裏の家業から金を借りて逃げた。主に豪遊した果てに。
マーリン以外のオレット一家は、彼らに捕まり、労働させられていた。それこそ、あらゆる厭う仕事を。
そして裏の家業の者が、マーリンの処遇を彼らに伝えると彼らは怒り出した。
「あいつだけ幸せにしてなるものか」と、見当違いに。
裏の家業の取り立ての怖さを知り、爵位も捨ててマーリンを置いて逃げたのに、貶めようとした者に対してこんな感情を抱く矛盾。
裏の家業の者は思った。援助を受けて立ち直った今の男爵家なら、ブルラベリ男爵の借金を払えると思ったから話したのに。これでは彼らが頼むのは無理だろうねと。
でも………。
どうするべきか、上司に仰ぐと意外な返答を得たのだ。
マーリンに、受難がふりかかりそうな予感がする。




