その34 ルバーブ・アルカネット その2
アルカネット侯爵家では、ソレルが財産を持ち逃げしたなどと誰も思わなかった。それだけ彼は周囲を優しく欺いていた。
そして26才を越えていたルバーブは、婚約期間もそこそに、ロエグルト侯爵家の娘リンドロールを妻に迎えた。
金の為だった。けれど結婚後の彼女は、美しく装い妖艶な微笑みでルバーブを虜にした。浮気心も起きないくらいに。
彼女はルバーブに、密かな憧れを抱いていた。その人当たりの良さで、彼女の落とし物を拾い声をかけてくれたこともあったから。
その時は家族に疎外されていたことで、その優しさで心を癒された。
でもそれを見た、ルバーブの恋人達が彼女を馬鹿にする。
「あんな惚けた顔しちゃって、夢見てるんじゃないわよ」
「そうよ、そうよ。あの方の隣は私達くらいの気品や美しさがないと」
「貴女みたいな芋臭い女なんて、相手にされないわよ」
この女達もいい加減にしかルバーブに相手にされていない。お茶に付き合う程度の仲。報われないイライラをリンドロールにぶつけただけだった。
彼の愛人になるような女性は、ナルシスト男ルバーブに見合う美女だけ。
そんな美女でも理由を付け、結婚にいたる前に関係を切ることを繰り返してきた。妻に縛られたくない一心で。
リンドロールはルバーブのことを、清廉潔白で麗しい王子のようだと思っていた。怒りに心渦巻くどうしようもない自分には、容姿以外も釣り合わないと思って。
けれど少し調べると、彼の汚い部分も知ることが出来た。そこで漸く、自分が望んでも良いくらい穢れていると微笑んだのだ。
「ルバーブ様、ずっと一緒にいてくださいね」
「ああ勿論だよ。愛するリンドロール」
微笑み口づけを交わすルバーブだったが、さすがに半年を過ぎて浮気の虫が疼きだした。そしてまだマーリンを諦めない執着も持ち合わせていた。
「あんなに愛を誓ったのに! お金だってたくさん使って邸を建て直したのに、酷いわ!」
困難を乗り越えた愛を信じたかったリンドロールは、やはり彼も実父のようになるのかと絶望した。
マーリンにはバージルもグレースもいるので、ルバーブは近寄れないが、次期侯爵間近の彼の周囲には愛人希望者が多かった。
「私は貴方の愛だけあれば良いの。妻の座など狙いませんわ」
「可愛い奴だ。今夜は泊まっていこう」
「ルバーブ様ぁ、嬉しい~、ありがとう♡」
(愛人ならばいくらいても良いだろう。従順なリンドロールならば、文句も言わず金をくれるだろう。ぐふふっ)
厭らしく笑う彼は、罪悪感など微塵もないのだ。
そんな彼を秘密裏に調査して貰ったリンドロールは、芽生えた命の宿る腹部を撫でて囁く。
「お母様が頑張るから、お父様のことは諦めてくれる? 親子3人で幸せになりたかったけど、私のようになるならいない方が良いわよね」
そして翌日から彼は悪夢に囚われた。常に不眠で体調不良な彼の代わりに、リンドロールが執務に励む。
次期当主の仕事など、実母が亡くなるまで当主教育を受けていた彼女には容易なものだった。
次第に窶れていく彼に、メイドと協力して懸命に介護するリンドロール。その姿に使用人達は心を奪われて「良い奥様だ」と口々に漏らす。ルバーブもその献身に触れ、心が穏やかになるのを感じた。
侯爵夫人のマチルダは公爵家の威光により、嫁いで来てすぐから使用人達をいびっていた反動だろう。
そのマチルダは、リンドロールの持参金で遊び歩いている。現金がないアルカネット家は、税収が入るまではリンドロールの持ち金頼りなのにこの有り様だ。
だから余計に、使用人の心が動いたのだろう。
それにリンドロールは、使用人全員に優しかった。実家から連れてきた使用人がいないことで、「使用人も連れず、お世話になりますね」と来て早々に頭を下げたのも好感を持たれた。
マチルダが遊び歩いているので、その父ロンザ・アンクレット公爵も邸に来ることはなかった。さすがに気が咎めたのだろう。
その間にリンドロールは、ルバーブの愛人達に手切れ金を渡して別れさせた。彼が借りている愛人用に借りている部屋も解約し、その金銭を貯蓄にまわす。
そして嫡男リルフォニーが誕生し、ルバーブは彼にそっくりな息子を見ながら微笑んだ。
「ありがとう、リンドロール。子供は可愛いね」
「はい、とっても。貴方にそっくりで優しそうです」
「僕が優しいなんて。そうなるように頑張るよ」
すっかり体が弱くなり今や車椅子に乗る彼は、親子3人の時間を仲睦まじく過ごしている。
侯爵代理だったマチルダは、愛人との旅行からいつまでも帰らずルバーブが侯爵を継いだ。軽い書類くらいは処理出来るようになり、リンドロールと共に執務を熟している。
使用人とも仲良く、邸の雰囲気が良いのでリルフォニーも穏やかに過ごせている。
リンドロールが何らかの力を使ったのは明らかだが、現在のアルカネット邸は過不足なく機能している。社交界から遠ざかってはいるが、それも仕方ないと今は無理をしていない。
何れリルフォニーが学園に入学してからでも遅くないだろうと、リンドロールは思うのだ。自分の生い立ちを辿りながら、息子は貴族を継がなくても良いとも思っている。
思っている以上にルバーブが子煩悩になったことで、今も彼はここにいる。居なかった未来もあったのに。
たぶん彼は、本当に愛されたことがなかったのだと思う。自由に動けないことで傍にいて自分へ微笑んでくれる息子を、ゆっくりと愛でることが出来たのだろう。身分や資金力で、寄ってきた取り巻きも多かったようだし。
私もそうだ。
勝手に彼に恋をして、彼の都合につけ込んでここに嫁いで来た。実母以外に愛されず、逆らう者を全部排除してまで。
出来ることなら息子には、自然に人を愛せる人になって欲しい。でも力を欲するなら、私も全て捧げてしまうだろう。
私の魔法スキルも、侯爵家の力も、金も、すべてを。
人の親になってはじめて分かった。
愛する子には甘くなる心理を。
今は少しだけ、実父や義母の気持ちが分かる。愛する子への思いと、どうでもいい子への思い。
反面教師がいるから、人としての道を歩きたいと思う今日この頃。他者を蔑ろにしないように生きたい。
これからは頑張ろうと思うリンドロールだった。
ルバーブの断罪はこれで終了。




