その33 ルバーブ・アルカネット その1
火災により、アルカネット侯爵邸には住めなくなった。火の勢いが存外に強かったからだ。
今まで蓄えられていた侯爵家の財産も銀行には残されておらず、ソレルにより投資に回されていたのではないかと囁かれた。優秀な彼なので手堅い物件だろうと信じられていたが、なにぶん焼けてしまっては判別出来ない。せめて残された切れ端でもあれば、再発行は可能であったのだが。
この時点でソレルの妻マチルダ・アルカネットと、息子ルバーブ・アルカネットの手元にある財産は、個人の銀行口座の貯金しか残っていない。
焼け跡から宝石やアクセサリーをかき集めたが、熱に弱い物は変形した為大した数は残らなかった。気に入らない物や飽きた物は、使用人に下賜していたから。
一先ず使用人を引き連れて生家の公爵家に戻るマチルダ達だが、今後のことを考えると憂鬱になる。侯爵家の財産はなくなっており、邸の新築や領地の経営書類などを取り寄せ作り直しをするなど、予算も手間も必要とするからだ。
幸いにして領地は潤っており今後の税収は問題ないが、先行する予算や使用人の人件費もマチルダの貯蓄では賄えない。
マチルダの父、ロンザ・アンクレット公爵は復興に手を貸すことを約束した。マチルダの兄バクシーに爵位を譲っていなかったので、公爵家の資産はロンザがまだ自由に出来る。
しかし条件を提示されたマチルダ達。
条件はルバーブの結婚だ。
資金力がある高位貴族、ロエグルト侯爵家の娘リンドロールを妻に迎えることだった。
ルバーブも彼女のことは知っていた。
◇◇◇
彼女は頭脳明晰で、長い黒髪の赤い目をした美しさを持つ侯爵令嬢。いつも暗色のドレスを纏っている為、地味めで大人しい印象だが、彼女に逆らった者は必ず不幸になると噂されていた。
それを信じない下位貴族の令嬢が、あるお茶会で彼女を貶めたことがあった。
「愛想笑いも出来ない、でき損ない令嬢。あんなに陰気な者に愛を囁く者はいないでしょう」
「まあ、そんなこと言っては駄目ですわよ」
「そうですわ。仮にも侯爵令嬢に」
「ふふふっ。でもあの方は、父親に疎まれているそうよ」
「父親は、後妻母子を大事になさっているそうね」
「きっと彼女は、金持ちの後妻にでもされるのでしょう」
「「「まあ。お可哀想に」」」
くふふっ、うふふと、他者を貶めて優越感を得る令嬢達。
それを見てもリンドロールは表情を変えなかった。いや、本当は口元を僅かに上げていたことに、気づく者がいなかっただけだ。
翌日リンドロールをからかった者達は、目を覚ますことなく、だからと言ってどこか悪い部分も見当たらず寝言のようにベッド上で呻き叫び続けた。
「ああぁ、許して、もう、謝るから、ああっ、」
「もう嫌ぁ、何これ、なんなの、ひゃあー、」
「や、やだ、お母様ぁ、助けて、助け、ぎゃぁあああー」
様々に恐怖の雄叫びをあげ、叫び続け声が掠れてもそれが続く。
そしてきっちり3日後に急に開眼し、覚醒したと言う。個々のスキルは、教会と国の上層部の一部にしか知らされていない。それでも彼女達は、リンドロールの仕業だと信じて疑わなかった。
彼女達は恐々と彼女に謝罪し、その後は関わりを持たなかった。娘達の話を聞いた当主達は、お詫びの品と言って、王都の名品菓子を多量に贈った。
リンドロールはあっさり謝罪を受け、お礼状も彼女が書いて送った。贈られたお菓子が、彼女の口に入ることはなかったが。
地味なドレスは後妻の嫌がらせ、彼女を冷遇し屋敷の一番遠くの薄暗い部屋に置くのは父親の指示、新しい衣装やアクセサリーを自慢し、使用人達と嫌みを言うのは異母妹だ。けれど彼らは、リンドロールに何かされたことはない。
だからお詫びのお菓子も彼女に渡すこともなく、父親と後妻と異母妹、余れば使用人達に分け与えられた。
彼女は食べていないのだ。
父親は笑う。
「前妻の娘に呪う力などないのに。あればとっくに我らは死んでいるだろう」
後妻も
「本当にそうよねえ。私はピンピンしてますわ」
異母妹も
「あんなに根暗なお姉さまじゃあ、お金を積んだって誰も貰ってくれないわよ。修道院がお似合いかもね」
「可愛い、オフィーリアよ。修道院は毎年寄付金が必要になるんだぞ。せねば侯爵家が責められる」
「それならば、後妻が良いんじゃない? 醜いか老人、お金をくれる人なら、なお良しね」
「ええっ、そんなの可哀想よ。その男性が!」
「「「あははっ、おほほっ、うははっ」」」
リンドロール以外が、食堂で楽しそうに彼女を貶める。
そのリンドロールは自室で冷めた食事をしていた。
「お母様を死に追いやったような父親も、後妻も異母妹も許せない。けれど今ではないわ。もっともっと、幸せの絶頂で………。あはははっ、あー可笑しいわ。その時が待ち遠しいわね!」
まあ、家庭内のことは漏れていないが、彼女に関わり不幸な夢? を見た者は意外に多かった。噂だけではないと知る者も余計な口外はしていない。後が恐いから。
彼女は実母から言われた通りにスキルを隠蔽し、何も能力を持っていないように偽装していた。リンドロールが教会でスキル判定を受ける時には、父親の本性を実母が知り娘の力を利用されるのを嫌ったのだった。
◇◇◇
なんて感じの噂などがある令嬢を娶るのは、いくら女好きのルバーブでも嫌だった。以前は後妻の娘オフィーリアの釣書を渡されていたルバーブだったが、気づくと彼女は金持ちの商人の後妻になっていた。美しいオフィーリアに多額の結納金が支払われたと評判になるほどに。
ロエグルト侯爵家の後継は、何故か前妻側の親戚から養子を迎えるらしく、リンドロールが他家に嫁ぐことになったそう。ロエグルト侯爵家からは、婚姻になれば多額の持参金が約束されていると言う。
「なあに、結婚しても愛人は持てる。リンドロール嬢でも問題あるまい?」
「ですが………。」
しょうがないやつだと呆れる祖父に、ルバーブは怯える。噂を完全に信じている訳ではないが、何となく本能が拒絶するのだ。
そんな彼に、母マチルダも援護射撃をする。
「お金を積むほど貴方が好きなら、きっと逆らわないでしょ? 良いわよ、私は。 駄目なら離縁すれば良いんだもの、ねっ」
息子の結婚を軽く考える母親に苛立つが、現在金がないのは真実だ。
「しょうがないか。良いですよ、お祖父様。結婚を進めてください」
「よし! 任せておけ。うくくっ」
ソレルの死を悼まないばかりか、金の為に結婚を決めたルバーブ。彼らが後悔することをまだ誰も知らない。




