その31 燃えるアルカネット侯爵邸
「駄目だ、ソレル。誰もいなかった。そこで戦闘した後もあるから、きっと連れ去られただろう」
「そうか。ありがとう見て来てくれて。なあ、ダンヌーク。私はまだ死ねないんだ。捕まることも許されない。サルベーナと共にここを去る。君はどうする?」
「勿論、付いていくさ。どこまでも一緒だ」
ソレルは気づいていた。
きっとバージルが来たのは無意味なことではない。本来彼はそんなことをする男ではないのだ。エルフ国が手に入ったと思い、気が抜けていた。前国王ナッカスの動向を探っておけば良かった。少なくても現状の国の借金のことで、多少の威嚇くらいは出来たことだろう。
恐らくバージル単独の動きではない。少なくともこの邸に入っただけでは、ジュリアの気配を気取られることはなかっただろうから。きっと彼奴は陽動だろう。
「巧くいっていたのに残念だよ。軍務大臣の地位は、それなりに便利に人を動かせたんだけどね」
苦笑する彼にダンヌークは目を強く瞑り呟く。
「俺のせいだ。警戒を怠っていた。済まない」
彼は彼で現地に赴き世界樹の確保をしていた。世界樹が枯れたことはエルフ国を掌握できた原因ではあるが、彼らには世界樹は不可欠だったので、冷蔵保管している国から高額で買い上げに行っていたのだ。
ソレルは長年の賄賂を蓄え豊富な資金を有していた。彼らに不足している若さを回復する研究の為に、別行動を取っていたのだ。
「良いんですよ、もう潮時です。ここは捨てて、別拠点に移りましょう。これからも何も変わりませんよ。私が城に行かなくなり、却って研究が進むかもしれませんね」
「そう言って貰えると助かるよ、ソレル」
「では、私の影を呼びましょう。こんなこともあろうかと、常に一人は傍にいるのですよ」
そう話していると、扉に人影が現れた。
「お呼びですか? ソレル様」
執事姿の黒眼鏡の男が敬礼をする。
「丁度良かったよ、クリスタン。今日私達がここを去った後、私に似た死体を執務室に転がしておいて。火災で逃げ遅れたように」
「畏まりました。次の拠点はアインザー区βですか? 報告はそこでよろしいでしょうか?」
「ああ、そうだ。まずそこで様子見して、隣国に渡ろうと思うんだ」
「了解です。御武運を」
「ありがとう。君も怪我のないようにね」
「ありがたき、お言葉です。ソレル様」
また敬礼して彼は去って行った。
彼は嘆かわしいことに、貴族騎士の多い戦場で怪我により投げ置かれた力弱き家門の若い騎士だった。その場にいた魔導師は、有力者ではない彼を魔力の節約の為に見捨てた。そこを従軍したソレルが魔法で治癒し助けたことで、その後志願して影となった者だ。
クリスタンにとって、彼が悪でも善でも関係がない。あの絶望から救ってくれたのがソレルだっただけで。ソレルはソレルなりの信念がある。賄賂を得ても言いなりではなく都合良く情報を探り、あえて追い詰めて潰すこともある。
サルベーナのことさえなければ、何処までも国に尽くした男だったろう。
だが彼が優先する唯一は、サルベーナだった。
なので彼は職を捨て、家族を捨てる。
元より、アンクレット公爵達は彼の敵なのだから。
彼はその日アルカネット侯爵邸から姿を消し、翌日彼と思われる焼死体が発見された。
彼の妻マチルダと息子ルバーブは、燃え盛る邸を見て絶望した。幸いにして使用人は怪我だけで、死者はソレル以外いなかった。執務中の寝たばこが原因らしいと新聞は報じた。




