その30 ソレルの恋人の兄
「父上、大変です。ジュリアがいなくなりました」
ノックもせずに執務室に入ってくる息子に、眉を寄せるソレル。だがその発言に絶句する。
「どう言うことだ、ルバーブ。管理はお前に任せていただろう!」
「ひっ、ごめんなさい」
いつも穏やかな父親の怒りの籠った声に、怯えるルバーブ。最近はエルフのことで秘密を共有し、少し距離が近づいたと思っていたので尚更だ。そのエルフを逃がしたのだから叱責されるのは当然なのに、想像力が不足しているのだろう。
父親の失望と怒りの表情に、甘やかされたルバーブの震えは収まらない。
「だ、だって、あいつは、俺に愛されて満足しているって。逃げないって言ってたから」
「っ………」
言い訳もくだらな過ぎて、ソレルはもう話すことを止めた。
「わかった、もういい。ただこのことは他言無用だよ。いいね」
優しく話す父親に、泣きながら頭を下げて出ていくルバーブは、まるで幼子のようだ。
「ああっ。きっと彼奴は女の甘い睦言に惑わされて油断したのだろう。でもまさか、もうエルフに飽きて他の女の所に遊びに出かけるなど、さすがに予想はつかなかった。女が自力で結界解除することは無理だ。仲間がいたはず。父親が侵入したとかか?」
だがあの父親に、そんなスキルがあったのだろうか?
舐めすぎていたかもな。
父親を軟禁している場所に人を送ってみるか?
その父親が首謀者なら、もうそこにはいないだろうから彼に確認して来て貰おう。
「ダンヌーク、いるかい?」
「はい。ここに」
壁に同化している男は、サルベーナの生き残った兄だ。
◇◇◇
彼はテクジュリア子爵の後継者の座を捨て、ソレルに協力することにした一人だ。彼は家族の死を受け入れられず、そしてその原因を受け止めることも出来なかった。
「あいつらを殺して俺も死ぬ!」
「馬鹿な、貴方が死ぬ必要などない。その気持ちがあるなら、俺に協力してくれ!」
ダンヌークは知っていた。
先日までソレルは、寝込んで医師の治療を受けていたことを。動き出したことで、悲しみを乗り越えたの思っていた。けれど彼の瞳から憎しみは消えていない。
ならば……………。
「見せたいものがあります。私の邸へ来てください」
その誘いに応じて、ダンヌークはアルカネット邸へ足を踏み入れた。そこには悲しみに暮れるソレルの両親が彼を迎えた。
「ああっ、ダンヌーク。一人で辛かっただろう?」
「私は大事な娘を失ったわ。みんなで幸せになるはずだったのに。うっ、ひくっ、」
二人はダンヌークの手を取り泣いた。
もうすぐ家族になると、家族ぐるみで付き合いのあった両家だ。特に父親同士は、酔い潰れるまで酒を酌み交わすほど親密だった。そこにソレルとダンヌークが、仕方がないなと介抱して部屋に運び、サルベーナと母親達がしょうがないわねと微笑んでいたのだ。
そんな日が続くと思っていたのに。
ソレルは地下室に保存してあるサルベーナの姿を見せ、必ず復活させるとダンヌークに誓った。
「命を、彼女の命を復活させてみせる。協力して欲しい!」
復活を語るソレルの強い目に、ダンヌークは逆らえなかった。
計画では元凶のマチルダ・アンクレット公爵令嬢をソレルの妻にし、復活に必要なものを彼女に甘い公爵家の特権を使い密輸する。そして子を成した後は、彼女との身体的接触を拒絶し絶望を与える。それでもサルベーナを殺してまで欲しかった妻の座を彼女は手放さないだろう。表面的にはいつも優しい、文句のつけようのない夫を演じるのだから。
憎き者を利用し研究を進めていく、先が見えない復讐の始まり。
◇◇◇
ソレルもダンヌークも、自分が許されないことに手を染めていると分かっている。
それでも、二人が生きていく為には必要な儀式のようなものだった。
研究が進むごとに人的被害が伴うが、それでも止める選択肢はなかった。そうでなければ生きていけなかった。




