その28 ソレルの苛立ち
「どうしたことか? あのバージル・フラナガンスが訪問したいなどと。王宮から退いたあいつが、私に今さら何の用だろうね。他人の行動などに、微塵も興味はないだろうに」
ソレル・アルカネット侯爵は、バージルの訪問希望の手紙を訝しんだ。彼とは親しい間柄ではないし、関わりも薄い。
「まさか、エルフのことがばれたとか? まさか、ね」
ソレルが依頼したのは、高額で雇っている熟練の裏の仕事人だ。
ずる賢く魔法の腕あり、搬送経路も何十にも張り巡らす昔から連なる断罪集団。もし捕まることがあっても、それは陽動で何も知らない雇われ者だけだ。
ソレルは彼らのお得意様になる。
裏切ることは考えられない。
「引退したなら猫とでも戯れていれば良いのに。下手な正義感を起こせば長生き出来ないよ、バージル」
余裕な態度で地下室のソファーでワインを片手に、楽しそうに笑うソレル。凍りづけのサルベーナのガラスの容器の前で、生きている時と同じように語らっている。
生命を終え物言わぬ彼女は、彼が最期に見たままの姿を保っている。もう20年が経ち、ソレルだけが年を重ねていく。
「ああ。早く、早く、君に触れたい。君の声が聞きたいよ」
ワインを飲み終え、凍った容器に手を広げて抱き締める。涙ぐみながらソレルは声をあげた。
「あと少し、もう少しなんだ………。こんなチャンス逃すわけにはいかない。まして邪魔されるなどあってはならない。既に時間が経ち過ぎているんだ」
ソレルはもう初老に差し掛かっている年齢だ。だがサルベーナは若いまま。
このままでサルベーナが甦っても、さすがに若い少女と初老の体では恋も出来ないだろう。もしサルベーナが良いと言っても、寿命はすぐに2人を別つはずだ。
だからソレルは何度もエルフの死体を使い、若返り薬の錬金術を繰り返していた。錬成は完成し、僅かな時間であれば若返りは可能になった。それを維持するには、生体のエルフの活性細胞が必要だと理論づけた彼。ジュリアはスキルを持つ子を産む為、そして錬金術の素材として必要とされる。
逃がす訳にはいかないのだ。
だが彼女が駄目になれば、また違うエルフが使われる予定だ。在庫はいくらでもあるのだから。
でも彼はバージルだけではなく、エルフ国の前国王や他のエルフ達が協力していることを知らない。
彼にとっては予想外なことだろう。
どうやら、悪事はうまくいかないようだ。
これから勝敗が決まっている騙しあいが始まることを、ソレルはまだ知らなかった。




