その19 ナッカスが男爵家に来た理由
「マーリン、おはよう」
「良い天気だね、おはよう」
「おはようございます。アリアリーズさん、ネオラチアさん」
結局の所、エルフ前国王のナッカスと側近クロームは客人待遇で、一緒に来たエルフ達は客人の所に遊びに来た者として認識することにしたマーリン達。挨拶して来た男女もナッカスの所に遊びに来た設定に該当するエルフ達で、エルフの混血とクォーター(エルフの血が4分の1)の恋人同士だ。
国賓相当の人物に、普通の客人扱いはどうなのかと迷うが、ナッカス曰く「妹の家に来ただけだけだから」と気にすることもなかった。
エルフ国は1枚岩でないと聞いた通り、純血エルフの選民意識が強く、せっかくグレースが産んだ混血児やその子孫達を見下す貴族階級エルフ達にナッカスは困り果てていた。
意見の食い違い程度ならと目を瞑って来たが、議会でも混血種達に対する差別意識は強く、王女グレースの子である者だと分かっていて、無礼な物言いをする者が続出した。政略結婚で勢力を増した裕福な選民貴族達にすり寄り、利益を得る者がますます増えたことで、国王や側近であるナッカス達だけの意見が通らなくなっていた。逆に混血種が就けない職業が増えるなど、彼らが暮らしづらい法案が通っていく現状。
そんな時にナッカスの異父妹が選民貴族達の息子に襲われそうになり、事態は一変した。丁度グレースの亡骸の交渉を人間の国にしていた時のことだった。
「僕は悪くない。その混血の女が、妻の座が欲しくて誘惑して来たのだ!」
「違います。誘惑なんてしていません。そんな変な顔大嫌い!」
「クソッ、生意気な。せっかく僕の妾にしてやろうと思ったのに! もうお前など要らんわ!」
周囲にいる者は知っていた。
既に妻子がいる選民貴族の息子が、混血エルフの中でも特に美しいアリアリーズに惚れていたことを。瞳がオレンジトパーズ(ピンクや赤みがかったオレンジ色)で優しくて穏やか、髪色は輝く銀糸のようで強い母性を持つ彼女はとても人気があった。そんな彼は普通に言葉を交わしただけで、勘違いをしていた。
(この女は俺に惚れている)
そう思い込んでしまったのだ。
そんな勘違いの末に付きまとわれ、彼女が自分のことを好きだと言いふらし、あげく拒絶されたのに襲おうとした馬鹿はアモンビラスと言う。
ただ彼は軍務を預かる大臣の息子で権力があり、強姦未遂はうやむやにされたのだ。彼女の親友数人が彼女を探し当て、助けなければ危ない所であった。アモンビラスの腰巾着が偽装工作をしていたので、本当にあわやという所だ。
泣き喚き抵抗したことで彼女の貞操は守られたが、「身持ちが悪い女だ。誘惑された」などと、悪い噂を流すアモンビラス達に彼女は悲しみに暮れ疲弊していく。
それを見たナッカス達は厳重に抗議するが、未だ謝罪の言葉さえない。あろうことか「証拠もなしに息子に容疑をかけるな」と宣う始末だ。
もうナッカス達はキレた。完全に。
だが厳重な抗議をしたことで逆恨みしたアモンビラスの父アールベイカ達が、議会の承認を得てナッカスを国王から罷免したのだ。
その後ナッカス達は貴族達の態度に絶望し、国を出ることを決めて少しずつ準備を始めた。
まず始めにエルフ国の重鎮達が眠る静謐な場所を、数人のエルフ達と共に、荒らされないように何十にも保護魔法をかけて、立ち入れないようにした。
そして城の主要な部分の扉には、ナッカスの能力で施錠をした。もう彼が解除しなければ開かないように。そもそもこの場所を城にしたのは、ナッカスの祖父で同じ能力を持っていたナッカスが維持して来た。本当は使えないように、閉じてしまいたいくらいだったが。
エルフの城は大きな大樹を細工した場所だ。外側から見ると、ただの立派な大樹だが、中には人間の国のようにたくさんの部屋やホールがある。残った新国王、大臣達が仕事を出来るように、そのような場所だけは解放されている。
新国王ギガンティース・サルバージは王族の血は薄く流れているが、反混血種を掲げ過激派とも手を組む蝙蝠のような家系の男だった。頭もそれほど良くない彼は傀儡として御輿に乗せられたようだ。生家のサルバージ公爵家は財を得る為に、エルフ国の人民を養子と偽って売るようなこともしていた。
城の母体である世界樹は生命を司ると言われ、葉は治癒や悲しみを癒す効果がある。木を枯らさぬようにエルフ達は、毎日良質な魔力を捧げて来た。ナッカスが国王になってからは、ナッカスとその側近達20名で。
その覚え書きもギガンティース達には渡してあるが、果たして彼らが行うかは不明だ。
そしてナッカスは、ギガンティースが国王就任の儀式を行う前に、ギガンティース達や敵対貴族以外の全国民へ思念伝達を行った。表向きはナッカスの病による退位だと伝えられるだろうことも。
『私の力が及ばず、国王はギガンティースに変わることとなった。大変済まない。せめてみなが傷つけられないように、私達から保護魔法を付与する。体だけは守られるだろう。けれどどうしても暮らせないと思った時は、神殿で強く願っておくれ。すぐに駆けつけるから。すまないな、みんな』
そう伝えてから、マーリンの元に来たのだった。
「ねえ、マーリン。私は国王を降りようと思うんだ。もし辞めたら、ここに暫く住んでも良いだろうか?」
微笑みながらマーリンとバージルに話した時、もう動向は決まっていた。見込んだ通り、彼女らは受け入れたのだ。
◇◇◇
彼らは変装してアルバイトへ行き、楽しそうに帰って来た。男爵領地の住人はわりと老人が多く、若手? のエルフ達に感謝していた。本当は人間の老人達より、100か200は年上であるのだけど。
「こんなにべっぴんの嫁さんが貰えるとは、ラチアは幸せものだな」
「すっ、ごく、頑張りましたよ。コークス爺さま。彼女モテるから」
「そうじゃろ、そうじゃろ。ワシが後20年若ければ、デートに誘ってたところだわい」
「まあ、家の爺さんは馬鹿だね。あんたなんか相手にされないよ」
「いや、分からんぞ。この子は顔で男を選んどらん。ラチアの顔は普通じゃからな」
「全くもう、この爺さんは。ごめんな、ラチア。アリアも」
「いいえいいえ。冗談だと分かってますから。ね、ラチア」
「はい。分かってますよ、アリア。コークス爺さまは、気持ちの良い男です」
「くそっ、性格も良いな。お似合いじゃ、2人とも。わはははっ」
「そうね、爺さんの言う通りね。ふふふっ」
「ありがとうございます。嬉しいです。ね、ラチア」
「本当だよ。アリア」
そう言って手を繋ぐ2人は頬を染めた。
ラチアはネオラチアで、アリアはアリアリーズである。所謂仮名と言うやつだ。
コークスも妻のラピスラズリも、2人が訳ありだと薄々感じていた。だけどこの人不足の農業地域で、何を拘ることがあろうか?
エルフは自然の中にいることが、何より落ち着く種族。里を出た今、男爵領の山林や畑は憩いの場だった。他のエルフ達も人間に擬態して働き出していた。王族の血筋だと言うことで、差別はされるが城の外に容易に出して貰えなかった者達は、今生きている実感を得ていた。
ちょっと腰は痛いけれど、それすらも嬉しい経験なのだ。何れは自立したいと夢を語るエルフ達は、人間と何も変わらないと思うマーリン。
マーリンはマーリンとして生きる為に、今日もレモングラスと学びを深めていく。種族なんて関係なく暮らせれば良いのにと思いながら。それは彼女も、自らがエルフの混血だと知ったからかもしれない。
いつも誰かがいる環境は、マーリンには嬉しいことだった。人間に興味のないバージルも、さばさばして懸命に生きるエルフのことは嫌いではなかった。時々酒を飲むと絡んでくるナッカス以外は。
ただ元国王として、いろいろ心配なんだろうなと察してはいたから、少々苦手と言うところだが。クロームはそんなナッカスを微笑みながら支えていた。
「今は少し休ませてあげたいんです。これまで頑張って来られたので、ナッカス様は。きっと近いうちに動きはあるはずなので」
バージルは気づいていた。きっとナッカスはエルフ国を捨てられないであろうことを。それぞれの勝負はこれからなのだ。




