その16 ナッカスの苦悩とグレースの恋人達
国王ナッカスは、先代の国王の元で保護され、ずっと城の中で暮らしていた。彼の母親は王女グレース。エルフの衰退を防いだとされ英雄視されているが、彼女は子供が乳離れすると、子供を養育してくれる人を探し預け恋をしに行く。人口の少ないこの国では子供は宝物なので、生まれた子は大切に育てられていく。
妖精や精霊ともそうだ。実体のない彼らだが、グレースは変化の術に長けていたから、妖精にも精霊にも姿を変えて愛を紡ぐことが出来た。精神生命体とも呼べる彼らに姿を変えられるのは稀な能力だ。
そして精神生命体である妖精や精霊ならば、産み落とした瞬間に大気からの魔素を吸い込めば、食事は必要としなくなる。滅多なことで消滅することもない。
使い方によっては、世界を統べることさえ出来る能力だ。異種族への諜報やハニートラップならまだ可愛いもので、種族のトップの隙をついてその者を闇に消し、本人に変化すれば国を傾けられるだろう。君臨せずとも内乱の種を植え、逃げるだけで良いのだ。
だがそんなことをする気はグレースには毛頭ないから、エルフの過激派と迎合することはなかった。そもそも彼女の能力は秘匿されしもの。野心のある者にとっては垂涎の絶大な能力であり、拐われる危険が高かったからだ。
先代のエルフ国王は娘を心配し、護衛を多く付けて大切にしていた。彼女も自分の身に起きる危険性を、幾度となく教育され理解しつつあった。だが城の者も一枚岩ではなく、グレースのスキルは金を積まれた側近と言われる者から一部漏れ出していた。
何度か危険な目に合った彼女は、ステルス(隠密)能力を獲得する。変身能力の下位互換である。咄嗟の時はステルス能力で移動し、大木などの一部に変化して姿を隠すことで逃げ延びた。変化により、植物の光合成からも栄養補給が出来るようになり、次第に無敵になっていく。
彼女はスキルを駆使して調査し、誘拐の首謀者が分かっていた。この国で大きな力を持つ軍事担当の大臣だった。国の内乱が起きる可能性があり、公にすることは出来なかった。彼は自分の息子との婚姻も打診して来たが、国王は国のパワーバランスを理由に固辞した。
そんな彼女だが、若いエルフであるグレースも恋をした。市井で暮らす美しい若者だった。彼女はスキルを使ってこっそり城を抜け出し、自分のことを知らない男性と変装(一部変化)して恋人となり子を成した。ただお嬢様である彼女と価値観が合わず、すぐに別れは来たが。城では何も知らない国王夫妻が娘の妊娠に驚くが、産まれた孫が可愛いので秒で受け入れた。未婚のまま出会いと別れを繰り返すグレースだが、その時既に人口減少問題を抱えていたことで、出産はおおいに祝福されたのだ。
その後、エルフ国の麗しい男性とあらかた子を成したことで、グレースは旅に出る事にした。一応手紙は残したが殆ど家出状態だった。
理由も酷い。
『よその世界で、真実の愛を見つけてくるわ。元気でね!』
何だこれである。
ただグレースはいつも城で出産するので、子供達は元気に成長していく。家出までに30人の子を産んだグレースだが、父親となる男には素性を明かしていないので、父親側は子がいることは知らないのだ。生まれた子供達に
はグレースのスキルを受け継がず、狙われることはなかったと言う。その後は他種族との混血児も産んでいくグレース。
ただ生まれた子供達は、両親の愛を知らない。グレースは、生んでは家出を繰り返したからだ。恐らく子供の名前さえ覚えていないだろう。
グレースがマーリンと最期まで一緒にいたのは、人間界は1人で生きるのは難しいことと、グレースの寿命も尽きる頃だったから。後百年もない命なら、最後はマーリンと生きるのも面白いと思ったのだ。
そんな母親を持つ国王ナッカスは、今は亡き先代国王を親代わりとして暮らしてきた。他にいる29人の兄弟姉妹もだ。だからバージルだけには、人間に対する嫌悪感は皆無だった。
そんな訳で翌日も、食事と世間話で終えた会談。
一度国王ナッカスが、マーリンに会いに行くことで話は纏まった。生活する場を見学すると言う名目の旅行だ。来月の5日と日程も決まり、バージルが迎えに来ることになる。
「じゃあ、よろしくね」
「分かったよ。俺の転移魔法なら一瞬だ」
「ああ、楽しみだよ」
なんて言って微笑んで、バージルは帰還したのだった。




