その14 精霊とエルフのハーフ、グリードル姉さん
「マーリン、お客さんみたいだよ。私が出て良い?」
「ええ。でも喋っちゃ駄目よ。良い?」
「分かってるよ。心配性だね」
グレースが魔力を使って扉を開けると、そこには緑の髪と緑の衣装を着た儚げな女性が立っていた。始めて会うのに懐かしい気がする。
「はじめまして、マーリン。私はグレースの888人目の子供でグリードルよ。貴女が私達の妹だと知らされたと聞いて会いに来ちゃった。お姉ちゃんと呼んでね」
「え、ええ! お、お姉ちゃん?」
驚くマーリンだが、グレースは言う。
「彼女達は、ずっとマーリンを見守っていたんだって。いざとなったら、貴女を連れて逃げようとしてたそうだよ。彼女は森の大樹の精と王女グレースの子供なんだって」
瞬時に答えるグレースは、扉を開ける前にテレパシーで会話したことで既に分かっていたらしい。道理で警戒もしていなかった訳だ。
今日はまだ、レモングラスさんやミントさんが来ていないので、グレースと2人だけだ。私は応接室にグリードルさんを案内し、今朝焼いたばかりのクッキーと紅茶を入れておもてなしした。
父はあてに出来ないし(おまけに夜逃げしているし)、母の子は自分1人だから、天涯孤独だと思っていた。以前に母が900才を超えるエルフで、子供も1000人いると言われても実感は湧かないでいた。それが突然、姉と言う人が訪れたのだ。
「よく頑張ったわね、マーリン。あの人は王女の癖にいつまでたっても子供みたいで、フワフワしていたでしょ? それでも妖精や精霊、ドワーフくらいならそれでも良かったのよ。でもね、人間は邪悪なところがあるから、遊び気分で行っては駄目よと注意はしていたのに。案の定子供に苦労させて、本当にもう」
グリードルさんは母を怒っていたが、少し寂しそうにしているのは伝わった。母の体で構成されたグレースの頭を撫でながら、子供のいたずらを窘めるように話すから。
彼女は他の精霊と一緒に、森の管理をしているらしい。精霊の気配を感じれば、そこまで瞬間移動が出来るそう。最近は人間界の森の木が伐採され、そこを住み家にする小精霊が行き場をなくし、グリードルが大森林へ連れに来ていたと言う。
精霊がいなくなった森は精霊からの加護をなくし、病気にかかりやすくなり根も弱り倒れていくそうだ。ここの近辺の森はそれほど開拓されていないが、状況により引きあげる可能性もあるんだそう。
普通の精霊は魔力のない者には見えないから、実体化出来るグリードルさんの出番は多く、いろいろな調整や訴えを任されているらしい。長命なことで多くのコネクションも出来ているんだそう。ある程度年を経れば、娘ですとか言ってしれっと継続しても、向こうの担当者が退職しちゃうので問題ないらしい。ただエルフの血が混ざったことで、寿命は大精霊の半分くらいになるそうだ。
そんな人間に近い場所にいるグリードルさんは、私達が楽しそうなので様子を見ていたが、母が亡くなったことで焦ったそう。
基本事務所はあるが、精霊化すれば食事も睡眠もいらないグリードルさんには住居がない、。マーリンが住まう場所がないのだ。それでもあんな所にいるよりは、木の洞や洞窟で一時的に暮らし、山の恵を売れば家の一つも建てられると思っていたそう。
まさかマーリン1人を残し、お金を持ち逃げするくらい下衆な人間が父であると思っていなかったらしく、母の面食いで人の見る目のなさに絶望したそう。
それでも借金取りが来たあの日、グリードルさんはマーリンを連れ去る為に家の中に入ろうとした。取りあえずかき集めたお金を持って向かうと、バージルがいて入れなかったそう。
勢いで入っても恐らく母がエルフだと知らないマーリンとバージルに、姉であると言っても困惑するだろう。そう思うと近づけず、このタイミングになったそう。
「あらっ。美味しいわ、マーリン。普段食べ物って欲しいと思わないけど、いくらでも食べられそうよ」
「ありがとうございます。私も食べて貰えて嬉しいです」
お互いに微笑む2人と、グリードルの膝で眠るグレース。彼女は母の黒歴史を暫く喋った後、提案してきた。
「ねえ、マーリン。貴女は元の家族、オルコット男爵達に制裁をしたいと思わないの? 貴女に味方したい兄弟もたくさんいるから、なんなら近隣にいるその子達で殴りに行っても良いのよ。生粋のエルフ以外の混血の子が多いから、貴女の苦労も分かるって言ってたわ。ああ、孫やひ孫もいる子もいるから、結構な人数になるわね。場所は私が特定しているし。どう?」
「どうと言われましても」
今から一緒に殴りに行く? 確かに頭に来ることはたくさんあるけど………。
「ありがとうございます、グリードルさん。でも私、今は幸せなのでもう良いんです。このままで」
「本当に? 私なら木の枝突き刺しちゃうよ、いろんな所に。使用人みたいに罵声も浴びせられて、こき使われてたんでしょ? 悔しくないの?」
グリードルさんは半ば立ち上がり、マーリンに言い募った。顔をしかめてずいぶん辛そうだ。その顔を見てマーリンも過去を思い出し、胸が押し潰されそうになる。心身を疲弊し、ただ生きるだけだった日々を。売られるのじゃないかと怯えた日を。
「悔しいです。悔しかったです、ずっと。でも私が幸せになった方が、仕返しになるんじゃないかなと思いまして。今は領地の発展が出来るように、勉強を頑張ってるんですよ。ああ勿論、森の破壊なんてしませんから」
必死に気持ちを落ち着け、笑顔を作った。出来るなら一発くらいぶっ叩きたい。けれどバージルと誓ったのだもの、立派な淑女になると。
だから丁重にお断りした。
「そう、分かったわ。また来るわね」
グリードルさんは微笑んで、お菓子のお礼を言いながら去って行った。私は目を覚ましたグレースを膝に乗せて頭を撫でた。
「私のお姉ちゃんだって。すごいね、本当に会えたんだ」
「そうだね。でも気をつけて、マーリン。あの人はわりと穏健派だけど、人間が嫌いな兄弟もたくさんいるからね」
グレースは少し言いづらそうに伝えて来る。どうやら私は兄弟姉妹達に好かれているそう。人間をそれほど好きじゃない者はいるが、身内である私を傷つけた者は怒りの対象になるようだ。既に寿命を迎えた者もいるが、その子孫も誕生しているのだ。
喉を撫でられて、にゃ~と情けない声を出すグレース。そしてレモングラスが家庭教師としてやって来る時間となり、今日も頑張ろうと思うマーリンだ。
「可愛い子ね、マーリン。あんな決意があるなら、勝手に手を下せないわね。残念」
そうグリードルは、兄弟姉妹達と今日復讐に行こうと思っていた。けれどとんだ肩透かしだった。彼女はテレパシーでこのことをみんなに伝える。
1人だけ人間との混血なせいで、他の者より短命な可哀想な子。
そして母と死別した、末妹のマーリン。
助けてあげたかったけど、自分達が思っていたのは彼女の意思とは違うようだ。それでも今後も見守っていこうと思うのだった。
「さあ、今日は隣国語のおさらいよ」
「はい。先生」
マーリンの明るい声が男爵家に響く。
「でもさ、ちょっとくらい良いわよね」
そう言ってグリードルは、オルコット男爵達の服に毛虫をボタボタと落とした
「キャー! 何よこれ、最低」
「うわぁ、虫嫌い。取ってくれ!」
「何なのよもう。貴方早く宿に泊まりましょ。うっ、痛い刺されたわ。何処から落ちてきたのよ!」
「うげっ、毛虫。い、いやな。もう金が底を突いた」
「「「えー!!! これからどうするの?」」」
「いっぺんに喋るな。もう借金しかないだろ?」
そう言って逃亡するオルコット男爵一家は、自身の指輪を担保に宿に泊まったのだった。




