その12 バージル、エルフの国へ
「では行ってくるぞ。グレース、マーリンを頼んだ」
「了解しました、ご主人様。お気をつけて」
「うむ。ありがとう」
「バージル、無事で帰ってきてね」
「勿論でございます。お嬢様」
紳士の礼をして、空間を歪めた場所に歩みを進め姿を消すバージル。
「ああ。バージルは大丈夫でしょうか?」
「マーリン、心配しないで。ご主人様の強さは折り紙つきです。私と私の中にある王女グレースの記憶を辿っても、ご主人様程強い魔力を持つ者を知りません」
「そんなに! じゃあ、大丈夫ね」
「そうですよ、大丈夫です」
本当は不安は尽きない。自分の事情の為にバージルが犠牲になったような気がして。それなのに私のことを心配してくれるバージルに、感謝が尽きない。
だからこそ子猫の面倒は、私がしっかりするつもりだ。
「にゃー、にゃー」
「みー、みー」
とは言っても、6か月が経った子猫はもうだいぶん大きくなっていた。人間だと10才くらいになるそう。体重も2キロと3キロと、始めて見た頃とは見違える程大きくなった。それでも甘えてくれる子猫は可愛らしい。
子猫に名前はない。
いつかずっと飼ってくれる人に付けて貰う為に、バージルは付けないのだと言う。
だから私も猫ちゃんと呼んでいる。名前を付けたって良いのにと思うけど、情が強く移らないようにだろうか?
あくまでも送り出す覚悟で関わっているのだ。
だから私も適当な名前を付けない。
バージルが戻るまでは、私がこの猫達を守ろう。
◇◇◇
ソレル・アルカネット侯爵は、息子ルバーブを執務室に呼んだ。
ソレルは自分の錬金術の拘りの強さを自覚していた。それにのめり込むことで、息子の教育を放棄していたから。妻であるマチルダ・アルカネットは、私の代わりのようにソレルを溺愛し、息子はおかしな性癖を拗らせていた。
「お呼びでしょうか? 父上」
「ああ。座って話そう、ルバーブ」
息子は影の支配者と呼ばれるソレルを尊敬していた。自分もそれに追い付こうと切磋琢磨していた。流れるような美しい銀髪に、サファイアのような煌めく瞳は父子揃って人の心を奪っていく。
ルバーブは父親に政略結婚を指示されれば、従うつもりだ。愛する者は愛人にすれば良いと思って、既に実践していた。
だからこそマーリンに執着していた。しかし彼の愛は多くあり、美しい愛人は多数存在していた。マーリンもそのうちの1人になる筈だった。
「お前はマーリン・オレットを知っているか? バージル・フラナガンス前侯爵が後見し、彼女は次期男爵を継ぐことになる。愛人はにはなれないよ」
「な、なんで彼女のことを父上が? それにマーリンは借金漬けの男爵家の庶子です。次期男爵なんて嘘でしょ?」
「おや? 最新情報は仕入れていないのかい? 今はバージルが絡んでいるんだ。借金は彼が支払い、爵位も彼女の為に手に入れたんだろう。親戚なのかな?」
「いいえ、そんな筈はないです。彼女の母親は遠方で人口も少ない田舎の出身らしいですし、侯爵との関わりは調べる限りなかったです」
「調べる限りね。そうだよね、確かにその筈だった。でもね、ルバーブ。彼女の母親の田舎は、エルフ国らしい。彼女はエルフ国王の末妹なんだって」
(まさか、マーリンが? 確かに彼女は美しいけれど)
冗談かと思うルバーブだが、父がそんなタイプではないと思い直し、続ける話を聞く。
「だからタラゴンのような足のつく者を、彼女にはもう使うな。バージルに報復されてもやり返せなくなる。分かったかい?」
「はい、分かりました父上。ですがエルフなんて、彼女も母親の耳も普通でしたよ。彼女がエルフなんて信じられません」
ルバーブの質問にソレルは優しげに答える。
「たぶんそれは、幻惑の魔法で誤魔化していたんだろう。マーリンは混血だから分からないが、もし姿が歪められているなら、魔道具でも身に付けているだろうね」
「そうですか。でも彼女の美しさに目が離せない理由は分かりました。魔力を感じる者なら、彼女の真の魅力も見抜く筈ですから。もしかしたらバージル侯爵は、彼女を囲おうとしているのですか?」
「くすっ。まさか。あれの嗜好は猫だけだ。恐らく捨て猫のようにでも見えたのだろう。お前も借金の肩代わりで囲うより、正当な告白をすれば良かったのかもな。まあ彼女が、エルフと関わりのあることが分かったのは極最近だ。それを言うのは卑怯だな」
「…………。それで父上は、マーリンを諦めろと言うのですか?」
「いいや、寧ろお前の妻に迎えても良いと思っているよ。少しばかり実験に付き合って貰うかもしれないがな。エルフ国の王女との結婚なら、その身分に文句はない」
「実験? それは…………。ですが私は、彼女と接点がありません。いつものように裏で恩を売り、愛人にと考えていましたので」
「それは丁度良い。今後彼女の身分がハッキリ発表されてから、婚約を打診しても遅くはない。国王へのごり押しなら任せておけ」
「それは父上の利益に繋がりますか?」
「ああ、この上なくあるよ。だが、お前が嫌なら止めておきなさい。きっとマチルダは怒るだろうから。くくっ」
「ああ。まあ、そうですね。でもそこは何とでも出来ますよ。お任せください」
「頼んだよ。優秀な息子がいて頼もしいな」
腹黒い父子は合わせ鏡のように邪悪に笑った後、ルバーブは部屋を後にした。
ルバーブは父に憧れそのように引きずられた感はあるも、人の気持ちを鑑みないのは同じだった。自分本意が出来る環境に居すぎた。ただソレルは想像よりもっと悪い。ルバーブがマーリンを諦めた時は、彼が密かに彼女を利用しようと考えていた。寄子の妻にして逆らえないようにしてから。
それほどまでに彼はエルフの力を求めていた。彼には復活させたい人間がいた。その為にずっと、研究を続けて来たのだから。
「待っていて、サルベーナ。私の愛は変わらないからね」




