【要】
あれから4年の歳月が過ぎようとしていた。
要は、今年29歳の誕生日を迎える。
真と里香は、相変わらずラブラブとしている。
『いい加減に結婚しろよ』
そう要が茶化すと
『どうしても出席してほしい人がいるから、その人の消息が分かるまでは結婚しない』
と言い張っている。
誰かというは、言うまでもない。
そういう要はと言うと
相変わらず、昼は製薬会社の総務課社員、夜はコンビニでバイト生活を続けている。
一郎と渚夫妻も、ラブラブぶりは健在。
しかし、最近は派手に夫婦喧嘩をやりだして、小学生になった子供2人を呆れさせている。
近所にも響き渡るくらいの音がするので、近所でも有名になっている。
…平和だな。
要は、ぼんやりと考えていた。
絵莉花はと言うと、彼女も大変な目に遭った。
H.C.Cと裏で取引していた彼女の伯父は失脚した。
それでも、彼女は葛城製薬に残った。
嘲笑などに苛まれながらも、営業職に勤しみ
現在は、営業成果トップ3内が当たり前になっていた。
相変わらず、要への猛烈アタックは続いている。
だが、要は断り続けている。
それでも、彼女はめげない。
それを他の誰かに向ければ幸せになれるだろうに…
要は、晧祐の残した手紙を大切に取ってある。
4年前、屋敷からアパートに強制的に帰された後、どうしようもない思いに苛まれていた。
その時、ハラリ…と手紙が落ちて来た。
「そういや…」
要は思い出したように、手紙を手に取る。
慎重に封を開けて、便箋を取り出した。
便箋を広げて、読み出す。
『穂積 要様
君がこの手紙を読んでいる頃私は生まれ変わっていると思います。
私は、葵と子供と3人で、…もしかしたら、父の田舎で暮らしているかもしれない。
君と葵との関係は知っている。というか、君達は分かりすぎだよ。
こんな私でもすぐに分かってしまったよ。
最初は、嫉妬で堪らなかった。
でも、君は黙って堪えている姿と葵が必死に君を庇おうとする姿を見て、考えるように
なった。
君達の愛を見せ付けられて、本当にショックだった。
私はね、母に小さい頃から、ずっと、ねじ曲がった愛情しか受けてこなかった。
だから、支配する事にばかりに囚われて、葵の事を全く考えてやれなかった。
でも、君達の愛を見た時、気付いたよ。
愛とは、支配するモノじゃなくて、守る事なんだって。
これからは、葵に愛されるような人間になって、葵に…いや、子供にも愛される父親になろうと思う。
いつか、葵の心から君を追い出すつもりでいるから、覚悟していたまえ。
これからもよろしく。
日高晧祐』
涙が止まらなかった。
【負けた…】
要は思った。
彼は、生まれ変わり、葵と子供を守って逝ってしまった。
葵の心に、強烈な想いを遺して…
それでも、要は葵を諦める事はしなかった。
しかし、葵は、もう何処にもいなかった。
日高の本邸にも…どこにも…
里香に葵の実家に聞いてもらっても
『分からないんだ』
という返答したなかった。
探しようもない。
当てもない捜索は、空振りに終わるばかりだった。
だから、要は待ち続けた。
でも、雨の日はツライ。
葵との再会を思い出して、胸が苦しくなる。
仕事で気を紛らそうとしてみるが、やはり雨は気になる。
そして、今日も雨が降っていた。
(こんな日だったな…)
ぼんやりと葵の事を思い出しながら、入荷した商品を並べる。
今日も名物の夫婦喧嘩があったのか、最初は機嫌の悪かった一郎も、時間が経つにつて、そわそわしだして、今はスマホでラインを打っている。
おそらく渚に謝っているのだろう。
そんな日常を、微笑ましく思いながらも、虚しかった。
今、自分の近くに葵がいてくれたら…
そう願ってしまう。
時間がきっと解決してくれる。
だから、待ち続けよう。
そう言い聞かせる。
だが、本当にそれでいいのだろうか?
待っているだけじゃ、何も始まらない。
動かないと、何も動かない。
しかし、どうしようもない。
何をしたらいいのか分からない。
葵が今、何処にいるのかも分からない。
当てもなく探しても、意味が無いのは4年前に思い知らされた。
ただ、風の噂みたいなモノで、葵が子供を産んだ事を知った。
母子共に健康だと。
それだけで安堵した。
その空の下のどこかで生きている。
子供と生きている。
それだけで、カナメは嬉しかった。
そして、いつものように定時にバイトを済ませて帰り支度を始めていた。
「要、ちょっといいか?」
一郎が要に声を掛ける。
その後ろに渚がいた。
(仲直りはえーな)
いつもの事だとはいえ、感心してしまう。
「なんすかー?」
要が返事をすると
「お前に、話をしたいって人がいるんだけど…時間大丈夫か?」
「ええ…まぁ…」
戸惑いながらも返事をする。
すると
「入ってこいよ」
一郎が中に招き入れたのは、葵の兄・悠一郎だった。
「あ…」
要は、小さく呟く。
「久しぶりだね」
少し年を重ねた悠一郎が言う。
本当に一郎と同じ年には見えないくらい、しっかりとしているように見える。
「お久しぶりです」
要は、礼を取って頭を下げる。
「君に話をしたいんだけど、いい?」
悠一郎の問いかけに
「はい…」
微かに緊張する。
「葵の事なんだ」
その一言で息を飲んだ。
「居場所を知っているんですか!?」
要は食いつくように聞く。
そう今まで、里香がどんなに問い合わせても知らないと言ってきた。
おそらく、葵が、そう言うようにと言っていたんだろう。
里香の恋人は、要の親友なのだから。
要の耳にすぐに入る。
葵は、それを望んでいなかった。
「知っている…」
悠一郎は、息をついた。
「この事は、俺の独断で話す事だ」
そして、要を見据えた。
「君に尋ねたい事がある」
静かに言った。
「はい…」
要は息を飲んだ。
「3年前に産まれた、葵の子供の父親は、君だね?」
単刀直入な質問だった。
要は、
「はい、そうです」
ハッキリとした口調で答えた。
「君は、今でも葵を想ってくれているのかい?」
再び悠一郎の問いかけ。
「はい。俺は、葵を…今でも愛しています」
要は、悠一郎を真っすぐ見据えて答えた。
悠一郎は、目を閉じて考える。
「あの…」
要が話を切り出そうとすると
「経緯なら、葵から聞いている。産まれた子供みた瞬間に気付いた。君の面差しがあった。それで葵を問い詰めた」
「…すみません」
要は、深々と頭を下げる。
「何故、謝る必要があるんだ。君は葵の命の恩人。そして、葵が愛した男だ」
悠一郎は静かに言うが
「でも、俺は…葵を…」
要は、頭を下げたまま言う。
「君のお陰で、葵は幸せを得た。感謝しているよ」
「だけど…」
「葵が君の幸せを願って、自ら身を引いたのも知っている。亡くなった晧祐氏の為にも…彼が生まれ変わったのは、君のお陰だと聞いている」
要は顔を上げて
「俺は、何も…あの人を死なせてしまった…」
悠一郎は、要の肩に手を置いて
「君が悔やむ必要はないんだよ。でも、このままじゃいけない」
肩に置いた手に力が入る。
「君の幸せの為に身を引いたのに、君は幸せじゃない。そして、葵も…」
そう言って唇を噛む。
「葵は、いつも笑顔で笑っているけど、時々泣きそうなくらい寂しい顔をしているんだ」
と、顔を反らした。
「寂しそうに…」
要が呟く。
「このままじゃ、2人とも幸せになれない。もう時間は十分経った。もう、葵は幸せになっていいんだ」
悠一郎は、一枚のメモを取り出した。
「ここに、葵の住んでいる住所が書いてある」
要は、たたまれたメモをジッとみる。
悠一郎は、続けて
「だが、葵は、君を拒絶するかもしれない」
声を沈めて言う。
「え?」
要が悠一郎を見る。
「ずっと、君の元に帰るよう説得してきた。この3年間ずっと」
悠一郎は、上を仰いでから、目を閉じる。
「だが、葵は、頑として首を縦に振らなかった。『要の将来が壊れてしまう』って」
「俺の将来?」
「君は、今の会社でそれだけの信用を得ているだろう?でも、葵と子供と一緒にいたら、4年前の事で様々な憶測が飛び交うだろう」
言われてみたらそうだ。
葵は、日高家で開かれたホームパーティに晧祐の妻として、皆の前に姿を現している。その時には、もう妊娠していた。
その子供が要の子供だと分かれば、様々な憶測が社内に飛び交い、要の立場を失う事にもなる。
「それほどに、あの子は、君の面影があるんだよ」
悠一郎は、表情に影を落とした。
「…そうですか」
要は、メモをジッと見つめている。
「これを受け取るという事は、すべての地位をなげうつ事と一緒だ。君には、その覚悟があるかい?」
悠一郎は、要を見据えるように言う。
要は、一回目を閉じたが、すぐに開いて
「あります」
自信を持って言ってから、メモを受け取る。
「君なら、そう言ってくれると思っていたよ」
悠一郎は、嬉しそうに微笑んだ。
要は、メモを開いた。
その住所は、とても離れていた。
必死に探しても見つからないハズだ。
(こんな遠くに…)
メモを見つめながら思う。
「晧祐氏のお父さんの田舎だそうだ」
悠一郎が言うと
「え?」
要は驚いてように悠一郎の顔を見る。
「晧祐氏のお父さんの伝手で、そこにある漁協の事務の仕事をしている」
「…そうでしたか?」
要は、メモを見つめながら握りしめる。
「あの…」
と、顔を上げて悠一郎を真っすぐ見る。
「何だい?」
「生まれて来た子供は…どっちだったんですか?」
要の問いに、悠一郎はしばらく黙っていたが、
「…女の子だよ」
と、答える。
「名前は?」
続けて要は問いかける。
悠一郎は、少し笑い答えた。
「…祐花」




